3章 後輩ちゃんと、お付き合いしたいのにっ!

3-1 天ノ川遊星は稼ぎたい

 いよいよ明日はデート当日。

 陽花に告白をすると決めた、運命の日。


 その日を前にして遊星のテンションは高まる……どころか、ここ最近で一番の下がりっぷりだった。


「はあ……」

「お兄、ため息うるさい」


 夕食後。リビングのソファに寝転がった千斗星が、スマホから視線を向けたままヤジを飛ばす。


 腹も出しっぱなしで非常に行儀が悪い。だが注意するほどの気力も湧かず、テーブルの上に突っ伏していた。


 点けっぱなしのテレビからは、こわばった表情のニュースキャスターが明日の天気を告げている。


『各鉄道会社は始発から在来線ざいらいせんの運転を見合わせる、計画運休の実施を発表しており――』


 多少の雨だったら強行する予定だった。だがその日が近くなるにつれ天候不順は確実なものとなり、いまでは「外出は控えて」の文字テロップが躍っている。


 外では風に煽られた木がざわめき、閉め切った雨戸がきしんだ音を立てている。天気図の雲の広がりを見るかぎり、奇跡的に晴れることもなさそうだ。


 つまり、デートは延期になった。

 先ほど陽花とも通話で、来週の土曜日に変更する話をした。


 来週は陽花がお父様の実家に行く用事がある。……つまり告白も二週間の先延ばし。


 ただでさえ告白を決めてから数週間が経っている。その日が近づくに連れて緊張し、悶々とした日を過ごしていた。


 それなのに二週間の延期。

 張り詰めていた気持ちは折れ、すべての呼吸がため息になっていた。


「はあ……」

「重症だね~?」


 事情を知っている千斗星も、遊星の凹みっぷりが気になるらしい。ソファから体を起こして、遊星のひざの上に乗ってきた。


「ほらほら、千斗星で癒されなよー。今日限定でお兄のぬいぐるみになってあげるから」

「重い」

「その重さこそが愛おしい?」

「…………」

「おっ、否定せずー」


 千斗星は甘えるように背中をぐいーっと押し付けてくる。


 遊星にも人肌恋しい気持ちがあったのか。特に照れくさいとも思わず、甘える千斗星をそのままに頭をうりうりと撫でつける。


「っていうかさー。デートでの告白にこだわらなくてよくない?」

「それはそうなんだけどな……」


 本当は先ほどの通話で告白してしまおうかとも思った。

 だが延期が決まってお互いにテンションが下がっていたし、こんな大事なことを電話越しで告げる迷いもあった。


 きっと遊星の気持ちは伝わっている、と思う。

 だったら互いの気持ちが乗ったタイミングで、思い出に残るような形で告白したかった。


「陽花とはいつでも会えるし。そこまで焦らなくてもいいかなって」

「ふ~ん? お兄がそれでいいならいいけど。陽花のこと不安にさせないようにね」

「ご忠告、痛み入ります」

「誕生日もすぐだし」

「だな」


 陽花の誕生日は六月二十六日。

 それまでに予定していたデートはしっかり終え、誕生日は別でしっかりと時間を作ってあげたい。


 だから誕生日の過ごし方も考えておかないと。

 それに、誕生日プレゼントも。


「……高校生のアルバイトってなにがいいんだろうな」

「え、お兄バイトすんの?」

「しようかなって考えてる。陽花のプレゼント代は自分で稼ぎたいし」

「ひゅ~! でも今から働いたんじゃお金もらうの来月じゃない?」

「日払いの仕事とかあればいいんだけどね」

「そういうのって体使う系でしょ、ひょろいお兄にできんの?」

「むしろそこで体を鍛えるみたいな」

「初日で筋肉痛になって、湿布でバイト代が溶けるかも」

「ありそうで怖いな」


 そんな会話をした翌日。

 大雨でやることのない遊星は、朝から千斗星とゲームに興じていた。


「お兄、よっっっわ! 本当に現代の男子高生?」

「……うるさいな。お前が上手すぎるんだよ」

「やーい、お兄の負け惜しみぃ! ざぁこざぁこ♪ ぶきっちょ青二才♪」

「千斗星、今日の昼飯抜きな」

「わーー! うそうそ! 千斗星はお兄様なしで生きられない、ごくつぶしの寄生虫ですうぅ!!」


 騒がしい千斗星を尻目に、時間を確認する。


 気付けばもう昼前だ。まだ腹は減ってないものの、そろそろ昼食の準備をしたほうがいいだろう。


 そう思って冷蔵庫を開けたところで気が付いた。


「あ、買い置きするの忘れてた」


 料理をするにも食材がない。

 残り物も一通り枯らしたところだったので、このままでは卵かけご飯くらいしか食べるものがない。


(いまはあまり風も強くないし、久しぶりにコンビニ弁当で済ませるか)


