3-2 天ノ川遊星と、クールビューティーな同僚さん

「えっ!? 遊星さん、今日からアルバイトなんですか?」

「うん、近くのコンビニなんだけどね」

「おめでとうございますっ!」


 昼休み。

 今日は陽花と弁当の日だったが、雨で屋上が使えないので教室に来てもらっている。


「でも急ですね、びっくりしました」

「ごめんね。相談もせずに決めちゃって」

「い、いえっ! 遊星さんの決めたことに、私が口出しなんて……」

「していいんだよ。陽花のイヤがることはしたくないし、嫌われたくないから」

「……遊星さん」


 陽花が頬を染めてうつむくと、こっちまで顔が熱くなってくる。

 二人がどこか桃色の雰囲気を漂わせていると、それに気付いたクラスメートがわざとらしく口笛を吹く。


 遊星は口笛のした方に恨めしい視線を返し、咳払いをして陽花に向き直る。


「そういえば来週はお父さんの実家に行くんでしょ? どこまで行くの?」

「静岡です。土曜日に一晩泊まって、日曜の夕方に帰ってくる予定です」

「結構遠いね、車?」

「はい。でも車に揺られると寝ちゃうので、気持ち的にはすぐですよ」

「どこでも寝られるのうらやましいなぁ、僕は車だと寝られないタイプだから」

「寝られなくても寝たフリをするに限ります。起きてるとお母さんのがヒドいので……」

「かまってあげればいいのに」

「甘やかすと調子に乗るのでダメです、これはいくら遊星さんのお願いでも聞けません」


 陽花は話している途中でなにか思い出したのか、スマホを開いて画面をこちらに見せてくる。


「それより見てください、この子! お父さんの実家にいるワンちゃんです!」


 犬のことをワンちゃんという陽花に萌えつつ、スマホを覗き込む。画面には嬉しそうな顔で舌を出す、ゴールデンレトリバーが映っていた。


「初めて会った頃はこんな小さかったのに、去年会いに行ったらすごい大きくなってたんです!」

「大型犬だよね、すごいモフモフしてて抱き心地が良さそう」

「そうなんですっ! しゃがんで手を広げると、ぐわぁーってじゃれてきて可愛いんですよ」


 目を輝かせて楽しそうに話している。よっぽどこの子のことが好きなんだろう、陽花の興奮した姿にどこか暖かい気持ちになる。


「でも遊び終わった頃にはクタクタです、体重も私とほとんど変わらないので」

「体重が同じくらいの犬とじゃれ合うって……やってることはレスリングみたいなもんでしょ」

「そう、ですね。一度押し倒されちゃうと、自分の力ではとても押し退けられません」


(押し倒される、だと……!?)


 瞬く間に広がった遊星の妄想では、無抵抗の陽花に舌を出したワンころがのしかかっていた。なぜか陽花は半裸に剥かれ、恍惚とした表情を浮かべていた。


『や、やめてください。舐めないでっ!』

『いやっ! 力が強くて逃げられない……』

『こ、これ以上はいけません。お願いっ、許してくださいっ……!』


(け、けしからんっ!)


 このままでは告白前に信じて送り出した陽花が、獣にメロメロにされダブルピースの映像動画ビデオレターを送ってくるかもしれない。

 先ほどのワンころを見返すと「イエーイ、彼氏くん見てる~?」と言っているような錯覚さえし始める。


「……陽花」

「はい? どうしたんですか、急に真面目な顔をされて?」

「静岡に行く前に、護身術を学んでおこうか」

「???」


 遊星の要らぬ心配に、陽花はきょとんと小首をかしげていた。



***



 そして放課後。

 陽花は用事があるとのことで放課後は合流せず。遊星は夕飯の用意を済ませてからバイト先のコンビニへ向かった。


 いよいよ初出勤である。


 初日から遅刻するわけにも行かないので、余裕をもって二十分前に到着した。レジの前には昨日と同じ、金髪マスクの店員が立っている。


「おはようございます、今日からよろしくお願いします」

「ちゃっす~。とりま後ろ入ってて、店長来ると思うから~」

「はい!」


 言われてバックヤードに入ると、店長の机に「あまのがわ」と「かざみ」のネームプレートが並んで置いてあった。


(もう一人はかざみさん、って人なのか)


