3-26 同僚さんと、謎の特上寿司

「どうしてこうなった……?」

「そんなの私が聞きたいわよ……」


 陽花とのデートが終わり、自宅についた遊星は……なぜか椎と二人、リビングで向き合っていた。


 目の前には二人前の特上寿司。

 二人は筆舌に尽くしがたい感情で、脂の乗った寿司に舌鼓を打っている。


「美味いな」

「……そうね。出来ればもっと晴れやかな気持ちで食べたかったけれど」


 二人は今朝、気まずい電話をしたばかりだ。


 遊星は椎から向けられる恋心を知りつつ、陽花とデートをするため仕事の代わりを頼んだ。渋々ながら引き受けた椎も、吐き捨てるように「大好き」と言い残して電話を切った。


 次会った時、どんな顔をすればいいのだろうか。


 互いにそんな気まずい思いを抱えていたのに、まさか当日中に顔を合わせることになるとは。


「時に遊星くん、その後の首尾しゅびは?」

「……おかげさまで。恋人同士になることができました」

「そ、良かったわね。祝福はしないけど」




 ――二人はなぜ寿司をつつき合っているのか?

 事の発端は、千斗星に夕飯代として握らせた一万円が原因である。


 昨日からの騒動で千斗星には迷惑をかけた。陽花を部屋に泊めてもらい、早出したせいで朝飯と夜飯の用意もできなくなった。


 そのための食事代とお詫びも含めて、一万円を千斗星に渡しておいた。お釣りもいらないと伝えておいたので、実質のお小遣いである。


 そして帰ってきてみれば、リビングにはなぜか三人前の特上寿司。


 千斗星いわく「いやーお腹いっぱい寿司を食べてみたかったんだよね~! お兄と二人なら三人前くらい行けるっしょ!」とのことである。


 なんと千斗星はこの一食で、一万円を使い切ってしまったのだ。


 ……そこまでは、いい。


 今朝の一万円は小遣いだ、どう使おうが千斗星の勝手である。


 だが千斗星は一人前で限界を迎え、既に自室へ引っ込んでいる。遊星も帰る時に陽花と軽食を食べたので、お腹は空いていない。


 このままでは二人前の特上寿司が、手つかずのまま賞味期限を迎えてしまう。


 そうして悩みに悩んだ末……椎の退勤時間を見計らって、通話ボタンを押したのである。



「彼女ができた日に、フった相手に縁起物を食べさせるとか。やることエグいのね?」


(……別にあてつけをする目的ではないんだけど)


