2-30 騒動を終えて②

 慌ただしい事件がようやく過ぎ去った。が、遊星と陽花の日常は続く。


 今日も昼休みは屋上に向かい、陽花の弁当に舌鼓を打っていた。


「ん~美味しいっ! 陽花の弁当は宇宙最高だなぁ」

「もう、最近は同じような褒め言葉ばかりじゃないですか」

「僕のこじゃれた食レポなんて、聞きたくないでしょ?」

「……面白そうですね、それ」

「え」

「遊星さんが語彙に詰まったり、恥ずかしそうに批評する姿が見れるかもしれるじゃないですか!」

「楽しみ方が陰湿だね……」


 遊星がげんなりしてみせると、陽花がくすくすと笑った。


(最近の陽花は態度も軽くなって、いい感じだ)


 いまの陽花には好かれようとする必死さや、嫌われることの恐れは感じない。自然に遊星の隣にいて、冗談まで言ってくれる。


 この可愛らしい女の子に信頼され、気を許してくれることに込み上げるような嬉しさを感じる。


(だからこそ、良くないよなぁ……)


 つい人目のある場所でも、抱きしめたくなってしまう。


 陽花の家でハグをして以来、たびたびこんな気持ちに襲われる。


 身長差もあるのでいつも上目遣いされてしまうのも、いちいち攻撃力が高い。気温も高くなりワイシャツの日も増えたので、胸元に視線が伸びないようにするのも気を遣う。


 ここ最近、陽花がどんどん魅力的に見えてしまう。向けられる信頼も、仕草も、可愛らしい表情も。そのすべてに惹かれてしまう。


 その原因も、わかっている。


(僕が陽花を、好きと自覚したことが原因だろうなぁ……)


 元々、うっすらとした好意はあった。


 でもそれは道行く美人に、つい振り向いてしまう程度のもの。


 だが、いまはそうではない。


 もう陽花がいないと、ダメだった。


「……遊星さん、聞いてます?」

「あ、ああ!? ごめん」


 あからさまに聞いてなかったという態度をとってしまった。

 陽花は少しだけむっとした表情をした後、平手でひざをぺしっと叩いてきた。


 はい、かわいい。


「えっと、会長のことなんですけど……」


 意外にも。陽花から会長の話を振ってきた。


 今朝、亮介には会長のことで釘を差されたばかりだ。


『村咲ちゃんの前で会長の話はするなよ、絶対にややこしくなるから!』


 イメチェン経験のある陽花なら、きっと会長のカッコよさは伝わると思うのだが……友人からの貴重な忠告だ。自分の考えはとりあえず封印することにした。


「会長とはあれから、仲直りされたんですよね?」

「えっと、うん。停学中に電話をもらって……これまでのこと、謝られた」


 電話口の声はとても落ち着いたものだった。


 遊星の好意をずっと邪険にしてきたこと、遊星の献身に甘えて仕事を押し付けてきたこと、そして生徒会を追い出したこと。


 遊星のことは頼りに思っていたとも言われた。


 だがなんでも聞いてくれるから調子に乗り、みんな自分に従うのが当たり前なんて勘違いをしてしまった。そんなことを言われた。


「もし仲直りされたのでしたら。……生徒会に、戻ったりしないんですか?」

「……あー」


 最近、氷室先生に同じことを言われた。


 生徒会役員が選ばれるのは通常、生徒会選挙の時だけ。


 退会届が受理されたのであれば生徒会には戻れず、次の選挙を待たなければいけない。


 だが生徒会に人手が足りず、戻ることを反対する人もいない。


 であれば遊星を生徒会に戻すことは難しくない、だから遊星さえ希望するなら……とのことだった。


 もちろん、戻ることも考えた。


 もう桐子と距離を置く理由はない。フラれたことに凹んではいないし、人手が足りないのも知っている。


 競歩大会の手伝いを通して、ここが自分の居場所だと思ったのも事実だ。


 それに桐子からも言われた。


『恥を忍んで聞くけれど……もし、また手を貸して欲しいって頼んだら。お願いされてくれる?』


 少し前の遊星であれば、断れなかっただろう。尊敬していて恩人でもある桐子の言葉には。


 でも。


「考えはしたけど、断ったよ」

「……よろしかったんですか?」

「うん、それに実はアルバイトしようかと思ってるんだ」

「アルバイト、ですか?」

「うん。デートする時に、少しでもお金があった方が選択肢が広がると思って」


 陽花はなにやら言葉に困った様子だったが、恥ずかしそうにコクンと頷いてくれた。


 戻らない理由は他にもある。でもそれは言わないほうがいいだろう。


 生徒会に戻れば、陽花を不安にさせてしまうかもしれない。だから、言う必要はない。


 それに来月……六月二十六日は陽花の誕生日だ。


 遊星には生活費の仕送りや、村咲夫妻にいただいてしまったお金はある。


 だが、誕生日プレゼントは自分で稼いだお金で渡してあげたかった。



「それより、楽しみだね。あじさい寺」


 わざとらしいかもしれないが話を逸らす。


 予定していたデートは今週末。しかも今回のデートでは告白することまで宣言している。


 きっと陽花も楽しみにしてくれているはず――だったのだが。


「……遊星さん、そのことなんですが」


 陽花はスマホの画面を開き、天気予報のアプリを見せてくる。


「今週末、すごい嵐が来るみたいです……」


 降水確率、100パーセント。

 前日の夜から一日中の暴風雨に、交通機関ストップの恐れ。


「……うわぁ」


 運命の日には文字通り、暗雲が立ち込めるのだった。



―――――


 明日の更新は生徒会視点になります、2章の最終話です!

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