2-24 生徒会長と、後輩ちゃん②

「私のことが好きだって、あれほど毎日言ってたくせにっ!」


 その叫びはどんな感情から引き出されたのか、誰にもわからなかった。


 なぜなら桐子は一度も、自分の感情を表にしたことがないのだから。


 だから予想することさえできない。桐子がなにに怒り、どうして怒っているのかさえ。そして誰もが予想しなかったことを口にする。


「天ノ川くん。いまだったら特別に、あなたと付き合ってあげてもいいわ」


 桐子は血走った目で、声を絞り出すように言った。


「私のこと、好きなんでしょ? 後でなかったとかも言わない、ちゃんと恋人になってあげる!」


 居たたまれない空気が教室に広がっていく。陽花の時とは違い、その言葉に色めき立ち、心を動かす者は誰もいない。


 いや正確には心が動きはした。だがそれは人の色恋への好奇心、共感からの高揚。そういったものから遠く離れた感情だ。


 陽花でさえ嫉妬や不安に陥ることもない、結果の見え透いた自分を守るためだけの提案。だから当然、遊星が返す言葉になんの意外性もなかった。


「……申し訳ありませんが、辞退します」

「どうしてっ!? あんなに私と付き合いたいって、言ってたくせに!」


 遊星は気まずそうに目を逸らし、どこか申し訳なさそうに言った。


「会長のことは、好きでした。でも付き合いたくて好きになったんじゃない、好きだから付き合いたかったんです」


 わざわざ口に出すことでもない。でも桐子の言葉にはその前提好きが見えない、だから心を動かされることなんてあるはずもない。


「僕の心はもう、そこにありません。それに好きでもない僕と付き合っても、会長は楽しくないと思いますよ?」

「……あ」


 桐子は、そこでようやく気付く。自分から遊星に、一度も気持ちを伝えたことがないことに。


 本心がどうであれ、感情の見えない告白は空虚な提案でしかなかった。


「……要件がお済であれば、失礼します」


 遊星は軽く頭を下げて、陽花に帰ろうと促す。


 ――だが陽花は首を振り、その場から動こうとしなかった。


「生徒会長」


 呆然と立ち尽くす桐子が、視線だけを陽花に向ける。


「遊星さんを助けてくださって、ありがとうございました」


 はっきりとした口調で、桐子に頭を下げた。


「あの日、私は怖くて逃げることしかできませんでした。本当なら周りに助けを求めるべきだったのに、遊星さんを置き去りにして遠くまで逃げてしまいました」


 それは陽花の後悔。自分が助かることに精一杯で、助けてくれた遊星のことまで気を回すことができなかった。


「遊星さんが怪我を負ったのは私のせいです。もし会長が見つけてくださなかったら、もっと酷いことになっていました」


 あの時の三人はまともじゃなかった。桐子の助けが遅ければ、報復はより酷いものになっていただろう。


「だからお礼を言いたかったんです、本当にありがとうございました」

「……もう天ノ川くんの身内気取り?」

「いえ。至らなかった私からの、個人的な感謝です」


 頭を下げ続ける陽花を、黙って見下ろす桐子。そして一言。


「…………帰るわ」


 気勢を削がれた桐子は、弱々しい声で教室から出て行った。頭を下げていた陽花は、気配が完全に消えるのを確認してから……ゆっくりと頭を上げた。


「お疲れ様、陽花」

「はい、お待たせしてしまってすいません」


 二人がそんな言葉を交わしていると、誰かが指笛を鳴らす。すると――教室は陽花を称賛する声であふれ返った。


「生徒会長相手に一歩も引かない姿、マジでカッコよかった!」

「さらっと告白までするじゃん、ドキドキさせんなし」

「恋愛ドラマみたいだったよ、いい最終回だったぁ~」


 称賛の声は遊星にも降り注がれる。


「先輩もカッコ良かったです! 悪しき生徒会長に立ち向かう姿、感動しました!」

「いや、会長は悪い人じゃないよ……?」

「記念に村咲さんとのツーショット、撮ってもいいですか?」

「なんの記念!?」


 だが撮影希望者は多く、なし崩し的に撮影会が始まった。ぎこちない笑みを浮かべたツーショットが、次々とシャッターに収められる。


「よっ、美男美女カップル!」

「私もこんな先輩と付き合いた~い!」

「馬鹿、まだ付き合ってないって書いてあったろ」

「じゃあ付き合う前の貴重な一枚ってことで~」

「それな!」


(それな、じゃないんだが……)


 好き勝手な言葉を浴びせられ、二人揃って顔を赤くする。するとそれが可愛いだの萌えるだのイジられて、解放されたのは三十分も後のことだった。



***



 ――そして、遊星たちがクラスを出た後のこと。


 陽花のクラスメートは、ある動画を見ながら笑っていた。


「生徒会長、マジで言ってる意味わかんないだけど?」

「ね、何様だよって感じ。本当にこんなのがうちの生徒会長なの? ヤバいよね~」

「さっきの撮影してたの!? 私にも送って!」


 桐子と陽花の言い争いは、撮影されていた。そして動画は陽花のクラスから友達に、そのまた友達へと……どんどん拡散されていった。




―――――


 ざまぁ、完了……?

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