3-6 同僚さんと、汗をかいたシャーベット

 薄暗い夜の公園。

 街灯に照らされたベンチに、椎と二人で腰かける。


 遊星も子供の頃によく遊んだ場所だ。昔はよく友達と駆けまわっていたが、繋がりのある友達はもう一握り。


 そんな場所に女子と二人で座っていると、まったく別の場所に見えてくるから不思議だ。


 闇夜を煌々と照らす街灯の光が、椎の横顔の白さを際立てる。


 ようやく溶け始めたクーリッチュに口をつけると、冷やっこいバニラの甘さが口全体に広がっていく。


「っはぁ~~~、冷たくて最高!」

「ね。人が買っていくのを見てたら、つい私も欲しくなっちゃって」

「それわかるなあ。ムダ使いしたくないって思ってても、並んでるお弁当を見ると食べたくなっちゃうよね」


 振られた話に乗って笑みを返す。すると椎はわずかに目を伏せて、ためらいがちに言った。


「……ずっと冷たい態度を取って、ごめんなさい。あなたのこと勘違いしてたみたい」


 正直、心当たりはある。


 なぜか椎がレジでミスをするとこっちを睨んできたし、陽花と千斗星が来た時には文句も言われた。


 嫌われることをした覚えもない。だが椎が自分から言い出してくれたということは、改めてくれるということだろう。遊星にとってはそれで十分だった。


 しかし、勘違いという言葉が引っ掛かる。

 椎になにか思うところがあって冷たい態度を取っていたのであれば、遊星にそう思わせるなにかがあったということだ。


「ちなみに後学こうがくのために聞きたいんだけど、風見さんは僕にどんなイメージを持ってたの?」

「……それ、言わないとダメ?」

「できれば聞きたい、かな。もし悪いイメージがあったなら、そう思われないように変えていきたいし」


 聞けなかったとしても椎への態度を変えようとは思わない。

 これは悪い点があったら直したいという、遊星の改善癖のようなものだ。


 だが椎が歩み寄ってくれたのだから、あまり圧はかけたくない。それに予想以上に渋る姿を見ていると、こちらとしても申し訳なくなってきた。


 ――やっぱり言わなくていいよ。遊星がそう言おうとした瞬間、椎は腹から絞り出すように声を震わせて言った。


「……ちゃらちゃらした、ナンパな人だと思ってた」

「えっ、僕が?」


 椎は体を固くしながら、首を縦に振る。


「生徒会長にデレデレして、恥ずかしげもなく好きとか言って。誰にでも八方美人で、軽薄な人」


(……なるほど)


 確かにそう思われるだけのパーツは揃っている。言われたことを冷静に分析にしていると――椎が肩を揺らし、病的な表情でクツクツと笑い出した。


「もしもし、風見さん?」

「ふふふ、そうよ。おかしいのは周りのみんな、私はおかしくないんだから……」


 誰に言うでもなく喋り出した椎は、まるで決壊したダムのように言葉を溢れさせた。


「そうよ、あんなにちゃらちゃらヘラヘラしてる人が評価されるなんて絶対おかしいわ。面白いってだけで誰からも気に入られて、生徒会に入ってからも仕事ができるっていい評判ばかり。向けてくる笑顔だって絶対自分がカッコいいってわかってやってるに決まってる! でも私は絶対に騙されない! それに会長に一途っていってもわかったもんじゃないわ、遊星って名前からして遊び人じゃない! そしたら一年女子と抱き合った写真が出回って、よ~~~やく浮気な本性を露わした、これで化けの皮が剥がれるって思ってたのに! なんで!? なんで周囲はヤバイ会長から離れられて良かったねみたいな流れになってるの!? どうなってるの? みんな頭ポンポコリンなの? でもっ、それでもっ、私がいっちばん納得いかないのがっ、ちょぉっと勉強しただけでっ……私の学年一位をっ、涼しげな顔で持っていたことっ!!!」



 思いの丈をブチまけて、ぐわっと血走った眼で睨みつけられる。


 ――が、我に返ったのか、みるみると顔を赤くして背を向けてしまった。


「……なんてことを、ずっと思ってました」


 椎が大人しくなると、辺りに静けさが戻ってきた。近くを散歩していた犬が、椎に向かってワンワンと吠えている。


(つまり風見さんは僕に――いや、あんまり深く考えるのはよそう。なんかかわいそうになってきた)


