3-14 同僚さんは、同僚のままでいたくない

 遊星は今日の昼、生徒会の集まりに参加した話をした。


 そこで感じた「自分がいなければ、生徒会はもっと早く団結できたのではないか」という疑念。そんな考えが頭を離れなかったこと。


 それを椎に打ち明けたところ――


「そんなこと、あるわけないでしょう!?」

「そ、そうかな?」

「当たり前じゃない!」


 椎は体を前に乗り出して、怒鳴るような勢いでまくし立てる。


「部費のトラブルも、競歩大会でヘルプが必要になったのも、君なしで生徒会が成り立ってなかった証拠じゃない!」

「それは僕が必要以上にみんなの仕事を取ってしまったせいで……」

「その調整を考えるのは会長や副会長、顧問のすることよ。それを怠っていた時点で彼らは、適当な仕事をしていたことに他ならないわ!」


 椎の口からは強い言葉がどんどん飛び出してくる。


「そもそも君がいなければ、鬼弦先輩は会長にもなれなかったのよ?」

「僕がいなくても桐子さんの能力があれば、きっと……」

「違う。君もさっき言ってたじゃない。会長になりたいと相談を受けたのは自分が初めてだって」

「他の人が相談を受けて推薦人になっていたかもしれないし……」

「仮にそうだとして。私は天ノ川くんが推薦人じゃなければ、鬼弦会長に投票しなかったわ」

「……それは、どうして?」

「信じられたから。鬼弦先輩のことは良く知らなかったけど、君が生徒会選挙で自信を持って推していたから」

「でも風見さん、僕のこと嫌いだったんでしょ?」

「嫌いだったわよ、でもそれと投票するかは別でしょ。私だって天球高の一生徒だし、二人に任せた方が良くなるって思えたのよ」


 驚きで一瞬、言葉を失ってしまう。

 桐子に投票してくれたことも驚きだが、嫌いな相手の言葉でも信用してもらえたことが。


「同じこと思った人、たくさんいたはずよ。それに九月の試験では君に負かされちゃったし」

「は、はは……」

「学力も申し分なし、そんな天ノ川くんだからみんな信用した。君のおかげじゃない」


 椎は飲みかけの麦茶を飲み干してから、ふっと優しい表情をした。


「それに生徒会を辞めてくれたおかげで、私は君と仲良くなれたし」

「風見、さん……」

「天ノ川くんが同僚じゃなかったら、私はもうバイトを辞めてたかも。だから君が生徒会を辞めてくれて良かった」

「っ……」


 ふと目頭に熱いものを感じてしまい、遊星は目を瞑って顔をうつむける。


「少しは気がまぎれた?」

「……うん、今度こそ本当に気が楽になった。ありがとう」


 遊星は鼻をすすり、目を瞑って深呼吸。その間も椎は茶化さずに、遊星が落ち着くのを待ってくれていた。


(……話を聞いてもらえて良かった)


 心からそう思う。もし椎が踏み出してくれなかったら、モヤモヤした気持ちのまま明日を迎えていたはずだ。


「でも驚いたわ、天ノ川くんでも落ち込んだりすることがあるのね」

「当たり前だよ。僕だって細かいことで悩むし、あの時こうしておけばよかった~って後悔ばかりしてるよ」

「意外。いつも堂々として見えるのに」

「虚勢を張ってるだけだよ。去年からずっとイイ格好見せようとしてたから、クセになっちゃってるのかも」

「なんだ」

「幻滅した?」

「ううん……むしろ、ちょっと可愛いかも」


 椎はそう言ってくすっ、と笑ってみせた。

 こちらを覗き込む視線がどこか艶っぽく、遊星は思わず顔が熱くなるのを感じる。


 すると遊星が照れているのに気づいたのか、揶揄からかうような声で細めた視線を送ってくる。


「あら、可愛いって言われるのはイヤだった?」

「イヤってことはないけど、男としてはやっぱり……」

「大丈夫よ。カッコいいとは普段から思ってるから」

「えっ!?」

「さて、そろそろおいとましようかしら」


 遊星が驚くヒマもなく椎が席を立つ。

 そして楽しそうな表情を携えたまま、こんなことを言い出した。


「……遊星くんって、呼んでもいい?」


 思わぬお願いをされて返答に戸惑っていると、椎は言い訳でもするように言葉を並べ始めた。


「こないだ学食で集まった時も、みんな下の名前で呼んでたでしょ。だから私もいいかなって」

「それは別に、構わないけど」

「本当? じゃあ私のことも下の名前で呼んでくれない?」

「え、ええっ!? それは、ちょっと……」

「なによ。村咲さんと一文字くんのことは名前で呼ぶのに、私だけ名字呼びなんて不平等じゃない?」

「亮介はともかく、女の子じゃ意味合いが変わるというか……」


 遊星は既に心に決めた人がいる。

 そんな状況で別の女子を呼び捨てにしてもいい物だろうか?


 彼女ではなくとも陽花に義理立てしたほうがいいと思う一方、名前呼びを深く考え過ぎているような気もする。


 そんな心境の中、とりあえず遠回しに拒んで見せるがなかなか食い下がらない。すると椎は唇を尖らせて、不貞腐れるように言った。


「私のクラスに風見は二人いるの。だから下の名前で呼んでほしい……かも」

「僕は風見さんと同じクラスじゃないんだけど……?」

「い、いいから!」


 椎に強く詰め寄られ、遊星は黙ってこくこくと頷いてしまう。


「じゃ、じゃあ……椎、さん?」

「さん、はいらない!」

「――椎」


 下の名前を口にすると、椎はようやく満足したように笑みを浮かべてみせた。


「じゃ、今度こそ帰るね……遊星くん」

「こっちこそごめん、こんな遅くまで引き止めちゃって」

「なにかあったらまた呼んでよ。この距離だったら、呼んでくれればいつでも飛んでくるから」

「ありがとう、じゃあまたバイトで」


 もう暗くなり始めた空の下、遊星は自転車の上で手を振る椎を見送った。


 玄関の扉を閉めると、また静寂が戻ってくる。


(……さて、そろそろ夕飯を作らないと)


 椎と思いのほか話し込んでしまった、このままでは夕飯前に千斗星が帰ってくるかもしれない。


 遊星はいそいそと夕飯の支度を始めつつ、椎と話していた時のことを思い出す。


(まさかあんなに親身になってくれるとは思わなかったな)


 椎は弱音を聞いて励ましてくれた、自分のために怒ってくれて嬉しかった。

 生徒会を辞めてくれてよかったの言葉には、不覚にも涙が零れそうになってしまった。


 名前呼びを頼まれた時は戸惑ったが、それも椎が自分で考えた距離の詰め方なんだろう。ずいぶんと急なお願いにも思えたが、協力者としてはできるだけ応じてあげたい。



 そして今日を境に――椎の態度が徐々に変わり始めるのだった。

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