3-11 天ノ川遊星は、人の金で焼き肉をしたい

 夜。アルバイトを終えた後。


 ベッドに寝転がりながら、父方の実家にいる陽花とメッセージを送り合っていた。


『見てください、これが話してたワンちゃんです』


 届いた画像にはゴールデンレトリバーと陽花が笑顔で映っている。

 当然ながら陽花はダブルピースをしていないし、ワンころが「彼氏くん見てる~?」と煽る様子もない。ただ自分の心が汚れていると実感しただけだ。


『かわいいね、すごいモフモフだし』

『はい! やわらかくてあったかくて最高の抱き心地です』

『いいなぁ、僕もモフりたい……』

『私が遊星さんの分もモフっておきます』

『それは独り占めだ、ずるい!』

『ず、ずるいと言われましても……』

『代わりに陽花のことをモフる権利を要求する!』


 勢いで送信したが、しばらく既読のまま返事が来なくなった。


(もしかして僕のメッセージ、キモすぎ……?)


 さすがに調子に乗りすぎたかもしれない。


 あまりのメッセージのキモさに、陽花も愛想を尽かしてスマホを叩き割ったのかもしれない。もう終わりだ。


 だが遊星のそんな心配は、すぐに届いたメッセージでかき消された。


『……し、仕方ありませんねっ』


 顔を隠して恥ずかしがるスタンプが送られてくる。


(やった、陽花モフり権ゲット!) 


 スマホを胸に抱いて、ベッドの上を転げまわる。


『言質とったからね、スクショも撮ったから!』

『そんなの撮らないでくださいよっ、恥ずかしい!』

『だって撤回されたら困るし、生きていく希望を失ってしまう!』

『もっと健全な未来を思い浮かべてください!』


 陽花とのメッセージが楽しくてニヤケてしまう。きっといまの遊星は他の人に見せられない顔をしていることだろう。


 だが至福の時間は、唐突に切り替わった着信画面によって遮られた。


「……美ノ梨さん?」


 めずらしい相手からの着信に困惑しつつ、通話ボタンをタップする。


「もしもし?」

「あ、ゆーくん? こんばんち~!」

「どうしたんですか、こんな時間に?」

「こんな時間だからいいんじゃーん、サタデーナイトフィーバーだよ?」

「……ご要件は?」


 美ノ梨のノリに付き合わず、低い声で言い返すと「ノリ悪い~」と拗ねられた。


「ゆーくん、明日は何曜日?」

「日曜日ですけど」

「イエスッ! 明日は日曜日、そして日曜日と言えば焼き肉だよね?」

「……場合によっては?」

「そう! 時と場合によっては肉を焼く。つまり明日は生徒会メンバーにて焼肉の食べほーに行きます!」

「えっと、楽しんで来てください?」

「何故そうなる! ゆーくんも来るんだよ!」

「それならそうと、先に言ってくださいよ……」


 相変わらずの自由な振る舞いにため息をつきつつ、なにか用事がなかったか思い返す。


(別に予定はないし、千斗星も明日は家にいない。特に断る理由はないけど……)


 自分が生徒会メンバーの集まりに顔を出してもいいのだろうか?


 生徒会長の桐子とも、しばらく顔を合わせていない。


 最後に顔を合わせたのは半月前。

 騒動を起こしたケジメとして頭を丸め、校門前で全校生徒にあいさつをしていた時。


 自分を変えようとする人はいつだって輝いて見える。あの時の桐子にはその輝きがあり、変わろうとする姿も次第に受け入れられつつあるようだ。


 桐子に会いたくないわけではない。

 だがいまも気軽に会うような関係かと、聞かれたら微妙なところだ。


「……念のため聞いておくんですけど、他の人には僕を誘うって伝えてるんですか?」

「もち、っていうか桐子がゆーくんも呼んでって」

「桐子さんが?」

「そ、いままで迷惑をかけたことのお詫びに~って。桐子が全員分奢ってくれるんだって」

「マジですか!?」

「まぢまぢ。だから明日はみんな手ぶらで来るよ」

「つ、つまり人の金で焼き肉が食べられるってコト……!?」

「そゆコト……!?」


 無料の肉という誘惑には抗えず、焼肉会にお邪魔することになった。



***



 翌日の正午。

 指定されたお店に行くと、既に生徒会メンバーは揃っていた。


「おー! 天ノ川も来たか、久しぶりだな」

「岩崎も久しぶり、元気だった?」


 入り口近くのテーブルに座っていた岩崎、それに佐々木や橋本とも軽くあいさつを交わす。


「ほら、天ノ川は奥のテーブルに座っとけ。会長の隣りが空いてるぞ」

「えっ……いや、さすがにいまの僕には……」

「大丈夫だよ、いまの会長だったら悪いことにはなんねぇから」


 なぜか会長の隣りを強く薦められ、圧に負けた遊星はおっかなびっくり桐子の方に向かっていく。それにイチ早く気付いた美ノ梨が、ひらひらと遊星に手を振った。


「お。来た来た、ゆーくんこっち~」


 呼ばれる方に目を向けると、黒Tシャツにポニーテールの美ノ梨。そして向かいに座っているのは、野球少年のような髪型の桐子。


「久しぶりね、天ノ川くん」

「お久しぶりです、桐子さんもお元気そうでなによりです!」

「今日は来てくれてありがとう。久しぶりに会えて嬉しいわ」

「……僕も、嬉しいです!」


 臆面もなく優しい言葉をかけられて、返事が一拍遅れてしまう。


(……桐子さん。本当に変わったんだな)


