4-2 後輩ちゃんは贈り物に感激する

 それからもデートの間、遊星はことあるごとに陽花へのスキンシップを試みた。


 手をつなぐだけでなく、ちょっとばかし肩や腕を触れ合わせてみたり。


 かわいい頭をぽふりと撫でつけてみたり。人とぶつかりそうになった時、やんわりと抱きよせてみたり。


 やっていることは低レベルなものばかり。まるで好きな子にちょっかいをかける、イタズラ男子みたいなもの。


 だが陽花もこのままではいけないと思っているのだろう、恥ずかしがりつつも受け入れてはくれていた。


 これではどっちが構われているのかわからない。……いや、実際のところ構って欲しいのは遊星のほうなのだ。


 あーんを拒否されたのが尾を引いてるのか、陽花がどこまで許してくれるか試している。それが少しだけ寂しくもあり、情けなくもあった。


 そうしている内に時間が過ぎ、気付けば空は暗くなり始めていた。


 一通りショッピングモールを回り切った二人は、エントランス前のベンチに並んで腰かける。


 だが、その時にやらかしてしまった。


 ずっとスキンシップに意識を向けていた疲れが出たのか、陽花の前でため息をついてしまったのだ。


「……今日は、ごめんなさい。その、気を遣わせてしまって」

「えっ、ごめん! いまのは違くてっ!」

「疲れちゃいますよね? 遊星さんはなにもしてないのに、勝手に浮き沈みする女の子で」


 陽花はそう言って、寂しそうな笑みを浮かべる。


「ダメですね、私。やっぱり遊星さんの前だと、上手くいかないことばかりで……」

「そんなことないよ。僕としてはちょっと嬉しいくらいだし」

「……嬉しい?」

「だって陽花って僕以外の前ではいつも完璧じゃん。こうして素の陽花が見られるのは僕だけって思うと、ちょっと優越感」

「そんなことで喜ばないでください。私は遊星さんの前でこそ、完璧でいたいのに」

「うーん、でも陽花には無理じゃない? だって始業式の日もすごい焦りようだったでしょ。『汗かいてごめんなさい、退学します!』とか言って」

「~~~っ! は、早く忘れてください、そんなのっ!」

「忘れられないよ、それも陽花との大事な思い出だし」


 そんな失敗も、ここに来るまでの過程も含めて陽花を好きになった。もし少しでもなにかが代わっていれば、恋人になることさえなかったかもしれない。


「僕もああしておけば、こうしておけばって思うことはあるけどさ。少なくても僕はいまの陽花が大好きだよ?」


 陽花は目線を下げたまま、少しだけ頬を染める。


「もし陽花に取り返したい失敗があっても、僕はその上で陽花を好きになったんだ。だからいまの陽花で正解だと思うな?」

「ま、また遊星さんはそうやって……」

「大事な彼女が相手だからね」

「その言葉ひとつとっても、優しすぎます」

「前にも言ったけど、陽花は自分に厳しすぎるよ」

「そうでもしないと、遊星さんの彼女になれないと思ってましたから」

「なれたね、そしたら?」

「……もう、甘えても許されますか?」

「もちろん」


 すると陽花はこてん、と肩に頭を乗せてきた。


「かわい」

「妄想ばかりの宣教師ですよ。キモくないですか?」

「噛みグセのある、根暗でもキモくないよ」


 ひざを叩かれた。


「……朝、起きた時。これは都合のいい夢なんじゃないかって不安になるんです」

「その時はどうやって確かめてるの?」

「色々ありますけど……メッセージの履歴とか写真、ですかね」

「スマホばかりだ」

「はい。人との関係は目に見えないものなので……」

「じゃあ別の確認方法も用意しないと」


 遊星はバッグの中に隠しておいた”それ”を取り出し、陽花に向けて差し出す。


「これ、は?」

「陽花に、誕生日プレゼント」


 差し出した、それ――ラッピングされた紙袋。陽花は目を丸くして、紙袋と遊星の顔を交互に見る。


「…………開けて、いいですか?」


 無言でうなずくと陽花はテープを丁寧に剥がし、中身を手に取った。


 袋の中から出てきたのは、紫のジュエリーがついた、ペンダント。


 陽花はペンダントを手に取ると、惚けたようにじっと見つめている。


「あまり、高い物じゃないよ? 一ヶ月のバイト代じゃ用意できるのも限られるし、あまり高いものをいきなりプレゼントしても重いって……」

「つけてくれますか?」


 聞いてもないことをしゃべる遊星に、陽花は真顔でペンダントを差し出した。


 遊星はそれを黙って受け取り、引き輪を引いて陽花の首にかけてあげた。


 チェーンはそこまで長くない。そのためジュエリーは鎖骨のあたりで止まり、そこで紫の光を小さく輝かせた。


「……似合いますか?」

「うん、とっても似合うよ」


 陽花自身の魅力を損なうことのない、密かに大人っぽさをアピールするアクセサリー。


 おおむね、遊星のイメージしたとおり。