 そう思われても仕方がないことをしているのは事実だ。ぐっと言い訳したい気持ちをこらえて黙り込む。 


「お寿司をご馳走されたからって、貸しをチャラにしたりしないわよ?」

「はい、わかってます……」

「むしろ貸しが増えたまであるわね、これは」

「そ、そうなると貸しを返せる見込みが……」

「冗談よ」


 とても冗談には聞こえない口調で、椎は寿司を口に運ぶ。


「ああ、でも今日は予想外の労働で肩が凝っちゃったなあ……チラリ?」

「……うす、お疲れさまです」

「誰か肩でも揉んでくれないかなぁ~?」

「ぐっ……」


 遊星は歯を食いしばって立ち上がり、両手を椎の肩に乗せて揉み始める。


「これで、よろしいでしょうか……」

「くるしゅうない」


 椎が家に来ていることは、もちろん陽花に説明済みである。


 今回は過剰注文したということで、千斗星にも責任を被ってもらっている。


 二階からは陽花と電話する千斗星の声が聞こえている。きっと今日のデートの件も含めて、話が弾んでいるのだろう。


「もっと強く揉んでくれる?」

「こ、こんな感じでしょうか」

「あー、いいわね。じゃあ次は足でも舐めてもらおうかしら」

「そ、それだけはご容赦を……」

「じゃあ代わりに質問」

「うん?」

「肩についてる絆創膏ばんそうこう、なに?」


 よりにもよって、一番気付かれたくないことに気付かれてしまった。


「こ、これはっ!? ドアにうっかり肩をぶつけてしまいまして……」

「ウソ、キスマークでしょ」

「め、滅相もございません!」

「白状しなさい。さもないと別のキスマークをつけるわよ」

「勘弁して!?」


 椎がやたら食い下がってくるため、絆創膏の下に歯形が隠されていることを打ち明けた。


「歯形って……どんだけハードなプレイしたのよ」

「プレイとかしてないから。ただ陽花に軽く甘噛みされただけで……」

「甘噛みだったら痕なんてつかないでしょ。村咲さんって大人しそうに見えて、意外と猟奇的?」

「猟奇的って」

「村咲、ガブ子さん」

「ガブ子やめい」


 しかし理由は判然としないまでも……陽花にマーキングされたことを、どこかで喜んでいる自分がいる。


 すると椎はその細かな機微を読んだのだろうか。それ以上は陽花について触れることはなく、バイトの借りに話題をすり替えた。


「ま、ガブ子さんのことは置いといて。遊星くんにはバイトの借りを返してもらわないとね?」

「……無理難題は吹っ掛けないでよ? いざとなったら平気で踏み倒すからね」

「そんな大したことじゃないわ。次の期末試験で、私と勝負してくれればいいだけ」

「期末試験?」

「そ、七月中旬の期末試験。そこで私と本気で勝負して」

「……万年一位の椎相手じゃ、一位を取らないと勝てない気がするんだけど?」

「じゃあ取ればいいじゃない。私に土をつけたことのある君なら、難しいことじゃないでしょ?」

「いやいやいや! 十分に難しいから!」


 前に一位を取ったのは去年の九月試験。夏休みの間、朝から晩までアホみたいに勉強して取れたものだ。


 次の試験までは一ヶ月を切ってるし、夏休みという猶予があった九月とは環境が違いすぎる。


 七月以降もバイトは続けると店長にも伝えたし、可愛い彼女も出来たばかり。学生の本分は勉強と言え、少しくらい浮かれた日々を過ごしたい。


 数日後には陽花の誕生日、来たる七夕には天ノ川会のため両親も帰ってくる。空いた時間で作りたい物もあるので、本気で点を取りに行くには時期が悪い。


「遊星くんが勝ったら、貸しはチャラにしてあげる」

「一位を取る見返りとしては安いなぁ……」

「都合のいい女友達になってあげてもいいけど?」

「貸しチャラで問題ありませんっ!」

「なによ、傷つくわね」

「……それで椎が勝ったら?」

「決めてるけど、秘密」

「不穏になってきたなぁ」

「そこは君が心配に思うようなことじゃないわ。ただ……明言するには時期じき尚早しょうそうかなって」

「?」


 椎は眉根を寄せて、繊細な表情を湛えて黙り込む。


 いまは触れて欲しくない。そんな感情が見て取れたので、とりあえず触れないことにする。


「とりあえず、期末試験は全力ということでよろしく」

「あ、うん」

「あとタッパー借りてもいい? さっき父親が帰ってきたみたいだから、きっとお寿司も食べてくれると思う」

「そういうことなら是非っ」


 少し大きめのタッパーに残りの寿司を詰め、なんとか三人前の寿司桶をカラにすることができた。


 椎が来てからもう一時間。時間も頃合いと見たのか、椎は手提げバッグを肩にかける。


「バイト変わってくれてありがとね、面倒かけてごめん」

「いいえ。お寿司ご馳走様でした」


 椎はあっさりと踵を返し、玄関に向かって行く。


 とりあえずは玄関まで見送ろうと、遊星もその後を追う。


 ……だが、目の前の扉がガチャリと音を立て、外から鍵が開けられた。



「ただいま~~~! 二人とも~、お父様のお帰りだぞ~!」

「あなた、よしなさいって! 二人には帰るって言ってないんだし、寝てるかもしれないでしょう?」

「なにを言ってるんだ母さん。日付けが変わる前に寝る高校生なんて……」


 そこで両親のバカ騒ぎが、止まる。


 玄関から入ってきたのは、数カ月ぶりに顔を合わせる両親。それを出迎えるのは呆気に取られた顔の遊星と、いま正に帰ろうとしていた椎。


 双方ともに黙って見つめ合う。


 が、その沈黙は父の間抜けな問いで破られた。



「……君はもしかして、遊星の彼女さん?」


 椎はその質問に答えることなく、


「初めまして、お父様」


 と、華やかな笑みで答えたのだった。



―――――――



 ……不穏な展開には進まないのでご安心くださいw



 これにて3章も完結、4章は夏休み編に入ります!


 最近はコンセプトのイチャラブ物語が弱火となっておりましたが、関係も進むことができたので火力を入れ直す予定です……!


 続きも楽しみにしていただけると嬉しいです!!

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