3-12 生徒会メンバーとの雑談
焼肉でお腹を満たし、食後のデザートも行き渡った頃。
近況を聞かれた遊星は、現在アルバイトをしていることを明かした。
「ゆーくんがバイトかぁ、どこで働いてんの? 太平洋でマグロ漁船?」
「……高校行きながらマグロ漁船に乗ってると思います? コンビニですよ」
「どこのコンビニ!? 遊びに行きたーい!」
「美ノ梨さんは冷やかしたいだけですよね……家の近くなんで学校からは遠いですよ」
遊星の家は駅から離れてるので、電車通学の美ノ梨が気軽に来れる場所じゃない。もとい気軽に来れる場所だったとしても、誤魔化していた気はするが。
「まあ高校生でバイトって言ったら、コンビニとかスーパーは定番だよな。時給のイイとこって大学生以上ばっかだし」
アイスを頬張りながら岩崎が言い、佐々木も後に続く。
「そうですね。特に学校終わりからの短時間では、選択肢が少ないとクラスメートも言っていました」
「僕も大体おんなじ理由かな。あとは期間限定で時給三百円アップしてたのも大きいかも」
「三百円も? それはすごいわね」
金額を聞いてみんな驚いた表情をする。やっぱりそれだけいい条件だったのだ、あの時に即決できてよかった。
「高校生にそんな出すなんて太っ腹だな、なにか裏でもあるんじゃないか?」
「……裏はないと思うけど、丁寧に研修はしてもらえなかったかな。一緒に入った子はそれで苦労してたし」
「入ったのは天ノ川だけじゃなかったのか」
「っていうか一緒に入った子、天球高生でしかも二年だった」
「マジ!? すごい偶然じゃん、何組?」
(……別に校則でバイトが禁止されてるわけじゃないし、言っても構わないよな?)
天球高では特にアルバイトは禁止されていない。
厳密には学校に申告をすることになってるが、守ってる人もいないし目くじらを立てる先生もいない。
「言いふらしたりはしないで欲しいんだけど。……E組の風見さん」
「ええっ!? 風見って年中試験一位取ってる、あの!?」
「うん。僕も現地で一緒になって驚いたよ」
「しかもE組って、橋本ちゃんと同じじゃなかったっけ?」
「はい……そういえば風見さん、以前より少し明るくなったかもしれません」
「本当!?」
思わず大きな声を出してしまい、橋本がびくりと肩を震わせる。遊星は驚かせてしまったことを詫び、話の続きを促した。
「いつもは休憩中も大人しくされてるんですけど、最近は人と話す姿をよく見かけます」
(少しずつ自分でも変わろうと努力してるんだ)
他人事ではあるのに、こちらまで嬉しくなってしまう。
「天ノ川くんはこのままアルバイトを続ける予定なの?」
「どうしようかなって考えてます。時給が高いのは今月だけですし、夏休みは夏期講習に行くことも考えてるので」
「いいわね。早めに受験勉強を始めるなら、あなたの学力ならどの大学でも狙えると思うわ」
「えー、せっかくの夏休みに勉強とかもったいなくな~い?」
賛同してくれた桐子に対し、フリーダムの
「ゆーくんはまだ二年でしょ、いくらなんでも早すぎでしょー」
「それは美ノ梨が就職組だからでしょ」
「就職でも進学でも関係ないよー。だって今年も夏期講習なら来年も行くんでしょ? そしたら自由に遊べる夏休みはもうないんだよ?」
「……う゛っ」
美ノ梨の言葉に思わず引き止められてしまう。
今年の夏休みはおそらく、これまでの中で一番楽しい夏休みになるだろう。理由はもちろん、陽花の存在だ。
まだお付き合いができているわけではない。だが話が悪い方向に進まなければ、きっと陽花とたくさんの思い出作りができるだろう。
もちろん夏期講習に行きながら遊ぶこともできるとは思う。
陽花だって遊星のために天球高に進学してくれた。そのお返しというわけでもないが、その努力と決意に報いてあげたい気持ちはずっと持ち続けている。
それに受験勉強は……やろうと思えば家でもできる。
「ほら。美ノ梨が余計なこと言うから、真剣に悩み始めちゃったじゃない」
「いいことじゃん。夏期講習なんて行かないで、今年の夏は――」
