4章 後輩ちゃんと、楽しい夏休み

4-1 後輩ちゃんのリベンジデートは、ままならない

「なるほどー。そうやって遊星さんは、風見先輩をご両親にされたんですねー」

「アルバイトの同僚として、だからねっ!?」


 正面に座る、陽花の笑顔が怖い。


 表情はニコニコとしているものの、背後からはダークなオーラを漂わせている。理由は言わずもがな。



 その日。遊星と陽花は初デートした時のショッピングモールに来ていた。


 なぜなら今日は陽花の誕生日。


 体調不良で中断した時のリベンジも兼ねており、約束していたアイスの店にも来ていた。


 そしてアイスをつつきながら、お寺デートの話を振り返っていると「そういえば……」と椎を家に呼んだ時のことをつつかれてしまった。


「……はあ。やっぱり最後に勝つのは、すぐ会える女性なんですねー」

「ひ、陽花っ!?」

「私は気軽に会えるほど家も近くないですし」

「そんなことないっ! 僕が陽花に会いに行くからっ!」


 だが陽花は口を横に引き結んだまま、ジト目で遊星を眺め続けている。


(や、やばいやばいやばい! 天ノ川遊星、彼女ができて早々に破局のピンチ!?)


 陽花のどこか冷ややかな表情も、写真に収めたいほど心にクるのだが……それどころではない。


 いままでの陽花だったら「冗談です、イジワルしてみたくなっちゃいました♪」と笑ってくれたのだが、今日は遊星の言葉を待ち続けている。


(はっ! これはまさか、僕の彼氏力が試されているっ!?)


 先日より正式に彼氏彼女となり、二人の関係は対等になった。であれば遊星には彼女陽花のご機嫌を取り戻す義務がある!