 正面から笑みを向けてくれたのも、嬉しいなんて言われたのも初めてだ。以前の桐子を知っている身としては、信じられないほどの変わりようだ。憑き物が落ちた、といっても過言ではないほどに。


「今日は気にしないで食べて行ってね」

「でも大丈夫なんですか? 六人分って結構な金額になると思いますけど?」

「安心して。実は父にもらった株主優待とクーポンでかなり割引にできるの」

「あっ、そうだったんですか。それなら……」

「ね~、つまんないよね~」

 

 会話に割り込んだ美ノ梨が、なぜか不服そうな声をあげる。


「せっかく桐子の財布にダメージを与えられると思ったのに、割引なんて反則だよ~」

「ちょっと。あなたは焼肉じゃなくて、私にイヤがらせをしに来たの?」

「メインはもちろんお肉だよ~? でも桐子がお詫びも兼ねた会っていうのに、割引ってどうなの~って思って。お詫びの気持ちもわりびき~」

「……わかったわ。そこまで言うなら今日は優待もクーポンも使わな――」

「落ち着いてください、桐子さんっ!」


 あまりに愚かな判断を下そうとする桐子を、思わず止めに入る。


「美ノ梨さんもっ! せっかく奢ってくれるって言ってくれてるんだから、それでいいじゃないですか!?」

「あはっ、それもそだね~」


 遊星の慌てた様子がそんなに面白かったのか、美ノ梨がけらけらと笑い始めた。


「なんかいまの懐かしくない? 生徒会にゆーくんがいた時みたいで」

「……そうね。美ノ梨と意見が割れた時、いつもこうやって間に入ってくれてたものね」

「あ、えっと、その節は色々と出過ぎた真似をしてしまい……」

「なに言ってんの~、いい仲裁役だったってホメてるの~」


 向かいに座っていた美ノ梨が手を伸ばし、遊星の頭をわしゃわしゃと撫で始める。桐子も撫でられている遊星を、どこか優しい目で見つめている。


(……二人の関係も、前より柔らかくなってる?)


 遊星の記憶にある限り、二人は特別仲が良いようには見えなかった。会長と副会長という役職以上の繋がりはなく、仕事をする上で困らない関係を維持する程度にみえた。


 だがこうして同じテーブルにつき、過去を振り返る様はまるで友達のようだった。


「あと今更ではあるけれど。あの日は私のこと庇ってくれて、本当にありがとう」

「気にしないでください。お礼の言葉も、あの日にいただいてますから」

「それでも言わせて。私はこれまで掛けなければいけない言葉を、ずっと掛けずに来たのだから」

「……そういうことでしたら」


 そう応えると桐子は肩を撫でおろす。


「二人ともシメっぽい話はその辺にして、肉食べよ肉。ゆーくんにはタン塩を贈呈っ!」

「あっ、ありがとうございます!」


 そう言って焼き上がった肉を受け取ったところで気付く。先輩であり副会長でもある美ノ梨に、下っ端仕事である取り分け役をやらせていたことに。


「気が利かずにすみませんっ!」


 そう言ってトングを預かろうとするも、なぜか美ノ梨はトングを離さない。


「ダメダメ~、ゆーくんはお客様なんだから」

「そうよ。あなたは生徒会役員でもないのに、色々と助けてくれたんだから」

「そこまで言われると逆に辞めたことによる罪悪感が……」

「気にする必要ないわ。それに天ノ川くんが辞めたのは私のせいだし、むしろ一番無能である私が代わるべきね?」

「たしかに! 桐子ぉーっ、雑用は任せたっ!!」

「かしこまりました、美ノ梨副会長」


 桐子はわざとらしく一礼してトングを受け取り、焼き上がった肉を遊星の皿にどんどん乗せていく。


「ちょ、やめてください桐子さん」

「そんなこと言わずに社長。よろしければお口元まで運んで差し上げましょうか?」

「あ、ずる~い。美ノ梨もそれやりたい!」


 美ノ梨も遊星の隣に移動し、ぎゅうぎゅうと席を詰めてくる。

 その様子に気付いた岩崎がニヤニヤとしながら、スマホのカメラをこちらに向けてきた。


「なに写真まで撮ろうとしてんの!?」

「こんなオイシイ写真、撮るに決まってるだろ? さて新聞部はいくらで買ってくれるかな?」

「ちょ、マジで勘弁してっ!?」


 遊星の悲痛な叫びも空しく。

 悪乗りした桐子と美ノ梨にもみくちゃにされる写真を何枚も撮られてしまうのだった。

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