「……そうですね」
遊星が顔を上げると、みんなが一斉に意外そうな表情をした。
「美ノ梨さんの言う通り、夏期講習に行くだけがすべてじゃないですよね」
同意してもらったのが嬉しかったのか、美ノ梨がぱっと表情を明るくする。
「そーだよ! せっかくの夏休みなんだから!」
「遊んでばかりいるわけにもいきませんが……そうですね。もう少し柔軟に考えてもいいかもしれないですね」
「わかってるぅ~!」
ハイタッチを求めてきた美ノ梨に、遊星は苦笑しながら応える。
「じゃ、ゆーくんも手伝ってね。夏休みのボランティア!」
「えっ?」
「ほら、去年もあったでしょ? 学校説明会と体験入学の準備!」
「……ありましたね」
言われて思い出す。
去年、生徒会手伝いをしてた頃にもあった真夏のボランティア作業。
基本はクーラーの効いた屋内作業だが、灼熱の廊下を歩き回ることになる。去年も計十日ほど参加したが、汗をかきすぎて三キロもやせたのを覚えている。
生徒会は原則参加で各部活からも数人借りている。だが基本的に人手が足りず、参加者も友達に声をかけてボランティアを募ってる状態だ。
「夏休みに時間あるならさ、美ノ梨と一緒にイイ汗流そうぜっ☆」
「……知ってますよ? そうやって多数の男子に声をかけておいて、美ノ梨さん自身がサボりまくってたこと」
「人聞きが悪いなぁ、夏バテだったんだって~! それに最後のほうはずっと参加してたでしょー?」
「美ノ梨さんに騙されたと知った男子たちは、すぐに来なくなりましたからね……」
美ノ梨が上目づかいで誘った男子は、初日に張り切って参加するも美ノ梨は休み。来ていたとしても生徒会の作業に付きっきりで、ボランティアの人員に構ってるヒマもない。
すると美ノ梨目的で集まった男子は来なくなり、日が経つにつれ人員は減っていく。それでも一番多くのボランティアを集めたのは美ノ梨なので、誰も強く文句は言えなかったのだが。
「無理に参加しなくても大丈夫だからね?」
美ノ梨の勧誘が目に余ったのか、断っても構わないと桐子が促してくれる。
だが去年の惨状は遊星も覚えている。桐子の顔にも「できることなら参加して欲しい」という気持ちが垣間見える。
「……いえ。こうして焼き肉もご馳走になっちゃいましたし、できる限りは協力しますよ」
「ほ、本当にっ?」
「はっきり約束はできませんけど。夏期講習にも行かないと決まったわけじゃありませんし」
「そう言ってくれただけでも嬉しいわ、ありがとう」
遊星の言葉に、桐子はホッと胸をなでおろす。
「ほらね~、だから言ったでしょ、ゆーくんは断らないって!」
「こ、こら、美ノ梨っ!?」
約束を取り付けたと見るや否や、美ノ梨が桐子に向かってドヤ顔を向ける。すると桐子は慌てた様子で口元に人差し指を立てる。
(……なるほど)
どうやら今日の焼肉会には、ボランティア人員の確保という第二目標もあったらしい。とはいえ、それを知ったところで不快には思わない。
生徒会は辞めることになったが、嫌いになったわけじゃない。むしろこうして関われる機会をもらえて嬉しいと思う。
「桐子はビビりすぎだよ~。ゆーくんはこんなことで怒ったりしないって!」
「だ、誰がビビりよ。美ノ梨はもっと相手に対する礼儀を……」
「そうやって礼儀とか見栄とか気にしてるのがダメなんだって~。そもそも桐子に踏み出す覚悟があれば、桐子は今頃ゆーくんと……」
「い、一刻も早くその口を閉じなさいっ! さもないとっ……!!」
「こわー! 昔のこわい桐子に戻っちゃったー!」
美ノ梨は声を荒げる桐子を見て、けらけらと笑っている。
以前はそんな桐子に委縮していた二年役員たちも、騒ぐ先輩二人を苦笑交じりに眺めている。
(……生徒会もいい方向に変わった、かな)
かつて自分がいた場所で、関わってきた人たちが、自分の知る時以上に仲良くしている。
優しい空間だ。
だが、その光景は見て遊星は。
どこか寂しい気持ちになってしまった。
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