 時間に余裕を持ってきたが、それ以上の指示もないのでやることがない。

 手持ち無沙汰に監視カメラの映像をながめていると、スイングドアが開いて誰かがバックヤードに入ってきた。


 駆け足気味に入ってきたのは、遊星とさほど歳の変わらぬ女の子だった。どこか落ち着いた雰囲気をまとわせていてポニーテールを揺らしている。


 社会人の基本はあいさつ。女の子と目があうなり、遊星は先んじて声をかける。


「おはようございます! 今日から入った天ノ川です、よろしくお願いします!」

「……おはようございます。私も新人で……って天ノ川、くん?」


 ほっそりとした瞳が見開かれ、遊星の姿をまじまじと注視する。


「あれっ、もしかして一年E組の学級委員長だった……」

「風見よ。風見かざみしい。まさかこんなところで会うなんてね」


 特に再会に驚くことも喜ぶこともなく、肩をすくめてため息交じりに言う。

 ……それどころか遊星だとわかった瞬間、眉根を寄せたように見えたのは気のせいだろうか。


 遊星は生徒会渉外だったこともあり、各学級委員とは面識がある。

 とはいえ椎とは顔見知り程度だ、仲がいいわけでもない。だが椎の名前はよく目にしていた。なぜなら――


「中間試験一位、おめでとう。さすがだね」


 椎は去年からほとんどの試験で一位を取り続けていた。例外として遊星が一位だった九月の試験以外は、すべて一位だったはずである。


 あの時はさすがにやりすぎだった。桐子にバカと言われて成績を上げるため、夏休みの間ずっと朝から晩まで試験勉強をしていたのだ。


 おかげで五教科満点を取ることができたが、これを続けていたら過労で倒れる。そう思ってからは無理のない範囲で、上位を目指すスタンスに切り替えていた。


「今回は数学につまづいちゃってさ、大きく落としちゃったよ」

「それでも二位でしょ、十分じゃない?」

「いつもより勉強時間多く取ったからね。ずっと安定して上位を取れる風見さんのほうがすごいよ」

「……」


 遊星は愛層笑いを浮かべて応えるが、椎はそれきりなにも答えない。スマホを取り出されてしまえば、二人の間にはたちまち沈黙が立ち込める。


(……クールな人だと思ってたけど、あんまり雑談とか好きじゃないのかな)


 生徒会絡みで関わった時も必要以上のことは話さなかった。


 あの時はそれでよかった。

 仲が良いに越したことはなくても、遊星は友達百人を目標にはしていない。


 だが同僚になったのであれば仲良くなりたい。初めてのアルバイトで覚えることは多いだろうし、新天地アウェーで仲間を作りたいと思うのは普通だろう。


 けれど椎はスマホに目を落としたまま、遊星を気に止める様子はない。同じクラスにもなったことがないので、これが彼女の普通であるのかもわからなかった。


 あまりしつこく話しかけてもウザがられるかも。そう思って遊星も口を閉ざしていると、意外にも椎のほうから声をかけてきた。


「……天ノ川くんは、どうしてアルバイトを始めようと思ったの?」

「夏に向けて出費が多くなりそうだから小遣い稼ぎしようかなって。風見さんは?」

「私も、似たようなものかしら――」


 椎が消え入りそうな声で言うと、額に脂汗をかいた店長がやってきた。


「遅れちゃってごめんね~、二人とも書類は持って来てくれた?」


 店長は二人分の書類を確認すると、緑のユニフォームをバッグから取り出した。


「とりあえず着替えてネームプレートつけといて。これレジのマニュアルね、一部しかないから一緒に読んどいて!」


 契約書をバッグにしまうと、店長はそのまま遊星たちに背を向ける。


「あの! どちらに行かれるんです?」

「別の店! ちょっとトラブルがあったみたいでさ~」

「じゃ、じゃあ研修は?」

酒井さかいにやってもらって! あ、酒井ってあの金髪ね、レジは打って覚えたほうが早いから!」


 店長がバックヤードを抜けると、話し声が聞こえてくる。おそらく酒井に研修を頼んでいるのだろう。「マジすか、だり~」という言葉がここまで聞こえてきた。


 思わず椎と顔を見合わせてしまう。


「……とりあえず、マニュアルに目を通しておこうか」

「そ、そうね」


 数枚のA4用紙にホチキス止めをされた、手作り感あふれるマニュアルを椎と一緒に覗き込む。


(なんていうか、前途多難だな)


 別の店員が入ってくる様子もないし、今日は酒井と新人二人で回すということだろう。


 果たして研修してもらう余裕なんてあるのだろうか。

 そんなことを考えつつ、遊星と椎は二人三脚でマニュアルを読み進めるのであった。



―――――


 新天地に、新キャラの登場です!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る