3-9 後輩ちゃんは、先輩の独占欲に困惑する
「昼休みはありがとう、風見さんにアドバイスまでしてくれて」
「いえ。私も風見先輩と仲良くなれて良かったです」
その日の放課後。
いつものように駅までの道を陽花と歩く。
だが今日はアルバイトも休み。
最近は陽花に寂しい思いをさせてしまい、今日は頼みまで聞いてもらった。
なので――
「ところで陽花、今日はこれから用事ある?」
「これからですか? 特に、ありませんけど」
「そっか。じゃあ今から繁華街に遊びに行かない?」
「……行きます、行きたいですっ!」
急遽、制服デートをすることになった。
今日は改札越しに手を振ることなく、二人同時に改札を抜ける。
駅のホームから同じ電車に乗り、揺られること三駅。繁華街のある駅で一緒に降りる。
電車に乗っている間も陽花は終始ご機嫌で、改札を出るなり腕にぎゅっと抱きついてきた。
「本当にご機嫌だね?」
「当然です。久しぶりのデート、ですから……」
高校の最寄り駅から離れたせいか、陽花も今日は少しばかり大胆だ。
照れよりも嬉しさが勝っているのか、遊星の腕に回して目をきらきらに輝かせてくれている。
「まずは、お腹に物でも入れておく? 近くにシュタバならあるけど……」
「行きたいですっ、シュタバに行きましょう!」
上機嫌な陽花に押され、シュタバになだれ込む。店の中はクーラーが効いていて、ほんのりかいた汗が冷えて気持ちいい。
千斗星と先月入った時とは別の季節メニューが並んでいる。あの時のアドバイスを思い出し、好みより少し甘めの季節メニューを注文した。
「遊星さんは甘いもの、お好きなんですか?」
向かいの席に腰掛けた陽花が、すこし意外そうな顔で聞いてくる。
「人並みには好きだよ、どうして?」
「男性は甘いものが苦手な人も多いと聞くので、無理されてないかなって」
「そんなことないって、むしろ陽花の行きたいとこがあるなら誘って欲しいくらい」
「本当ですか? でしたら前回行ったショッピングモールに、新しいアイスのお店ができたんですけど……」
「わかった。今度リベンジしようって約束もしてたしね、次はそこに行こうか」
「はいっ!」
ほんの口約束に過ぎないが、陽花と先の約束が作れたことが嬉しい。
日常は寝て起きて、学校に通うだけの作業になりがちだ。でも胸が弾むような約束があれば、その日々にも活力をもたらしてくれる。
それが好きな人との約束であればなおさらだ。
(……自然と陽花のこと、好きだと思えるようになったなぁ)
目の前ではいまも陽花が楽しそうに、スイーツの話を続けている。
初めて会った時の遠慮がちな仕草や、顔色を窺ったりされることはない。ただ自分の話したいことを話してくれている。
楽しそうな表情を眺めているだけで、こっちまで幸せになってしまう。
「あっ、すみません。私ばっかりしゃべっちゃって」
「ううん。陽花は思ってたよりもずっと甘いもの好きなんだね」
「食べ過ぎは良くないって、わかってはいるんですけど……」
「気にするほどじゃないでしょ、陽花は軽すぎるくらいだよ」
「軽すぎるって……その言葉の根拠は、どこから出てくるんですか?」
「あれ、覚えてない? 前に陽花の家に遊びに行った時」
「私の家?」
陽花との初デート。体調不良の陽花を家まで送り、部屋に上がらせてもらった時。
そのまま胸に抱きつかれ――交わした言葉まで思い出してしまう。
『押し切られるのも、悪くないとは思ってるよ』
『……聞きましたからねっ』
(いま思うと、ずいぶんと恥ずかしいこと言ったな……)
答えを出せない曖昧な気持ちと、向けられる好意への嬉しさ。その狭間で絞り出した言葉だった。
だが冷静になって考えると……クサ過ぎる。
一方、陽花もあの時のことを思い出したのか、あわあわと目を回し始めてしまった。
「あ、あの時は失礼しましたっ!」
「謝ることなんて、ないよ。……僕も、楽しかったし」
先ほどまで涼しかったはずの店内が暑くなり始める。もちろん空調に問題があったわけではなく、二人が勝手にそう感じるようになっただけ。
「……ひとつ、お聞きしてもいいですか」
「う、うん」
「遊星さんはあの部屋着、似合ってるって言ってくれましたよね?」
あの時に来てた服、いわゆる縦セタ。なつっこい後輩のように思っていた少女を、魅力的な女性へと変貌させたスーパーセクシャルワオアイテム。
「似合うって褒めてくれたのに、どうしてデートに着て行くのだけは否定的だったんですか?」
「……そんなの当然だよ」
「当然、なんですか?」
(だって縦セタの陽花はっ! けしからんほどにセクシャルでっ、えちえち過ぎるっ!)
もちろん遊星だって、縦セタ陽花に再会したい気持ちはある。だがデートに着て行けば当然、他の男の視線にもさらされるだろう。
(そんなの死んでも我慢できない!!)
