2-27 職員室①
遊星が職員室に入ると、パーテーションで覆われた区画に連れていかれた。
そこにいたのは生徒会顧問の氷室先生と、教頭先生。そして桐子。
だが桐子の姿を見て、ぎょっとする。自慢の長い黒髪はボサボサで、頬にはガーゼが当てられていた。
「桐子さん!? どうしたんですか、そのケガ!」
思わず声をかけたが、目を伏せたまま取り合わない。桐子はケガのせいか退廃的な空気を纏っており、いつもの気丈さは欠片もなかった。
遊星は氷室先生に促されて、空いた席に着席する。
「少しだけ待っててくれ。もう一人だけ呼んでいるから」
遊星は無言でうなずき、緊迫した空気の中でゆっくり息をつく。
(もう一人はきっと、陽花だよな。それにしても桐子さんのケガ……)
じろじろ見るのは失礼と思いながらも、どうしても気になってしまう。見れば乱れているのは髪だけでなく、制服にもシワと乱れた跡がある。
まるで取っ組み合いの喧嘩をしたような跡。いや桐子の状況や性格を考えれば……喧嘩は起きたと考えるべきだろう。
「村咲さんを連れてきました」
担任らしき教員に連れられて、十数分ぶりに陽花と再会する。陽花も桐子のケガに気付き、思わず息を呑むのが見えた。
桐子と会うのは半日ぶり。だがその間に、ずいぶんと変わり果てた姿になってしまった。
「……二人とも。会長との口論が動画にされてることは知ってるか?」
氷室先生の質問で、話は本題に入った。
「はい、学校に来てから知りました」
「私も同じです」
「そうか。とりあえず動画のことは安心して欲しい、投稿者は特定して削除に動いている」
「本当ですか!?」
「ああ、別室で生徒指導の菊田先生が対応している。動画の拡散もしないよう各担任から全クラスへ通達する予定だ」
「そうですか。それはよかった……」
陽花と顔を見合わせ、ほっと息をつく。
学校の対応が早くて助かる。教員側からクギを差す形で周知してもらえれば、いたずらに拡散される事は防げるはずだ。
「それで昨日のことなんだが……村咲。鬼弦との口論はお前のクラスであったらしいが、きっかけはなんだったんだ?」
「放課後に会長が私のクラスにいらっしゃり、お話がある、と」
「内容は?」
「天ノ川先輩に付きまとうのはやめて欲しいとのことでした」
「村咲はどう答えた?」
「先輩がご迷惑に思ってない限り、いまの関係を続けさせてほしい。そう答えました」
「間違いないか、鬼弦?」
「……はい」
桐子は掠れた声で弱々しく答える。
それからの質問は簡単なものばかりだった。
言ってしまえば、ただの事実確認。桐子の証言と合っているか、その確認で呼び出されたのだろう。
遊星も同じような質問をされ、記憶にある限りのことを答える。二人の意見を聞き、氷室先生は満足そうにうなずいた。
「鬼弦の証言に間違いはなさそうだな、二人ともありがとう」
――もう戻っていい、氷室先生はきっとそう続けるつもりだった。
だが、それまで口を閉ざしていた教頭が突然怒鳴り始めた。
「鬼弦っ! お前は生徒会長だろっ、一年生相手に大人げないとは思わないのか!?」
「……申し訳、ございません」
「新聞部にも活動停止にするとか言ったらしいな。お前の独断でそんなこと決められるはずないだろう!」
怒鳴る教頭を見かねて、氷室先生が仲裁に入る。
「教頭先生、少し落ち着きましょう」
「君は黙っていなさい!」
言い咎められたことで、ますます教頭に熱が入る。怒りの矛先は止めに入った氷室先生にも飛び火し始めた。
「氷室先生、あなた生徒会の顧問だろう? 正しく指導できていないから、こういうことになったんじゃないのか!?」
「……申し訳ありません」
「部活動予算もクレームの嵐、生徒会役員だって二人も辞めたそうじゃないか。どうなってるんだ、いまの生徒会は!?」
制止役の氷室先生も黙らせて、感情の入った指導が加速する。
「鬼弦。お前、競歩大会でも全員に完走を期待する、とか変なことを言っていたな?」
「……はい」
「体調不良者が無理したらどうする? それなのにフォローを入れた私に、お前は文句までつけに来たよなっ!?」
遊星は競歩大会の手伝いに入っていたので、開会式でどんなあいさつをしたのか聞いていない。だが桐子のうな垂れ様子を見る限り、事実なのだろう。
「しかも私が言い返すと、去り際に舌打ちしたよな?」
「…………」
「舌打ちしたかって聞いてるんだ!」
「……はい、しました」
桐子は肩を縮こまらせ、声を震わせている。
「生徒会長は教員より偉いのか? ナメた態度を取っても許されるのか!? 学校の決めごとを、勝手にねじ曲げる権利もあるのか!?」
「ありません。申し訳、ございません……」
桐子が声を震わせたのを聞き、教頭の声もすこしだけトーンダウンする。だが告げられた内容は、桐子に温情をかけるようなものではなかった。
「……会長という役職は、鬼弦にとって心を惑わす毒だったようだな。今後の立ち位置ついて考え直す必要がありそうだ」
教頭の言葉に、桐子は顔を青くする。
「それに暴力事件となれば、停学も検討しなければならない」
「申し訳ございませんっ、本当に反省してますっ!」
「いまさら謝ったって遅い!」
「反省してます、本当に反省してますっ!」
「都合の悪い時だけ謝って、許されると思ってるのか!」
懇願する桐子に、教頭はまた声を張り上げる。
そして遊星は見てしまった。桐子の瞳から、涙がこぼれ落ちるところを。
――もう、口を挟まずにはいられなかった。
―――――
※注釈
複数の生徒を一箇所に集めての尋問は不適切指導に当たります。あくまでフィクション・不適切指導の現場であることを留意の上、読み進めていただけると幸いです……!
コメントでのご指摘を受けて、注釈の一部を変更しました。ありがとうございます。
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