3-8 同僚さんは、令嬢モードにあやかりたい

「学食ってこんなに混むんですね」

「陽花は学食に来るの、初めてだっけ?」

「はい。お友達と一緒の時も、教室でお弁当なので」


 合流後、学食勢である椎と亮介に合わせて学食に移動した。

 今日も弁当を作ってもらっていた遊星は、陽花と場所を確保して二人を待っている。


 昼休みが始まって多少時間が経っているので、人気メニューや購買パンの一部は売り切れている。いまは行列もできていないので、すぐに二人も戻ってくるだろう。


「今日は本当にごめんね、急なお願いばかりしちゃって」

「いえ。いつもと違う場所のお昼も、新鮮で楽しいです」

「ありがとう。そういってくれると助かるよ」

「……その代わり、埋め合わせには期待してますからね?」

「ははっ、必ずや!」


 陽花とそんな話をしていると、二人がお盆を抱えて戻ってくる。亮介は皿から溢れそうなほど盛られたカツカレー、椎は卵の黄色が鮮やかなカツ丼だった。


「風見さんも結構がっつりだね」

「べ、別にいいでしょ。頭を使うとカロリーを消費するのよ」

「そうそう、学生の本分は勉強だからな~」

「授業中ずっと寝てる亮介が言っても説得力ないぞ」


 談笑もそこそこに、いただきます。

 遊星が弁当箱を開くと、中身が陽花と同じことに気付いたのだろう。


 椎の方から陽花に声をかけた。


「村咲さんが、一緒に作ってあげてるの?」

「はい。といっても作りたいと言い出したのは私のほうです。遊星さんにはいつもご厚意で、食べていただいてるだけです」


 令嬢モードの陽花が、遊星を立てながら遠慮がちに微笑む。すると椎が軽蔑するような視線を遊星に向けた。


「天ノ川くん、亭主ていしゅ関白かんぱく? 年下の女の子になんてこと言わせてるの?」

「言わせてるわけじゃっ!? ――いつも誠心誠意、感謝していただいておりますっ!」


 言い訳より先に、陽花に感謝を示す。その様子が面白かったのか、亮介がげらげらと笑い出した。


「風見、ナイスツッコミ!」

「……別に思ったことを言っただけよ」


 褒められたのが満更でもないのか、椎がそっぽを向いて照れている。


「でも二人の関係に見慣れてなければ、当然の感想だな」

「えっ、えっ!? なにか私おかしなこと言いましたかっ!?」

「村咲ちゃんはもっと遊星に馴れ馴れしいほうがいいかもな。人によっては遊星がやらせてるよう見えるから」

「うぅっ、肝に銘じますねっ……!」


 令嬢モードの陽花が、めずらしく人前で恥ずかしそうな顔をしている。それを見た亮介が大げさに驚く。


「うわっ、村咲ちゃんの照れた顔。めっちゃかわいいんだけど!」

「……うん。とてもかわいい」


 亮介に続き、椎も目を輝かせて言う。


 が、驚く二人を見て、遊星はまったく別のことを考えていた。


(……僕だけが知っている、陽花の可愛い表情を二人に見られた!?)