 遊星は自分の心に喝を入れ、いつぞやと同じテンションで陽花に向き直った。


「村咲、陽花さんっ!」

「……はい」

「突然ですがっ、クイズです!」


 一瞬。


 陽花は笑みを作りかけたが――こらえるように、また横に引き結ぶ。


「……わかりました、受けて立ちましょう」

「では第一問。次の三つの中で、陽花にされてキュンと来たエピソードを順番に並べてください。


 ①風邪を引いた時に、なにも言わずに看病に来てくれたこと


 ②ミスター失恋の汚名をそそごうと、インタビューまで受けてくれたこと


 ③アルバイトで初めてのお客さんになろうとしてくれたこと」


「な……なななんですかっ、その恥ずかしい問題はっ!」

「なに言ってるの? 友達に自慢したこともある、誇らしいエピソードばかりだよ!」

「遊星さん、そんな恥ずかしいこと吹聴してるんですか!?」


 陽花は顔を赤く染めながらも、律儀に問題の答えを吟味してくれている。


 そして陽花の出した回答は以下の通りだった。


「あくまで私の見立てですが……①②③そのままの順番だと思います」

「ほほう、自信の程は?」

「じ、自信なんてありません。すべて私が勝手に始めたことですし……」

「では正解の発表です。答えは――①③②の順番ですっ、惜しいっ!」


 遊星が高らかに答えると、陽花は意外な顔で聞き返してくる。


「……③のほうが上なんですか?」

「ミスター失恋払拭のために立ち上がってくれたのは嬉しかったよ。でもキュン度で比べたら断然③が上!」


 初バイトの日。陽花は用事があるとのことで、放課後はいつものように駅まで送ることはなかった。


 でもそれは初めてのお客様になるためのサプライズ。遊星の名が刻まれたレシートを「絶っ対に、欲しいです!」と、食い気味に言ってくれたことを覚えている。


「あ、あれは遊星さんの新たな一面を見たい、という私的な思いもありましたので……」

「そうやってこだわってくれたのが嬉しかったんだよ。天ノ川遊星、キュンとさせられてしまいました」

「……ご参考までに聞きたいんですが、お見舞いはもっと高得点だったんですか?」

「それはもう! また陽花が甘やかしてくれるなら、また病気になりたいって思うくらい」

「もう、なに言ってるんですかっ」


 ふざけたことを言う遊星の手を、陽花がぴしっと叩いてくる。


 すると手を叩いた側の陽花が「ぴゃっ」と声を上げる。遊星に手首を掴まれてしまったからだ。


「よし、捕まえたっ」

「は、離してはもらえないんですか……?」

「陽花にお許しをもらえるまでは、離したくないっ!」


 言いながら遊星はおもねるように、さわさわと陽花の手首を撫でまわす。


「……うううっ、仕方ありませんね」

「ありがとうっ!」

「その代わり。ひとつ私の質問にも答えてもらってもいいですか?」

「はいっ、なんでも聞きます!」

「もう、調子いいんですから」


 陽花は椅子を隣に寄せ、スマホの画面を見せてきた。


「これは?」

「……今年に着ようと思っている、浴衣ゆかたのデザインです。どちらが似合うか遊星さんに見て欲しくって」

「ゆ、浴衣だと……?」


 遊星に衝撃、奔る。


「今年は遊星さんと、一緒に夏祭りなんか行けたらと思いまして」

「行こう! 絶対に行こう!」

「ず、随分と食い気味ですね……?」

「だって陽花の浴衣姿なんて、見たいに決まってるじゃん!」

「私が浴衣ゆかたを着ると、遊星さんは喜んでくれますか?」

「お祭りに行けるだけでも幸せだけど。浴衣なんて着てくれたら……ワワワワォだよ!」


 陽花に衝撃、奔る。


「そ、そんなにですか!? ちなみにいいワォで、お間違えなかったですか?」

「いいワォだよ。それもとびきりの、ワンダフル・ワォだよ」

「最、上級……!?」


 陽花は真剣な表情で、椅子を前に引く。


「それでいて後ろ髪なんか結い上げて、うなじをチラ見せされるとヤバいかもっ!」

「そ、そんな恥ずかしいところ、お見せできませんっ!!!」

「髪の生え際とか見せられて、陽花の大人っぽい姿にドキドキしたいっ!」

「で、でもっ。これは遊星さんに大人っぽいと思ってもらえる、数少ないチャンス……?」

「世界で一番好きな女の子の、新しい一面なんて見せられたら……ガマンできないかも」

「な、なにがガマンできないんですかっ!?」

「それは……シークレット・ワォ」

「ゆ、遊星さんの破廉恥!」


 陽花は顔を紅潮させつつも、浴衣姿がそこまで遊星を惹きつけると知り、必死にスマホになにかを打ち込んでいた。


「とりあえず、お祭りには絶対に行きましょうっ!」

「ち、ちなみに浴衣は着てくれるの!?」

「それは……シークレット・ワォ、です」

「パッショネイト・ワォ!!!!!」


 二人がアホみたいに騒いでいると、いつの間にか両隣のテーブルからお客さんが消えていた。



***



 昼間から軽率にワォし過ぎたかもしれない。


 だが言葉を尽くしたおかげか、陽花のご機嫌は少しばかり戻ってきたようだ。とはいえ無駄にテンションを上げ過ぎたのでクールダウン。しばらく手つかずになっていたアイスを口に運ぶ。


「あっ、このアイス。溶けててもシャーベット状になってても美味しい!」

「本当ですか、もし良かったら一口……」


 陽花はそう言いかけたところで、なぜかモゴモゴと口をつぐみ始める。


「……陽花?」

「な、なんでもありませんっ」

「よかったら一口あげようか?」

「そしたら間接キスになっちゃうじゃないですかっ!」

「えっ、いまさらじゃない?」

「そ、それでも、ちょっといまは……」


 陽花がなぜか目も合わせられずに、顔をうつむけている。


「どうかしたの? また、体調悪いとか?」

「い、いえ、そういうわけではないんですが」

「無理しないでよ? 陽花は僕の大切な……彼女なんだから」

「だ、だからですっ!」

「え?」

「そ、その。遊星さんが私の彼氏さんだって思うと……ああっ、これ以上は恥ずかしくて言えませんっ!」

「ええっ!? 本当にどうしたの!?」


 陽花は耳を真っ赤にして、テーブルに突っ伏してしまった。


 なにをそこまで恥ずかしがっているのかわからず、遊星も慌てる陽花を見守ることしかできない。


 口を一文字に引き結び、待つこと一分ちょい。陽花はゆっくり頭を上げて、顔を真っ赤にしながら口を開いた。


「私は前にも言いましたが、根暗なんです」

「……はい」

「肯定しないでください」

「はい、すいません」

「だから妄想しちゃうんです。……遊星さんとこれから、気軽にハグしたりキスしたりするのかな、って」

「~~~っ!?」


 思っていたより濃い妄想を聞かされて、遊星も陽花を直視できなくなる。


「お付き合いを始めた日から、また私の妄想癖が始まったんです。だから遊星さんと触れ合うのが、いつもより恥ずかしくなってしまって……」


 言われてみれば先ほど手首を捕まえた時も、やけに照れくさそうにしていた。


「で、でもそれと間接キスは別じゃない?」

「そうなんですけどっ。一度そういうのを意識しちゃうと、いままで当たり前だったことも恥ずかしくなってしまって……」

「え、ええっ!?」


 それは困る、非常に困る。陽花と手を繋いだり、あーんができなくなるのは困る。それは悪しきワォである。


 目の前では陽花が猛烈に照れている。


 もちろん陽花の照れ顔でしか摂取できない成分もあるのだが、これまでのような接触まで許されなくなるのは拷問に近い。


(せっかく恋人になれたのに、そんなことがあってたまるかっ……!)


 それだけはダメだ。遊星だって本当は、陽花に触れたくて触れたくて仕方ない。


 思う存分にイチャつきたいし、甘えられたい。恋人になれたことで次の段階に進めると思ったのに、むしろ後退だなんてあり得ない。


「……ほらっ、陽花。あーんして」

「む、無理ですっ!?」

「僕との間接キス、イヤ?」

「イヤなわけないです、でも恥ずかしくて……」

「じゃないと僕たち、先に進めないよ?」

「う、うぅっ!」


 陽花は涙目になりながら、ゆっくりと遊星の差し出すスプーンに唇を近づける。


 別にやましいことはしていない。


 ……のだが、ぴえんな陽花の口をこじ開けてると思うと、倒錯的な気分になってくる。


 遊星は思わず生唾を飲みこむ。


 そして口を開き、舌をのぞかせた陽花と……目が合う。


 すると陽花は恥ずかしさに耐えきれなくなったのか、アイスを口にせずテーブルに突っ伏してしまった。


(あーんが拒否された、だとっ!?)


 驚天きょうてん動地どうち古今ここん未曾有みぞう青天せいてん霹靂へきれき


(このままじゃ、本当にマズイ!)


 なんとか陽花に耐性を作ってもらわないと!


(すべては……夢のイチャラブ生活のためにっ!)


 強い危機感を抱いた遊星は、陽花の照れを今日中に拭い去ろうと強く誓ったのだった。



―――――



 ※ ワォ ※


 いいワォ……とても良い

 ワワワワォ……とてつもなく良い

 ワンダフル・ワォ……想像を超えるほど良い

 シークレット・ワォ……××過ぎて良い

 パッショネイト・ワォ……情熱的で良い

 一般的に有名なワォ……合宿免許

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