3-10 同僚さんは、気になる彼と通いたい

 土曜日。

 遊星は午前中からアルバイトを入れていた。


「……土日ってヒマなのね」

「ね。てっきり混むとばかり思ってた」


 椎と二人、レジの前に立っている。


 だがお客さんの入りはかんばしくない、二人の会話に気付いた酒井さんも会話に混ざってくる。


「コンビニの駐車場って運転手ドライバーの休憩所でもあるし。平日のほうが忙し~かもね」

「みんな家から出たがらないんですかね?」

「かもね。メシ時まではどうせヒマだし、適当に流してこ~」


 酒井さんは大あくびをしながら、バックヤードに入っていく。


 店内はガラガラ。駐車場にも酒井さんの車しか止まっておらず、日光に照らされたアスファルトが白く輝いている。


(なんで陽花と都合が合わない時だけ晴れるんだよ……)


 世の不条理を感じる。もし陽花に予定がなければ、きっと快晴の中で最高のデートができただろう。


 陽花は父方の実家に遊びに行っている、願わくばワンころの毒牙にかからぬことを祈るばかり。


「そういえば、先日の昼はありがと。楽しかったわ」

「僕も楽しかったよ。っていうか風見さん、普通に陽花と話せるじゃん」

「……あれは村咲さん相手だからよ。彼女、とてもいい子だったし」

「だよねっ! 頭も良くて、誰にでも優しくて、可愛い。最強だよ」


 褒められたことが嬉しくて上機嫌で応える。すると椎は表情を変えずに、


「そうね」


 と、小さくうなずいた。


 椎の微妙な反応を見て、また自分の悪いクセが出たことに気付く。


(うわ、またやってしまった)


 陽花のことになると、つい熱が入ってしまう。クラスメートにもよく言われる、惚気ノロけ過ぎだと。


 人の惚気話が退屈に思われることは知っている。だがスイッチが入ってしまうと止められない。好きな物の話になると、早口になるオタクのそれである。


「で、でも風見さんもすごいよね! 最近はお客さんを前にしても緊張した様子もないし」

「……まだ緊張はしてるけどね。でも君のアドバイスは役に立ってる、ありがと」


 露骨な話題逸らしだったが、椎は照れくさそうに後れ毛を触っている。


「風見さんは自頭がいいから吸収も早いんだろうね」

「やめてよ、そんな褒めてもなにも出ないわよ?」

「なーんだ、残念」

「ちょっと。私になにを期待していたの」


 椎が頬を膨らませて、薄目で睨んでくる。


「そうやって女の子のことを揶揄からかって。やっぱり天ノ川くんは遊び人ね」

「遊び人とか言わないでよ!? その誤解は解いたはずでしょ?」

「あの日を通して、むしろ疑惑は確信に近くなったかも」

「どうして!?」

「だって君。素知らぬ顔で人の心に……」


 椎は途中まで言いかけたが、わざとらしい咳払いでその先を誤魔化した。


「……とりあえず。遊び人と言われたくなければ悔い改めて」

「問題点も教えてくれないのに、どう改めればいいの!?」


 遊星がツッコんでも返事は返ってこない。先日あれだけボロクソに言われたのに、着地が遊び人のままなんて理不尽すぎる。


「そういえば君に聞きたかったことがあるんだけど」

「なに?」

「第一志望はどこを受ける予定なの? 国立?」

「…………大学、かぁ」

「ちょっと待って。まさか進学するかどうかも決めてないの?」

「……実は」

「ウソでしょ? 試験であんなにいい成績を取ってるのに?」


 椎が驚くのも当然だ。


 一年の二学期から遊星は常に成績上位。生徒会に入ってからの活躍も目覚ましく、生徒や教員からの覚えもいい。


 傍から見れば遊星は、明らかに進学を意識した行動をとっている。


 椎からすれば指定校推薦の席を争うかもしれないライバルだ。仮にそうならなくとも近い学力があれば情報交換のできそうな仲間。そんな相手が進学するかどうかも決めてないとあれば、驚かれるのも当然だった。


「あきれた。進学するかも考えてないのに、どうやって勉強のモチベーションを維持してたの?」

「あの頃は会長に、バカとは付き合いたくないと言われておりまして……」

「また女絡み」


 ゴミを見るような視線が突き刺さる。


「でも私はそんな相手に一位を持っていかれたのね……」


 そして勝手に凹み始めた。


「あ、あの時は夏休み潰して勉強してたから、事故みたいなものでっ!」

「その事故でケガしたの私なんだけど」

「えっと、はい、仰る通りでございます」


 不満そうな声に押されて弱腰になる。まさか全教科満点を取ったせいで、肩身の狭い思いをするとは思わなかった。


「でも進路は早めに考えておいたら? 君の成績なら選択肢も多いんだし」

「そう、だよね。するとやっぱり進学かなあ……」

「その調子じゃ、塾も考えてなさそうね」

「もちろん」

「自信満々に言わない」


 椎は軽くため息をついた後、そっけない態度でこんなことを言った。


「……今年の夏、私と同じ塾に行ってみない?」

「塾?」

「塾って言っても、夏期講習なんだけど。本気で進学を目指すなら、いい時期だと思うし……」


 思わぬ提案に驚き、そのまま口ごもってしまう。急に具体的な話をされた驚きもある、でも遊星がそれより驚いたのは――


(僕のこと、誘ってくれるんだ?)


 もちろん声をかけてもらえたことは嬉しい。誘ってくれたということは、それなりに気を許してもらえたからだろう。嫌いな人を側に置きたいと思う人はいない。


 遊星だって椎のことは好ましく思っている。先日に腹を割って話してくれたこともあり、友人と言っても差し支えない存在だ。


 でも同じ塾に誘われるほどの仲かと聞かれると、まだ早いような気がする。


 椎からの心証だって最悪だったはず。連絡先を聞いた時だって「二人で遊びになんて行かないから」と釘まで刺された。


 それなのに同じ塾に誘うなんて、なにか心変わりでもあったのだろうか。


「ご、ごめんなさい! 急にこんなこと言われても、困るわよねっ!」


 遊星がそんな考えに耽っていると、椎が慌てて弁解し始めた。


「私ったらなに言ってるんだろ。さすがに距離詰めすぎよね……」

「こっちこそ。急に黙ってごめん」

「い、いいわよ。なんか流れで誘っちゃっただけだし」

「それってやっぱり一緒はイヤってこと?」

「イヤ、ではないけど……」

「じゃあ考えさせてよ。僕も塾に行くなら友達と一緒の方が安心だし」


 遊星がそう言うと、椎は目を丸くして聞き返す。


「ほ、本当に?」

「そりゃそうだよ、進路のことは考えなきゃいけないと思ってたし。それに誘ってもらえて嬉しかったから」

「う、嬉しいって」

「だって僕のことを気にかけてくれたんでしょ? 高校に入ってから進路の話をしたのも初めてだし」

「そうなんだ……」

「うん。クラスメートとはあんまり真面目な話もしないから」


 お誘いについてはさすがに保留せざるを得ない。陽花のことや天ノ川家の食卓事情、両親にだって相談しなければならない。


 でも椎はきっと勇気を出して誘ってくれた。それなら無碍に断ることなんてしたくないし、進路を考えるいい機会になったのは事実だ。


「……じゃあ今度、パンフレットとか資料持ってくるね」

「うん、ありがとう」


 遊星が礼を言うと、椎が嬉しそうなはにかみ笑いを見せてくれた。




―――――


 翌日は久しぶりに生徒会メンバーが顔を出すようです!

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