3-17 同僚さんはデキるくせにうっかりや

 その日の放課後。

 遊星は家に直帰して夕飯を作った後、バイト先に向かっていた。


 もちろん今日も陽花を駅まで送る予定だったのだが、急遽クラスメートと遊びに行く予定ができたらしい。


(今日中にもう一度、顔を合わせておきたかったんだけど)


 昼休みの帰り際、最後に見せた陽花の表情が気になっていた。必要であればフォローを入れようと思ったのだが、予定があるのであれば仕方がない。


 コンビニのバックヤードでユニフォーム羽織り、開始時間前にスマホを見ていると千斗星からのメッセージが返って来た。


『うんにゃ? 今日は陽花と会う約束してないよー』


 それだけを確認すると、遊星はスイングドアを開けて売り場に出る。


「おはよ、遊星くん。今日も頑張りましょ」


 椎と、一緒に。



***



 平日の夕方はやはり忙しく、二人は目の前の仕事をさばくことだけに集中していた。


 その日は雨が止むこともなく、油断してると床もどんどん汚れていく。お客さんが転倒しては大変なので、定期的なモップがけも必要になる。


 そのため作業が一段落した頃には、退勤まで残り一時間を切っていた。


「……今日はなかなかハードだったわね」


 店の外で作業をしていた椎が帰ってくる。

 雨は夜になっても止む様子がなく、戻ってきた椎はわずかに頭を濡らしていた。


「これ使って」


 遊星はポケットに入れていたハンカチを差し出す。すると椎は目を丸くした後、薄っすらと笑みを浮かべて受け取った。


「……ありがと。男子なのにハンカチなんて持ち歩いてるのね」

「ふふふ、なぜなら僕は紳士だからねっ!」

「そうね。天ノ川くんは普通の男子と、全然違うもの」


 椎の真っ直ぐな瞳に見つめられ、遊星はなにも言い返せなくなってしまう。


(……おかしいな、紳士と自称したことをイジってもらうつもりだったのに)


 まさかの全肯定をされてしまい、逆にこちらが恥ずかしくなってしまう。


「ありがとう、洗って返すわね」

「別にいいよ。帰ったら他と一緒に洗濯機に放りこむだけだし」

「ダメよ、もしかしたら匂いとか嗅がれるかもしれないじゃない」

「ひどっ! 僕がそんな変態に見える!?」


 遊星がおどけて言ってみせると、椎が口に手を当ててクスクスと笑い出す。


 店の中に客は一人も残っていない。これから混むこともないだろう、そう考えた遊星もようやく肩の力を抜いて話し始めた。


「今日もありがとね、ほとんどの作業を任せちゃって」

「遊星くんはその分レジを回してくれてたじゃない。私の方がレジ操作は遅いし、そっちのほうが効率いいでしょ」


 タイミングの問題ではあるが、今日はなかなかレジから離れられなかった。そのため今日は商品出しやモップ掛け、フライヤー商品の補充を椎に任せきりにしてしまった。


「でもさすがだよね。気付けばレジ以外の仕事も完璧にできるようになってるし」

「……君がやってるのを見て覚えただけよ。入ったばかりの頃は難しく考えすぎてたみたいだし」

「それだけ飲み込みがいいってことでしょ」

「も、もうっ。そんな褒めたってなにも出ないわよ」


 そうは言いつつも椎は満更でもなさそうにしている。


「でも、こうして仕事に慣れていけたのも遊星くんがいてくれたおかげよ」

「僕は関係ないでしょ。やっぱり椎の自頭の良さが……」

「ううん。遊星くんがとなりにいてくれたからよ。君が近くにいたから私は安心して仕事が覚えられたの」

「そ、そう?」

「だって遊星くん、トラブルが起きても全然動じないでしょ? だからなにかあったとしても、君が守ってくれるって思えたの」


 椎は目を細めながら、とても真っ直ぐな言葉をぶつけてくる。そしてうっとりとした表情で――とんでもないことを言い出した。


「だから思ったの。きっと男の人を好きになるって、こういう感じなんだなって」

「……は?」


(は?)


 は?


(……えっ、好きって。違うよな? そんなあっさりと、しかも仕事中にっ?)


 あまりにも突然のこと過ぎて、遊星が困惑していると――発言した椎も、顔を真っ赤に染めて困惑していた。


「い、いま、私なんて言った!?」


 急にあわあわと挙動不審になる椎、だが自分が口にしたことが現実だとわかると、


「ごめん……ちょっとドリンク補充してくる」


 そう言って小走りでウォークインに走り去っていった。


 途端、ぽつんと売り場に取り残される遊星。


 店内に流れるチープなBGMだけが、呑気に響きわたっている。


 最初はあまりにもさりげなく「好き」なんて言うから、聞き流していいライク程度の意味だと思っていた。


 だが走り去っていく時の様子はまるで……


(そういう意味だったってこと……? ええ?)


 きっと思わず口走ってしまったのだろう。

 これまでも何度か椎の”うっかり”を見てきたので、今回もそうなのだろうとは納得はできる。


 だが今回の”うっかり”はいままでとはレベルが違った。

 とはいえ本人が忘れてと言ったのであれば、忘れてあげたほうがいいのだろう。


 どちらにしろ、遊星に扱える代物ではない。

 それは椎もわかっているはずだ、これまで陽花の名前は何度も出し続けているのだから。


 それから退勤時間まで椎は戻ってくることがなく、帰りのロッカーでもユニフォームを脱ぐと逃げるように走り去ってしまった。

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