陽花はただの可愛い後輩じゃない。
礼儀正しく、先輩を立てる慎まやかな女の子でありながら――その内には暴力的な魅力を秘めている。
遊星はそれに最初に気付いた男であるという、謎の自負があった。陽花の部屋にあがらせてもらい、無防備な部屋着を披露してもらったことを生涯の誇りに思っていた。
だからこそ陽花の魅力を秘めた姿を、他人とシェアすることなんて考えられなかった。
「陽花っ!」
「は、はい!?」
くわっと遊星は目を見開き、鼻息を荒げて言う。
「あの日。僕は縦セタの陽花にっ、メロメロになってしまったのですっ!」
「メ、メロメロ、ですか?」
「ああ。だから縦セタの陽花だけはっ、誰にも見せたくない。僕だけが独り占めしたい!」
陽花の顔がぼん、と爆発するように赤くなる。
「だからお願いっ! 僕以外の誰にも、あの姿だけは見せないで欲しいんだっ!」
「そ、そこまで言うなら、わかり、ました……」
言い切った後、遊星の胸には羞恥心と罪悪感が湧き上がってくる。
(うわああああ! なにを言ってるんだ僕はっ!?)
思いがけずに放ってしまった、一方的なお願い。しかもやったことと言えば、陽花に独占欲ぶつけただけ。
これまでも遊星はできるかぎり、陽花になにも望まないようにしてきた。
遊星は年上で、しかも惚れられた側だ。
もし陽花になにか求めてしまえば、きっと嫌われるのを恐れて受け入れてしまうだろう。
一度その味を知ってしまえば、際限がなくなってしまうかもしれない。だから遊星から求めることがないよう自戒してきた。
だが、そのカードはついに切られてしまった。
(しかもっ、陽花のえちえちな姿を、人に見られたくないなんて理由でっ!!!)
いつか切るカードだったとしても、今じゃなくても良かったのではないだろうか。
まだ告白も好きだとも伝えてないのに「俺の女だ!」と言い張るにも等しい物言いだ。
自分の情けなさに思わず頭を抱えていると――対面の陽花が立ち上がり、隣りの席に腰かけてきた。
そして頭をこてん、と肩に預けてくる。陽花はなにも言わず、うりうりと頭を寄せてくる。
「えっと、陽花さん?」
「……そんなこと言うの、反則です」
どこか怒ってるような口ぶりで、そんなことを言う。
「今日のお昼も、そうでしたよね」
「昼?」
今日の昼と言えば、椎と亮介の四人で学食に集まった時のことだろう。なにかマズいことでも言っただろうか。
「私のこと可愛いって言うなって、一文字先輩をたしなめたり」
「うあ……」
「試験で私が一位だった話も、自分のことのように自慢してたとも聞きました」
「色々と、すいません……」
「あんなこと言われて、私がどれだけ嬉しかったか。遊星さんにはわかりませんよね」
「……え?」
てっきり怒られているのだと思っていた。呆れられているのだと思っていた。だが嬉しいという言葉を耳にして、それが勘違いであることに気付く。
「遊星さんの中に、ちゃんと私がいるんだって気付けて。嬉しかったです」
「いるよ、当たり前じゃん」
「こうやってデートに誘ってくれたのも、嬉しかったです」
「僕も陽花と一緒にいたかったから」
「本当ですか?」
「…………秘密」
照れ隠しに捻くれた答えを返すと、ぴしっと太ももを叩かれた。
「……行きますよっ」
「どこに?」
「服を買いに、です。あの服以外で気に入ってもらえる服装を、リサーチしないといけませんので」
陽花は椅子を引いて立ち上がり、遊星の腕を引く。
「……あの姿は独り占めさせてあげますっ。ですから今日は、遊星さんを独り占めさせてください」
「もちろん!」
「もうっ、現金なんですから」
それから二人は会計を済ませ、百貨店のショップをいくつか回った。
陽花は盛んにチャレンジ精神あふれる服を選ぶ一方、遊星はできる限り露出の少ない服へ誘導する。時折、互いの好みに妥協点を探す場面もあったが、最後まで楽しく店をまわることができた。
(……今日は楽しかったな)
帰りの電車に乗りながら、今日一日のことを振り返る。陽花の楽しそうな顔が、いまも
突発デートだったので、多くの時間は取れなかったが楽しかった。今週末は陽花がお父様の実家に行ってしまうので、その前に時間を作れてよかった。
そして来週はいよいよ、あじさい寺でのデート。
今度こそ、陽花に告白したい。
そもそも遊星は想いを秘め続けることに向いていない、それは去年の遊星を知っていれば誰でもわかることだ。
周りには既にカップル扱いされているし、陽花にもきっと遊星の気持ちはバレている。だが自分の口からはっきりと伝え、互いにそういう関係であると確かめ合うことは全然別の話だ。
大人の恋愛は告白せずとも恋人関係になることもあると聞く。だが相手から告白されたからには、こちらもしっかりと自分の想いを口にしたかった。
(……そういえば、来週の天気は大丈夫だよな?)
遊星はスマホを開き、週間天気予報を調べ始める。
基本的には雨天決行だ、それでも前回のようなことが起こるかもしれない。
念のためと思い、来週末の天気を確認する。
そこに表示された降水確率は……九十パーセントと表記されていた。
―――――
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