3-16 後輩ちゃんは、同僚さんの動きが気になり始める
「村咲ちゃん、お土産ありがとねー!」
「いえ、こちらこそいつもお邪魔してすいません」
うなぎパイを
昼休み。
今日も今日とて雨降りのため、遊星のクラスで昼休憩を取る約束をしていた。
だが陽花は教室に入って来るなり、紙袋からうなぎパイの箱を取り出すと「クラスのみなさんで食べてください」とお土産を配り始めたのだ。
「ありがとね、わざわざ僕のクラスの分まで用意してもらっちゃって……」
「当然ですよ。みなさんは部外者の私に、いつも優しくしてくださいますので」
耳ざとい女子が陽花の声を拾ったのか「部外者なんて言わないでよ~!」と声を飛ばしてくる。すると陽花は声のした方に軽く会釈を返していた。
陽花がクラスに溶け込んでいるのを見ると、胸の奥がじわりと温かくなっていく。ここまで陽花が可愛がってもらえるのも、日頃の態度の
「そして、こちらは遊星さんへのお土産です」
「えっ?」
二人がお弁当を食べ終わった頃。
陽花が紙袋から別の小袋を取り出し、遊星にずいと差し出してきた。
「チョコろてん、というスイーツです。試食でも美味しかったので、ぜひ」
「クラスの分だけじゃなく、僕の分まで用意してくれたの?」
「当たり前じゃないですか。……遊星さんは、特別な人ですから」
「あ、ありがとう……」
照れながらも真っ直ぐに向けられる陽花の視線に、遊星もつられて顔を赤くしてしまう。クラスのど真ん中であるにもかかわらず、二人は黙って互いに見つめ合う。
それに気付いたクラスメートがニヤニヤしているのも目に入らない。互いの熱っぽい視線が、さらに互いの熱を加速させていく。
このクラスには二人の邪魔をしようとする者はいない。
そう、このクラスには――
「ちょっと、遊星くんっ!?」
急に名前を呼ばれ、びくりと肩を震わせる。そこに立っていたのは肩をいからせ、目を吊り上げた椎の姿があった。
「あ、あれ、椎、どうしたの……?」
「どうしたじゃないわよ。君が変な写真を送ってきたせいで、授業中に大恥かいたじゃない!」
そして椎はスマホに映った亮介の写真を見せつけてくる。
わざわざ見返すほどのものでもない。亮介が一歳五か月頃の時に撮られた写真だった。
授業中にこの写真を見た椎は、笑いをこらえようと机に突っ伏そうとして失敗し――勢いあまって机を前に倒してしまったらしい。
「クラスメートには笑われるわ、スマホも昼休みまで没収されるわで散々だったんだからね!」
「……そ、そっか。亮介には僕からも注意しておくよ」
「反省するのは一文字くんじゃないでしょ! ……って、村咲さん?」
一通り文句を言って冷静さを取り戻したのか、陽花が同席していたことにようやく気付く。加えてクラスの注目を集めていたことにも気付き、人見知りの椎は途端に身を縮こまらせた。
「あっ、いま一緒だったのね、ごめんっ……その、邪魔して」
途端に声をひそめて謝ると、椎は逃げるようにその場を後にしてしまった。
突然のことに教室は妙な沈黙に包まれたが、そのうち何事もなかったように喧騒を取り戻し始めた。
陽花もしばらく驚いたような表情をしていたが、黙っているのも不自然と思ったのだろう。どこか遠慮がちに訊ねてきた。
「……なにか、あったんですか?」
「そんな大したことじゃないんだけど。実は一限の休憩中に、こんなアプリで遊んでてさ――」
遊星は今朝のことを一通り説明し、最後に自分が作った亮介の写真を見せた。
「ふふっ、ひどいですよ。人の顔で遊んだりしたら」
陽花は控えめに笑った後、ふっと笑みを消して同じような質問をしてきた。
「……風見先輩と、なにかあったんですか?」
「えっ?」
意図が掴めなかった遊星は思わず首を傾げる。すると陽花も言葉足らずだったことに気付いたのか、どこか歯切れの悪い物言いで聞いてきた。
「特に、なにが、というわけではないんですが……。いつの間にか、下の名前で呼び合っていたので」
「あ、ああ!」
遊星はようやく合点がいき、日曜の話が出来ていなかったことに思い至る。
事後報告になっちゃったけど、と前置きをしてから椎を自宅に呼んだ時のことを説明した。
「……そんなことがあったんですか」
「うん、ごめんね。陽花には先に言っておくべきだった」
「い、いえっ。遊星さんの交友関係に口出しをしたくはありませんから」
「でも、イヤだった?」
「イヤなんてことはありませんが……」
陽花は上手く気持ちを整理できないのか、あたふたしつつも次第に声のトーンが下がっていく。
「ちょっとだけ、嫉妬しちゃいました」
口にしてから照れ隠しをするように、陽花は儚げな愛想笑いをして見せた。
だから遊星も居住まいを正して、反省の意を示す。
「次からは気をつけますっ……!」
「はい。よろしくお願いしますね」
陽花は笑顔でそう言うと、手をパチンと叩き合わせた。
「はい、この話はここまでにしましょう。それより私も診断してください、そして遊星さんに当ててもらわないと」
「よし来た! そうだなぁ、陽花はきっと……七歳くらいかな」
「ええっ!? そこまで童顔じゃないですよっ!」
「いやいや。亮介が一歳五カ月ならむしろ高く見過ぎたかも」
そういって陽花をフレームに収めてパシャリ、診断結果を待つ。すると……
ピピッ―― 十七歳
「み、見てくださいっ!!! 実年齢よりひとつ上ですよっ!!!」
「本当だ、しかも僕の診断結果とおんなじだ」
「それなら遊星さんのクラスで授業受けてても、バレないかもしれませんねっ!」
年上に見られることの方が少ないせいか、陽花は診断結果に大はしゃぎ。
喜んでもらえてなによりだが、これまでの診断実績を見れば本当に年齢を当てに来たとは思えない。
むしろ予想外の年齢で笑いたかったな~という気持ちが少しある。もちろん陽花にそんなこと言わないが。
「ともかく。僕は陽花の新しい写真がゲットできただけで満足だよ」
「わ、私の写真なんか撮って、そんなに楽しいですか?」
「楽しいに決まってるよ! ほら見て、こんなに可愛いんだよ?」
「見せなくていいですよっ! ……うわ、前髪ハネちゃってるじゃないですか」
陽花はスマホに映った自分の姿を見て、さわさわと前髪をいじり始める。すると間違って画面を触ってしまったのか、画像一覧のページに戻ってしまう。
「あっ、ごめんなさい」
だが表示された一覧ページを見て、陽花の手が不意に止まる。
切り替わった画面には最新の履歴として、陽花・亮介・椎の順に写真が並んでいる。
その画面を見た陽花は、どこか考えるような仕草をした後にこう訊ねてきた。
「遊星さんも顔年齢の診断を受けたんですよね?」
「そうだよ?」
「でもここには遊星さんの写真がありません、すると……」
「うん。椎に撮ってもらったけど?」
「――そういうこと、ですか」
そう呟いた陽花は一瞬。
ほんの一瞬だが、眉尻が下がったように見えた。
「陽花?」
「なんでもありません。……あまり深く考えても、仕方ありませんので」
予鈴が鳴り、昼休みが終わる。
教室を去る時に見せた陽花の笑みは、少しだけぎこちなく見えてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます