2-31 #桐子と美ノ梨
その後の生徒会についても、軽く触れておく。
二人が辞めた穴は依然として空いたままだが、二年が自主的に動くようになったので大きな負担にはなっていない。
これから夏にかけて
その日の放課後も、簡単な事務仕事だけ。めずらしく桐子と美ノ梨の二人だけが残り、生徒会室には紙の擦れる音だけが響いていた。
「しかし美ノ梨はすぐに飽きてしまうのだったーーー!」
「飽きないでよ。大した量じゃないでしょ」
机にべたーっと突っ伏す美ノ梨に、丸坊主となった桐子が表情変えずにツッコむ。
「こんなに暑いとやる気出ないってー、もう冷房つけて良くない?」
「さすがに早いでしょ。まだ六月にもなってないのに」
「暑いものは暑いの~! 桐子はいいなー、アタマ涼しそうで!」
「美ノ梨も真似していいわよ。もう一度やりましょうか、断髪式」
「ムリッ!」
美ノ梨はぶう垂れながら、書類に目を通す桐子を盗み見る。
(まさか桐子がこんな風に変わるなんてねー)
丸刈りにすると言い出した時、桐子は壊れたと思った。
遊星にフラれ、こっ恥ずかしい動画を拡散され、停学にもなった。ただでさえ高かったプライドがマイナスに突き落され、頭がおかしくなったのだと思った。
だが、その後の桐子は安定していた。
しっかりと謝罪すべきところに頭を下げに行き、美ノ梨や二年の役員にも一からやり直したいとハッキリ言葉にしてくれた。
いまや、ただの好青年。
それは男子に向けられる言葉ではあるが、今の桐子には誠実な好青年という言葉がよく似合う。
むしろ桐子には坊主頭こそ良く似合うように見えてきた。
長い睫毛と坊主はミスマッチのようで、絶妙な調和を生み出している。こんな甲子園球児をいつかテレビで見たような気がする。
なにより坊主にしたことを恥じらわないのが男らしい。そう、今の桐子は男らしかった。
「ねー、桐子ぉ」
「なに」
「ゆーくんには、ちゃんと好きって言ったの?」
「……言わないわよ、そんなの」
「どうして?」
「私は好きって言えるほどのこと、彼にしてこなかったもの」
桐子はこれまで自分の気持ちをひた隠しにしてきた。周囲にはバレていたが、自分から好意を示したことはなかった。
「天ノ川くんと村咲さんが話しているところ、見た?」
「もちろん見たけど」
「どう思った?」
「……見てて恥ずかしくなるくらい、バカップル?」
「そうよね。私みたいに好きでいることを隠そうとか、考えもしないくらい」
遊星と陽花は似ている。
自分の気持ちを隠そうとか、偽ろうとは絶対にしない。だから二人が真っ直ぐに好き合っているのがわかってしまう。
そんなこと桐子にはできなかった。もし遊星と付き合うようなことがあったとしても、あそこまで気持ちをオープンにはできない。
「私が天ノ川くんを好きになったのは、真っ直ぐな気持ちが嬉しかったから。でも私に同じようなことはできなかった」
好きと言われたから好きになった。でも桐子には言い返せなかった。
それはプライドだったり、恥ずかしさだったり、他人にからかわれるのが怖かったり。
言われたら遊星も嬉しく思ってくれたかもしれない。でも桐子にはその壁を越えられなかった。
他の人からすれば「そんなことくらい……」と思われるかもしれない。
その程度の勇気があれば、別の未来があったのかもしれない。
誰もが言葉にする勇気を持っていれば、この世に片思いなんて言葉もないのかもしれない。
気持ちは伝えたもん勝ち。自分から好きと伝えなければ、恋愛なんて始まらない。
「自分の気持ちを伝えようとしなかった私に、いまさら好きなんて伝える資格はない。言えば困らせちゃうだけよ」
「困らせればいーじゃん、恋は戦争ってゆーでしょ?」
「略奪しても心の痛まない相手だったら、考えないでもないけど」
「ひーちゃんは違う?」
「……そうね。どちらにしろ勝てる気はしないけど、あの子の邪魔はしたくない」
陽花にとって、桐子は恋敵であるはずだ。
それなのに、礼を言われてしまった。敵意しか向けてない桐子に対し、陽花は最後まで丁寧な態度を崩さなかった。
「真っ直ぐにお礼なんか言われて、毒気抜かれちゃった。……だから余計なことは言わなくていいの」
「桐子、大人になったねぇ……」
「なによ、いままで子供だったみたいに言って」
「子供みたいだったじゃん」
「……そうかもね」
桐子は肩をすくめて、自虐的に笑う。
「美ノ梨にも色々迷惑かけたわね」
「あ、美ノ梨はそういうのいらなーい。たまにサボらせてもらえば、それでいいでーす」
「いまでは二年生もがんばってくれてるし、サボりやすくはなるかもね」
「サイコー! あ、じゃあさ、今日帰りに遊び行かない?」
「……私と?」
「そ。傷心した桐子を慰めようの会!」
「頭でも撫でてくれるのかしら? きっとジョリジョリするわよ」
「頭ネタにすんのやめて、笑っちゃうから」
美ノ梨がお腹を抱えて笑い出す。
以前の桐子が自虐ネタを言うなんて、果たして誰が想像できただろうか。
「じゃあなにするの?」
「んープリクラ?」
「私の坊主写真、撮りたいだけでしょ」
「バレたかー」
「フラッシュ焚いたら反射するわよ、私の頭」
「だから笑かすなっ」
生徒会室に美ノ梨の笑い声が響く。
五月の澄み渡った青空の下、二人は初めて心から笑い合うことができたのだった。
―――――――
2章はこれにて完結です!
ここまで読んでくださってありがとうございました!
そして明日からは3章!
梅雨のアルバイト編となります!
3章も毎日更新を維持できる予定なので、続きも読んでくださると嬉しいです!
面白かったと感じていただけたら「★で称える」にて★★★をしていただけると励みになるのでよろしくお願いしますー!
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