3-13 同僚さんだって、彼の助けになってみたい
焼肉会が終わった後、スーパーで買い物をしてから家に戻った。
生徒会の面々は美ノ梨の提案でプリクラを撮りに行くとのことだったが……遊星は用事があると言って断ってしまった。
もちろん用事なんてない。
夕飯の用意を始めるにも早いので、いまはなんの目的もなくボーっとテレビを眺めている。
(……一人になるのを選んだのなんて、久しぶりかもしれないな)
自慢することでもないが、遊星は自分でも人付き合いのいい方だと思っている。遊びに誘われれば乗るようにしているし、面倒な頼みごとだって可能な限りは引き受けている。
だから先ほど断りを入れた時も、意外そうな顔をされてしまった。遊星自身も気乗りしないなんて理由で、断ったことに淡い罪悪感もある。
それでも言いようのない居心地の悪さを感じてしまい、こうして意味のない時間を過ごしている。
(生徒会の結束は前よりも強くなっている。そこに理由を挙げるとしたら……僕がいなくなったこと、だ)
生徒会には人一倍貢献してきた自負があった。桐子の右腕として、生徒会の窓口である渉外として、各部活動や委員会とも良好な関係を築いてきた。
だが今日の生徒会を見ていたら、こんな考えが浮かんできた。
遊星が生徒会に入っていなければ、最初からいまのような形になっていたのではないか、と。
――桐子の態度が大きくなったのは、遊星が事あるごとに褒め殺してきたから。
もし遊星がいなければ、桐子は身の丈以上な振る舞いはしなかったかもしれない。
――現二年役員が仕事に消極的だったのは、必要以上に遊星が手を貸してしまったから。
面倒なことは遊星が引き受け、助けてくれるという安心感がマイナスに働き、彼らの成長を阻害させてしまった。
もちろん可能性の話でしかない。それでも初めて見る生徒会の団結した姿がよほどショックだったのか、そんな考えが遊星の頭を離れることはなかった。
(こういう時に限って、千斗星は夜まで出かけてるし……)
気分が落ちている時は、だらだら人と喋りながらゲームでもしていたい。
だが一緒にゲームをするような友達はいない、仮にいたとしてもいまから声をかけるのも微妙だ。
陽花も今頃は帰りの車に乗っている時間だろう。それに陽花がフリーだったとしても、ナヨナヨした気分ではつまらない思いをさせるかもしれない。
(ダメだ。気晴らしをしたいのに、やらないための言い訳がどんどん出てくる)
本格的にメンタルがやられてるかもしれない。こういう時は寝るに限るとは言うけど、腹が重たすぎて眠れる気がしない。
無趣味、ここに極まれり。
いよいよヒマすぎて発狂しそうになった時――予想してなかった人物からメッセージが送られて来た。
『いま、家にいる? 夏期講習の資料、持ってきたんだけど』
椎だった。
時計を見ると十七時。日曜も出勤だと聞いていたので、ちょうど上がりの時間だろう。
『わざわざ持って来てくれたの?』
『早くても困らないだろうと思って』
『ありがとう、助かるよ』
『それでどうする、また公園で合流する?』
(公園か……)
公園でも構わないのだが、もらうものもらって「はい、さよなら」は失礼だ。
かといって直射日光の下で話し続けるわけにもいかない。ただでさえ仕事上がりなのに、余計に疲れさせてしまうだろう。
そしてなにより――遊星自身が喉から手が出るほど、話し相手を求めていた。
だから必然と返事はこうなった。
『良かったら、ウチに来る?』
『天ノ川くんの家? 今日は日曜日でしょ、親御さんは?』
『色々ありまして妹と二人暮らし。妹も夜に帰ってくるから……イヤじゃなければ、だけど』
まだ明るい時間だが、男一人の家に上がり込むことになる。
椎が断れるよう前置きだけして、軽く様子を伺ってみる。
『……別にイヤじゃないけど。君こそ迷惑でなければ、お邪魔しようかな』
『よかった。じゃあコンビニまで迎えに行くね』
遊星は浮き立つ心でメッセージを返し、クーラーの電源を入れて家を出た。
***
「……お邪魔します」
「誰もいないから気にしないで、なにか冷たい物でも入れるよ」
椎をリビングに通し、テーブルの椅子を引いて座るように促す。
「もしソファのほうが良ければ、そっちに座ってもいいよ。朝から立ち仕事で疲れてると思うし」
「人の家に来て、そんな図々しいことできないわよ」
「本当に気にしなくていいのに。あっ、クーラー寒かったら言ってね」
「お、お構いなく……」