 家から徒歩二分ほどの場所にコンビニがある。


 だが。あまり利用していない。

 理由は単純に単価が高いのと、普段の買い物は高校帰りにスーパーで済ませているから。


 それにコンビニの店長家族とは子供の頃から知り合いだ。

 別にイヤということはないが、知り合いの店はなんとなく気まずい。


 だがこの雨の中、スーパーまで自転車を走らせようと思わない。

 千斗星に食べたい物だけ訊ね、財布を持ってコンビニに向かった。


「……らっしゃっせ~」


 店に入ると金髪マスクの男性店員に、やる気ゼロの声をかけられる。


(知らない人だ、よかった)


 別に店長家族でも良かったけど、と自分に言い訳をして弁当売り場に向かう。千斗星リクエストのカルビ弁当と、自分用のそぼろ弁当をカゴに突っ込んで会計に向かう。


「せんはちじゅうごえんっす~」


 高いな、と思いながら代金を出したところで……ふと、店員の後ろに張られていたポスターに目が入る。


■■■

 従業員募集中!

 17:00-21:00

 急なスタッフ欠員のため、六月に限り時給三百円増し!

■■■


(んんっ!? これってめちゃくちゃ良くないか!?)


 家から徒歩二分、それでいて高校終わりに働ける時間。

 しかも店長は知り合いときている。初めてのアルバイトとして選ぶには、かなりの好条件に見える。


「……せんはちじゅうごえんっす~」

「あっ、すいません!」


 思わずポスターに見入ってしまい呆けていた。遊星は代金を支払いレシートをもらった後、おずおずと店員に声をかけてみた。


「あの。アルバイト募集って、まだやってます?」

「やってますよ~」

「でしたら、働いてみたいんですけど」

「マジすか、したら後ろ来てもらっていいすか」


 金髪の店員に促され、レジ裏のバックヤードに入る。


「てんちょ~、バイト希望だって~」

「助かる~!」


 パソコン前の店長がこちらを向くと、知り合いであることに気付いたのか、驚いた顔をする。


「……あれ、君はもしかして天ノ川さん家の?」

「遊星です。ご無沙汰してます」

「大きくなったねぇ、最後に会ったのは何年前かなあ」


 店長としばらく談笑をし、話が落ち着いた頃に本題へと入った。


「一応、確認なんですけど高校生でも大丈夫ですか?」

「全然いいよー。無断欠勤とかしなければ」

「家も近いんで大丈夫です!」

「だよね、助かるよぉ。で、いつから働きたい?」

「……あの、こういうのって先に面接とかやるものじゃないんですか?」

「君は身元もはっきりしてるからいいや。こっちも人足りなくてカツカツだし」


 店長の目元にはクマができていて、以前より白髪も増えている。店長という立場もあって忙しいのだろう。


「もし遊星くんが良ければ明日とかどう? 同じ時間にもう一人新人が来るから、一緒に研修できるんだけど」


(明日か……)


 特に予定はない。十七時開始であれば陽花を駅まで送った後、簡単な夕飯くらいは用意して家を出れそうだ。


「大丈夫です!」

「助かるよぉ、これで●十連勤はしないで済みそうだ」

「ははは……」


 なにやら危険な単語が聞こえた気がするが、遊星は笑ってやり過ごす。


「じゃ、これ条件通知書ね。目を通して問題なければサインと印鑑、聞きたいことがあったら私の携帯に電話して」

「はいっ」

「他になにか聞いておきたいことある?」

「……もしお願いできればなんですけど。今月の働いた分のお給料だけ、今月中にもらったり出来ます?」

「う~ん、普通はやってないんだけど……天ノ川さんなら特別にいいよ?」

「本当ですか!? 助かりますっ!」


 これで陽花の誕生日プレゼントも自前で用意できそうだ。


 知り合いということもありトントン拍子に話が進み、明日からアルバイトを始めることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る