 同情するのも違うなんて考えつつ、いま頂戴したお言葉の中に改善点がないか考えてみる。


 すると出てきた結論はひとつ。


「……僕、一回死んで来たほうがいい?」

「ち、違うっ! これは私が勝手に嫉妬してただけだからっ、連続一位を阻止されたのが悔し……あっ」


 失言が止まらない。


 ついに椎は両手で顔を覆い、足をばたつかせ始めた。


「もうっ、どうしてさっきから変なことばかり言っちゃうのっ……」


 そんなコロコロと変わる姿が面白く、遊星は耐えきれず笑いだしてしまった。


「ちょっとっ、なに笑ってるのよっ!」

「ごめん。でも風見さん、イメージと違って面白い人だったから」

「面白いとか言わないでくれるっ!? 君が聞いてきたから教えてあげたのよっ!?」


 逆ギレする椎も面白くて笑いが抑えられない。先日は睨まれて怖い、理不尽に注意されて怖い、そんなことを思っていたのに。


「ごめん。でも僕も結構ひどいこと言われた気がするけど?」

「そ、それはっ……ごめんなさい。勝手な思い込みをしていた、私が悪かった」


 椎がしゅんとした表情で顔を俯ける。


「じゃあ、改めてよろしく」


 ズボンで手を拭ってから、椎に向けて差し出す。


「……こういう時に、握手しようとするところが軽薄」

「でも風見さんは、きっと答えてくれる」

「だからっ! ……もう仕方ないわね」


 そういって椎がきゅっと手を握ってくれた。


 和解成立。

 ここ数日間、胸に刺さり続けていたトゲが抜けた気がした。



「クーリッチュ、ぬるくなっちゃったわね」

「もう夏だからね。この時間に薄着でも寒くないし、僕はこういうの好きだよ」

「そういうこと平気で口にするの、恥ずかしいとか思わないの?」

「え? 特には……」

「はあ、もういい。段々と君のことがわかってきた気がする」


 椎はベンチの背もたれいっぱいに体を預け、だらりと頭を後ろに下げる。


 あまりにも無防備な格好。

 椎のほっそりした体躯でもそんな格好をされたら、起伏のある部分に目が吸い寄せられる。


 ……先ほど軽薄だの遊び人だの言われた後だ。覗き見ているのがバレたら、話を蒸し返されかねない。


「バイトを始めた理由――」


 椎は空を見上げたまま、独り言のようにつぶやく。


「前にバイトを始めた理由、聞かれたことがあったじゃない?」

「……あったね」


 確か店に入った初日、椎から訊ねられた。


「お小遣い稼ぎと言った君に合わせて、私も同じようなものって答えた。……でも、本当は違う」


 遊星は同じように空を仰いで答えを待つ。明日も雨だろうか。雲が多くて月や星はほとんど見えなかった。


「私、いつか友達と海外旅行に行ってみたいの。母親も若い頃に行ったって聞いて、なんとなくいいなぁって」

「海外旅行か、すごいね」

「だから英語も普通に勉強するだけじゃなくて、しゃべる練習もしてる。……動画とかDVD見たりするくらいだけどね」

「いいじゃん。やりたいことがあって努力できるの、いいと思う」

「ありがと。でも海外旅行に行きたいとか言う前、私には致命的に足りないことがあるって気づいたの」


 足りないこと。海外旅行に行くなら普通にお金だって必要だと思う。でも椎はお小遣い稼ぎではないと言った、なら理由はそれ以外にあるということだ。


 椎は答えるのをためらっているようだった。結露でびちゃびちゃになったクーリッチュを手に、遊星は答えを待つ。


「一緒に行くような友達がいない」

「……」


 ガチで切実だった。


「もう気付いてるとは思うけど。私、人見知りが激しいの」


 レジに立つ椎を見ていれば、おのずとわかってしまう。でも人見知りと自覚しているのなら当然、ひとつの疑問が湧いてくる。


「けどアルバイトには接客コンビニを選んだんだ?」

「接客を平気でできるようになれば、人見知りも克服できるかなって」

「……なるほど」

「それに一緒に行く友達ができて、英語がしゃべれるようになったとしても。人見知りじゃ現地の人に話しかけられないわ」

「現地の人には道の聞き方くらい伝われば大丈夫じゃない?」

「ダメよ、ちゃんとコミュニケーションを取れないと。じゃないと陽気な現地人に『ここはいい街だよ。住んでるヤツもイイ連中ばっかりだ、HAHAHA!』って言ってもらえないじゃない」

「そこ重要!?」

「海外旅行の本質じゃない、なに言ってるの?」


(本質ってなに!?)


 急に本質とか言われても知ったことではないが、椎は至って大真面目だ。海外旅行あるあるかもしれないので、とりあえず黙っておく。


「だからね。もし良かったらなんだけど……協力して欲しい」

「協力って、なにを?」

「具体的に決まってないけど、私も君みたいな社交的な人になりたいって思ってる」

「自分をそこまで社交的とか、考えたことはないけどね……」

「それでもお願い! 今のままの私でいたくないの。少しでも自信を持てる自分に、変わってみたいの!」


 ――変わってみたい。


 その言葉を聞いて、遊星のスイッチが入る。


 自分も欲しいものがあり、変わろうとしてきた側の人間だ。

 だからこそ変わることの楽しさ、変わったことで見える世界、変わったことで手に入る自信を知っている。


 ほぼ初対面だった陽花の告白を受けたのも、自分を変えた話に強い好感を憶えたから。


 椎はあがり症で、人見知り。

 別にそれ自体は悪くないし、その自分を受け入れて生きるのも一つの選択だと思う。


 でも変わりたい気持ちがあるなら。遊星は誰が相手でも、その背中の全力で後押ししたい。


「わかった。僕にできることがあるなら、任せて」

「本当にっ!? うれしい!」


 椎が感激のあまり、手を握ってくる。

 純粋な笑みまで向けられて、ついドキリとしてしまう。


「あっ、ごめん……」


 が、自分のしたことを恥じるように、すぐ手を引っ込める。


(風見さんって天然っていうか、割と感情的に行動する人だよな)


 大人びた顔立ちに、学年随一の秀才。でも中身は人見知りを恥じる、どこか抜けたところがある女の子。そう考えると親近感が沸いてくる。


「じゃ早速だけど、連絡先教えてもらってもいいかな?」

「……別にいいけど。二人で遊びになんて行かないからね?」

「二人で遊んだってしょうがないよ。人見知りは知らない人と交流して克服しないと」

「それって、どういう……?」

「変わりたいって決めたのは風見さんだからね。明日からさっそく練習していかないと」


 手ぬるいことはしない。


 やると決めたら徹底的に、だ。

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