人の家ということもあってか、椎は借りてきた猫のように大人しい。遊星としてはもっと楽にして欲しいのだが、こればかりは仕方ない。
「今日は忙しかった?」
「そうでもないわ。お昼時にちょっと混んだくらい」
「そっか。やっぱり平日の方が忙しいのかもね」
他愛もない話をしつつ、二人分の麦茶を用意する。
遠慮されないよう遊星も向かいに座り、先に自分のコップに口をつける。
続いて椎も口をつけると――よほど喉が渇いていたのだろうか、喉を鳴らして一息で飲み干してしまった。
遊星はすかさず二杯目を注ぐ。
すると椎が「……どうも」と恥じらった表情を見せた後、出し抜けにこんなことを言った。
「天ノ川くんって、面倒見がいいわよね」
「そう、かな?」
「そうよ。妹さんがいるって聞いて、妙に納得しちゃった」
「うるさい妹だよ。普段はそこのソファに寝転がって、ゲームか動画ばかり見てる」
「ふふ、私の弟と同じね」
「風見さん、弟がいるの?」
「うん、二個下の中学生」
「ぐぐっ! なんてうらやましいっ!!」
「……弟が欲しかったの?」
「逆だよ! 風見さんみたいなクールな姉ちゃんがいる、弟くんがうらやましいっ!」
遊星が歯ぎしりでもしそうな勢いでうらやましがると、椎がクスクスと笑いだす。
「なにそれ。面倒見の悪い姉なんかいても得しないわよ」
「そんなことない! だって僕が風見さんの弟だったら、イヤなことがあっても『家に帰ればクールな姉がいるしな』って、思い返すだけで元気になれるし!」
「ますます意味わかんないんだけど」
椎は肩をすくめて呆れたように言うと、消え入りそうな声でお返しをしてきた。
「……私も天ノ川くんみたいなお兄さん、欲しかったかも」
「え、ええ!? それこそ得なんてないと思うけどっ!?」
すると椎は首をふるふると横に振り、こちらの反応を窺うような視線を向けてきた。
「だって君といると、すごく安心するもの。頼りにもなるし、優しくしてくれるし」
「あ、ありがとう……」
ストレートな褒め言葉をぶつけられ、さすがに遊星も照れくさくなる。
なにやら恥ずかしい空気がリビングに立ち込める。その空気に居たたまれなくなったのか、椎はおずおずとバッグの中から夏期講習の資料を取り出した。
「そ、そういえば今日はこれを渡しに来ただけだったわね。長居してしまってごめんなさい」
「お礼を言うのはこっちだよ。僕も話し相手が欲しかったところだったし、おかげで少し元気が出たよ」
遊星が慌てて言い返すと、椎が意外そうな顔をする。
「……天ノ川くん、なにかイヤなことでもあったの?」
「えっ?」
「だっていま、元気が出たって」
(うわ、やらかした)
迂闊にも口を滑らせてしまったらしい。
元気が出た、ということは先ほどまで元気じゃなかったということだ。
すると椎はどういうわけか、眉間にシワを寄せて椅子に座り直した。
「話して」
「……はい?」
「これからやることもないし、話くらいなら聞いてあげられる」
「で、でも風見さんも疲れてるだろうし」
「そんなの、関係ない。君だって私に親切にしてくれたじゃない」
真っ直ぐな言葉を投げかける反面、椎の瞳は不安げに揺れていた。
「友達の多い天ノ川くんからしたら、私は知り合いの一人かもしれない。でも……今、話を聞いてあげられるのは、私だけだと思うから」
一生懸命。
見てるこちらがそう思ってしまうほど、椎は勇気を振り絞って言ってくれた。
(ここまで言わせておいて断るとか、ないよな……)
先日、椎は人付き合いが苦手だと明かしてくれた。そして遊星は苦手を克服するために協力すると申し出る、とも。
それなのに椎の善意を突っぱねたくない。
いま、遊星が打ち明けるのを躊躇した理由はひとつだけだ。
弱みを見せたくない、その一点。
椎にはバイト先で手を貸すことが多かった。
試験成績では先を行かれていも、バイト先では上に立てているような優越感があった。だから密かに積み上がったプライドが、弱みを見せることを拒んでいるのだ。
(……なんて、くだらない)
悩み自体は大したことがないのかもしれない、答えが得られるような物でもないのかもしれない。
でもそれは椎だって同じだったはず。
それに話し相手欲しさに迎え入れたのは遊星のほうだ。都合が悪くなったら追い出すなんて、勝手なことはしたくない。
「……今日の昼さ、生徒会の集まりに顔を出したんだけど」
だから遊星は踏み込んでくれた椎に、ぽつぽつと胸の内を打ち明けるのだった。
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