 遊星の独占欲が刺激され、胸の内にむくむくとジェラシーが込み上げてくる。


「……はんっ! 僕は陽花の照れた顔くらい、見慣れてるけどね!?」

「は? 謎マウント、うぜ~!」

「亮介こそ、陽花に軽々しく可愛いとか言うなよ」

「別にいいだろ。可愛いと言われてイヤがる女子はいねーよ」

「ただしイケメンに限る」

「あん? 俺はイケメンじゃねぇってのか!?」

「ちょっとやめてよ、恥ずかしいんだけど……」


 椎に止められて気付く。


 亮介との言い争いは注目を集めていたらしく、周りからくすくすと笑い声が聞こえてくる。


 さすがにこれ以上続ける気は起こらず、二人とも大人しく席に着く。


「ご、ごめん」

「……本当に。っていうか早く食べましょう、せっかくのお昼ご飯が冷めちゃうわ」



***



 昼食を済ませた後、四人は学食に残って予鈴までの時間を潰していた。


「へえ、二人が同じアルバイトねえ」

「同じ日にもう一人来るとは聞いてたけど、それが風見さんだとは思わなかったよ」

「しかも同じ学校で、同年代なんてね」

「そんで二人は前回試験のツートップだろ? コンビニの偏差値そんな上げてどうすんだよ」


 亮介のぼやきに陽花が反応する。


「風見さん、前回の中間試験一位だったんですか?」

「うん。一応」

「すごいです、おめでとうございますっ!」

「……ど、どうも」


 まっすぐな称賛に椎が照れる。


「あれ? そういえば村咲ちゃんも中間試験、一位じゃなかったっけ」

「そうですけど、よくご存知ですね?」

「遊星が自分のことのように自慢してたから」

「ゆ、遊星さん……」

「……えっと、その、すみません」


 陽花の呆れるような視線に耐え切れず、早々に謝った。


 親バカならぬ陽花バカみたいなことをしてしまった。


 当時はなにも考えず自分のことのように自慢していたが、思い返すとかなり恥ずかしいことをしていたかもしれない。


 遊星がひとり自省していると、今度は椎が陽花にお褒めの言葉を授けてくれていた。


「村咲さんもすごいじゃない、おめでとう」

「はい、ありがとうございます!」


 陽花は素直に賞賛を受け取り、満面の笑みを返す。


「……村咲さんはすごいわね。自分の気持ち、ちゃんと表現できて」

「気持ちを表現、ですか?」

「うん。私はそういうの、苦手だから」


 確かに椎は感情を表に出さないほうだ。隠してしまいがち、と言えるかもしれない。


 それに比べて陽花は感情豊かで、どんな気持ちでいるかがすぐ伝わってくる。伝えようとする意志を感じる。


 令嬢モードという仮面も併せ持ってはいるが、ウソをついたり腹に一物抱えているわけでもない。根っこが素直な陽花であるという点だけは、決してブレることはない。


(そういえば陽花の令嬢モードは、人前で話す練習をして作り上げたと言ってたな)


 その実体験を持つ陽花であれば、人見知り克服のヒントは陽花が握っているかもしれない。


 そう考えた遊星は、話を誘導するためあえて陽花にこんな質問をする。


「話は変わるけどさ。陽花って初対面の人にも全然緊張しないよね」

「緊張しないわけではありませんが……」

「でもガチガチになって、話せなかったってことはないでしょ?」

「それは、そうですね」


 すると椎が陽花との会話に割り込んできた。


「なにか、緊張しないコツとかあるのかしらっ」


 食い気味になる椎に、陽花が思わず目を丸くする。


「あっ、ごめんなさい。話の途中に……」


 引き下がろうとする椎に、目で促す。せっかく話を聞けるチャンスなんだ、行けと。


 すると意図は伝わったのか。

 後輩に助言をもらうという恥を飲みこみ、椎が続けて質問した。


「……私、人見知りすることが多くて。村咲さんが人前で意識してることがあったら、教えて欲しいの」

「意識していること、ですか」


 陽花は真剣な表情でむむむ、と考え込む。すると適当な答えが見つかったのか、これは私のやり方ですが――と前置きして言った。


「相手が初めて会った人でも、自分はその人が大好きなんだって思い込むようにしてます」

「大好きと、思い込む?」

「はい。困った時は助けてくれて気軽に雑談できる、安心できる友達だと思うんです。風見さんもそんな人が相手なら緊張しないですよね?」

「それは、そうかもしれないけど……」

「私も昔は人と話すだけでも一苦労でした。でも目の前にいる人は優しい人だって思い込むようにしたら、肩の力を抜いて話せるようになったんです」

「……なるほど」


 もたらされた話は椎にとって目新しいものだったのだろう。眉根を寄せて真剣に内容を吟味している。遊星より遥かに切れる頭を持っている椎だ。得た情報を実践できるようにしっかり噛み砕いているのだろう。


 しばらくすると椎は相好を崩して、陽花に礼を言った。


「ありがとう。とても参考になったわ」

「いえ、私なんかの話でお役に立てれば幸いです」


 二人が笑みを交わしているのを見て遊星もほっこりする。


 話も一段落し、そろそろ昼休憩も終わる頃。

 ずっと大人かった亮介が、ゲンナリした声で口を開いた。


「ハハハ……みなさま。お話は終わりましたでしょうか」

「どうしたんだ、急に。なんか元気ないけど」


 しばらく話に混ざれなかったから凹んでるのだろうか。いや、亮介はそんなヤワなタイプじゃない。


 知らない話題でも割って入って来れるのが亮介の良さで、悪さだ。それは去年からの付き合いでわかっている。だからこそ亮介が昼飯時に、しかも女子を前に凹んだ姿を見せるのはめずらしい。


 訊ねるのもはばかられるほどの凹みっぷりに戸惑っていると、本人の口から理由が明かされた。


「さっき聞いちまったんだよ。近くの女子がこう言ってるのをっ……!」



『ねえ、見て見て! 学年一位の風見さんと天ノ川くんが一緒にご飯食べてる!』

『ちょっとびっくりさせないでよ、村咲ちゃんも一緒じゃん。堂々と浮気してるのかと思った~』

『じゃなくてさ、ほら。二年の中間一位と二位が一緒でさ、しかも村咲ちゃんは一年の一位だよ? あそこ偏差値高くな~い?』

『もう一人の男子も頭いいの?』

『一文字でしょ、あいつは去年何回か補習受けてたと思うけど……』

『えっ、じゃあなんであの三人と一緒なの?』

『知らなーい、女の子としゃべりたくて無理矢理混ぜてもらったんじゃない?』



「……つまり、途中から一緒にいるのがミジメになってきたと」

「クソおぉぉぉ! 俺がなんか悪いことしたってのかよおぉぉ!」


 亮介がわめきながら頭を抱えていると、椎があきれたようにため息をつく。


「いい機会じゃない。これを機に一文字くんも学年上位に名を連ねましょう」

「俺には陸上があるんだよ!」

「またそんなこと言って。同じ陸上部の山中くんは、中間二十位くらいだったと思うけど」

「俺とあいつじゃ持ち物が違うっての!」


 陽花に「次こそは頑張りましょう!」と励まされ、多少は気力を持ち直したのも束の間。次の授業で亮介は、開始十分で夢の世界に落ちていった……

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