 もしイメージと違う点があるとすれば、遊星がその姿に想像以上にドキリとさせられたことくらい。


 陽花はポーチからコンパクトミラーを取り出し、自分の姿を確認していた。ひととおり自分の姿を眺めまわすと、薄っすらと笑みを作って一言。


「遊星さん、本当にありがとうございます。一生、大事にします……」

「……うん」


 陽花は感激するでもなく、はしゃぐでもなく。穏やかな表情で、染み入るように言った。


「それと陽花には、もうひとつプレゼントがあるんだ」

「えっ?」


 遊星はバッグの奥から、もうひとつの紙袋を取り出した。


「これは誕生日プレゼントってわけじゃなくて。僕からの個人的なプレゼントというか、勝手にあげたかった物というか、身に着けてくれたら嬉しいなーって思った物だけど、もしいらないと思ったら捨ててくれて……」

「そういうのいいですからっ! 早くっ!」

「あっ、はい」


 焦れた陽花に急かされ、遊星は袋の中から――水色アジサイの髪飾りを取り出した。


 それは少しだけ不格好で、髪飾りというよりは小物のように見えた。


「これって、もしかして。遊星さんが作ったんですか?」

「……うん。アジサイってあまり売り物として出てなかったから、で作ってみた」


 手作りは少しだけハードルが高かったが、つまみ細工には初心者用キットなる物があるのを知った。


 陽花に使う時間に惜しいなんてことはない。どうせだったらトコトンこだわろうと思い、空いた時間を使ってこっそりと作っていた。


「作るのも初めてだったけど、がんばってみました。……なので、よろしければどうぞ?」


 指で握れるサイズの大きさをした、つまみ細工の髪飾り。


 陽花はそれを両手で受け取ると、しばらく不思議そうな顔で眺め続けた。


「これを、遊星さんが、私のために……」

「あっ、無理につけろって言ってるわけじゃないよ? なんか違うなーって感じたらキーホルダーとか、部屋のインテリアにでもしてもらって……」

「……ちゃんと使わせてください。こんな嬉しい贈り物、他にはありませんから」


 陽花は髪飾りを愛おしそうに見つめ、穏やかな笑みを浮かべていた。


「そっか、それならよかった」

「早速つけてくれますか?」

「いま!?」

「当然ですっ」


 髪飾りが遊星の手に戻り、目をつむって前髪を近づけてくる。


 陽花に促されて前髪をひと房つまみあげる。髪を傷めないよう留め具をゆっくりと挟み込み、こめかみの少し上に一輪のアジサイを咲かせた。


「どう、ですか?」

「とても似合っておいでです」

「ふふ、ありがとうございます。きっと職人さんの腕が良かったんですね?」

「どうだろ。素材が良かったから、引き立ったんじゃないかな」

「なんですか、それっ。もしかして照れ隠しですか?」

「や、やかましい」


 確かに、いま遊星は照れていた。


 だって陽花が贈り物を喜んでくれて、ご機嫌な姿を見たら照れるに決まっている。


「こんな贈り物をもらえるなんて、私は本当に遊星さんの彼女になれたんですね」

「ようやく信じていただけましたか、姫?」

「……はい。こうして彼女であるあかしをもらえて、自信がついた気がします」

「彼女の証って」

「遊星さん、言ってくれたじゃないですか。『今日から陽花は僕のモノ、そして僕も陽花のモノ』って。髪飾りをつけた私は、ちゃんと遊星さんのモノになれた気がします」

「そ、そんな恥ずかしい人の言葉は忘れなさい!」

「絶対に忘れませんよっ!」


 告白した時の言葉を持ち出されて、さすがに遊星も照れがピークに達してしまう。陽花はそんな様子の遊星が面白かったのか、脇腹をぷにぷにとつついてくる。


 いつしかスキンシップを恥じる陽花もいなくなり、駅に向かう頃には腕に抱きつかれてしまった。


「ひ、陽花さん? その、もうちょっと腕の力をゆるめていただいたほうが……」

「いいえ、ダメです。遊星さんは私のモノですから、人に取られないようにしないと」

「でも、ですね。そうしてくっつかれると、その……当たってると言いますか」

「当ててるんです。……って言ったら、遊星さんは喜んでくれますか?」

「えっ、あっ。そのっ」


 めずらしく挑発的なことを言う陽花に、遊星は思わず口ごもる。


 すると遊星の狼狽えた表情が面白かったのか、陽花は恥ずかしさを忍んで押し当ててきた。少しばかり大胆になった陽花に、顔を赤くして黙り込む他ない。


 陽花はすっかり機嫌を取り戻し、たっぷりと自信もつけてしまった。


 駅のホームについてからも二人は電車に乗ろうとせず、陽花に請われて一時間ほど駅のベンチでおしゃべりを続けていた。


 甘えられないというかせの外れた陽花は、いままで以上に魅力的な女の子になっていた。

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