3-15 同僚さんの年齢詐称疑惑?
休み明け、月曜日。
一限が終わった後の休憩時間中。
「遊星くん、ちょっといい?」
突然、椎が遊星のクラスを訪ねてきた。
「おはよう、どうしたの?」
「ちょっと顔貸して欲しいんだけど」
そう言って椎が近くの空いていた席に腰掛け、スマホのカメラを向けてくる。
「こっち向いて」
「えっ、えっ?」
遊星が慌てていると、パシャリとシャッターが切られてしまう。
「悪用しないって、ほら見て」
椎はスマホを遊星の机に置き、同じ画面を見ようとして顔を乗り出してくる。
必然と顔を寄せ合う形となり、さらりと垂れた髪からシャンプーの匂いが鼻をかすめる。
「はい、遊星くんの顔年齢は……十七歳。なんだ、ドンピシャじゃない」
「一体なんなの!?」
「顔年齢を診断するアプリだって。本当に当たるかどうか疑わしかったから、ちょっと試させてもらったの」
「そ、そうなんだ……」
椎は遊星の机に肘をのせたまま、どこか楽しそうな表情で言う。……というか。
(今日の風見さん、すこし化粧してる?)
至近距離から椎に見つめられ、さすがに遊星もドギマギしてしまう。
それだけでなく鼻腔を撫で続けるフローラルな香りが、否応なく椎から女性を感じさせられてしまう。
このままでは朝っぱらから、気持ちが搔き乱されてしまいそうだ。
そう思った遊星は椅子を引いて、椎から距離を取ろうとしたのだが――手首をきゅっと握られてしまった。
ほっそりと冷たい指に掴まれて、思わず背筋がヒュッとなる。
「か、風見さん!?」
遊星が思わず狼狽の声を上げると、椎が目を細めて頬を膨らませる。
「……昨日、お願いしたでしょ」
「えっ?」
「名前で呼んでって」
椎が上目遣いに睨んでくる。
が、その視線に抗議めいたものはなく、拗ねていると一目で察せられるものだった。
「えっと……椎?」
「はい、合格」
名前で呼ばれると椎は華やいだ表情で笑い、またスマホの画面に視線を落とした。
「ね、遊星くんもこのアプリ、インストールしてよ」
「……なんて名前のアプリ?」
遊星はスマホを取り出して、指示されたアプリをインストールする。
「今度は遊星くんが撮ってよ。そして私の顔年齢当てられたら、ジュース奢ってあげる」
「よし来た。それじゃあ……二十歳!」
「ちょっと、私が老けて見えるって言いたいの?」
「違うよ。ただ顔立ちが大人っぽいから、ここはあえて年齢プラスだろうって判断で」
「大人っぽい、ね……それならいいけど」
どこか気のない返事をした後、椎はインカメラで髪型を整えて居住まいを正す。
そして遊星がスマホカメラを構え、パシャリと一枚。
顔年齢アプリに診断中……の文字が現れ、しばらく待つと測定結果が表示された。
ピピッ―― 四十二歳
「ぶっ!」
「ちょっ、なによ四十二歳って!!!」
遊星が思わず吹き出すと、椎は顔を赤くして怒り始めた。
「私が昨日試した時は十九歳だったのよ!? 君のカメラ壊れてるんじゃないの?」
「く、くくっ、四十二歳って!」
「わ、笑い過ぎよっ! こんなはずじゃっ……」
椎が慌てて自分のスマホで自撮りをし始める。
診断結果に納得がいかないのか、また診断アプリで測定し直しているようだ。
ピピッ―― 四十四歳
「増えたっ!?」
「く、くくっ、苦しいっ!」
「な、なんでっ、どうしてっ!?」
遊星は笑い過ぎて腹が痛くなってきた。
一方、アテが外れた椎は顔を真っ赤にして狼狽している。
「お前ら、なに楽しそうにしてんだよ」
遊星と椎のただならぬ様子に、亮介がノコノコとやってくる。
「よし、亮介。お前のカッコいい写真を一枚撮らせてくれ」
「お、おお? なんかよくわからないけど、いいぜ」
なぜかモストマスキュラーポーズで応じた亮介の写真を撮り、椎とすかさず年齢を予測し合う。
「二十七歳っ!」
「甘い、三十八歳とみたわ」
「……なんなんだよ、急に」
写真を撮られるや否や、年齢を読み上げられて怪訝な視線を返す亮介。
だが二人はもう用済みとばかりに亮介から興味を失い、診断中の文字を静かに見守る。そして……
ピピッ―― 一歳五カ月
「はんっっっっっっ!!!」
「ほひゃっ!?」
二人が声にならない声を口から出し、ぷるぷると痙攣し始める。
「おいおい、なんだってんだよ。急に」
一人状況がわからず、亮介は頭をぽりぽりと搔いている。
「……わかったわ。このアプリ、絶対ちゃんと診断してないっ」
「かもね。さすがに一歳って……」
「や、やめてっ、また笑いがこみあげてくるからっ!」
笑いの波が収まりきる前に予鈴が鳴り、椎はお腹を抱えながらも席を立つ。
「も、もうっ、こんなはずじゃなかったのにっ」
「いいじゃん、楽しかったんだから」
「それは、そうだけどっ……」
そうして笑いをこらえてる内に予鈴が鳴り、椎は片手を上げて教室を去って行った。
***
そして数十分後、二限の授業中。
先ほど会ったばかりの椎から、メッセージが送られてきた。
『ねえ、さっきも言われたけど……私ってそんなに大人っぽく見える?』
改めてそんな問いかけが飛んできた。
(一位常連の椎でも、授業中にスマホ触ったりするんだ)
授業態度と試験順位は関係ない。だから椎がスマホを触っていても不思議ではないのだが、すこし意外であるようにも思えた。
もちろん遊星もすぐに既読をつけた時点で、人のことを言えた義理ではないのだが。
とはいえ読んだからには返信しよう。幸い、この時間は世界史のおじいちゃん先生で、基本的に差されたりすることもない。
『少なくとも、僕と顔年齢アプリはそう思ってる』
送信。すると間髪入れずに返事が返ってくる。
『……アプリの話はもういい。君の感想が聞きたいの』
やけに食い下がるな、と思う。
素直に大人っぽく見えると肯定するのは簡単だが、文面に残すのは恥ずかしくて抵抗がある。
あとこれは最近になって気付いたのだが――遊星は口で伝えるよりも、文字で伝えることの方に恥ずかしさを感じるらしい。
それに気付いたのは陽花とメッセージを送り合うようになってからだ。
陽花が思わずニヤけるメッセージを送ってくるので、思わずこちらも気持ちが入ってしまう。
だが数日後。陽花のメッセージ履歴を
それ以来、後の自傷ダメージを減らすため、可能な限り感情を排除した文章を意識している。クセを抜くには日頃の意識が大切だ。
そのため遊星は自傷ダメージが少なく、それでいて椎が求めてるであろうメッセージを、慎重に打ち込んでいくのだった。
『椎は…………四十二歳じゃないよ』
『そうですけど』
『椎はとても四十二歳には見えない女の子だ』
『まるで四十二歳より上とでも言いたげね』
『それに大人しい』
『人付き合いが苦手で悪かったわね』
『同年代に比べて大人しい』
『話せる友達も少なくて申し訳ございません』
『間違えた。同年代に比べて大人っぽい』
『そ、そうかな……どの辺が大人っぽい?』
『化粧が上手なところが、大人っぽい』
『あっ、気付いててくれてたんだ。嬉しい』
『化粧をしなければもっと若く見える』
『それってケバかったってこと!?』
(おかしいな、どうも意思疎通が上手くいってない気がする)
もしかすると椎が機嫌を損ねているかもしれない。
少しは元気を出してもらおうと考えた遊星は、先ほどのマスキュラー亮介の写真を編集し、吹き出しに「一歳五カ月でちゅ」と文字を書き込み送信した。
直後、廊下の向こうから机が倒れるような音が聞こえた。
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