2-23 生徒会長と、後輩ちゃん①

 陽花が一歩、桐子の前に歩み出た。


「改めまして、私は一年C組の村咲陽花と申します。この度はごあいさつが遅れてしまい、申し訳ありませんでした」

「あいさつなんてどうでもいいわ。それより話をさっさと済ませてしまいましょう」

「念のため確認なのですが、この場所でよろしいのでしょうか。……注目も集めてしまっておりますので、もし不都合であれば場所の移動を――」

「不都合なんかない、生徒会長の私がコソコソする必要なんてないんだから!」

「……そうでしたか。ではご用件をお伺いいたします」

「話は簡単よ。金輪際こんりんざい、天ノ川くんに付きまとわないで」


(なにを、言ってるんだ?)


 疑問に思ったのは遊星だけではない、陽花のクラスメートたちにも困惑した気配が漂い始める。


「天ノ川くんはね、断り切れない性格なの。あなたみたいな図々しい女でも、嫌々に相手をしてしまうほどにね!」

「……そう、でしょうか?」

「そうよ。あなた、本当にわかってないのねっ!」


 陽花の隙を突いたつもりなのか、桐子は口端を上げて畳みかける。


「天ノ川くんは誰にでも優しくしてしまう、それが唯一の欠点。おかげで自分だけが優しくされたって勘違い女がすぐ現れるの。だから勘違いして彼に告白をする。でもOKを出したことは一度もなかった。なぜだかわかる?」

「……心に決めた人が、いらっしゃったからだと思います」

「わかってるじゃない! そう、天ノ川くんは誰に何度告白されても心を動かさなかった。それなのにたった一ヶ月で天ノ川くんの心を動かし、彼を知った気になるなんて……百年早いわ!」


 桐子は勝ち誇ったように陽花を見下ろしている。だが陽花は顔色を変えず、桐子の言葉にしっかりと耳を傾けている。


「村咲さんといったかしら? あなたが天ノ川くんに助けてもらったのは事実かもしれない。でもその数奇な縁で少し優しくしてもらっている、そこら辺の女子と変わらないことを重々承知したほうがいいわ」

「……そうだったのですね。であれば過ぎたお気遣いで、遊星さんにはご迷惑をかけてしまったのかもしれません」

「理解が早いわね。そう、あなたは嫌々相手をされていただけなのよ!」


 桐子の意見に耳を傾け、一歩引いて見せる陽花。勝ちを確信したとばかりに追い打ちをかける桐子。


 だが、ここで流れが変わる。


「でもそうすると、ひとつ不思議な点があります」

「なにが不思議だっていうのよ」

「会長のおっしゃっていたように、遊星さんは私が構って欲しいあまり迷惑をかけてた可能性は否定できません。ですが、私をデートに誘ってくださったのは、遊星さんのほうだったのですが……」

「……は? デート?」

「はい、先週のゴールデンウィークに」


 陽花の言葉に、教室がざわめき始める。


「そ、そんなの勘違いに決まってるでしょ! 友達と休日に出かけるくらい、普通のことだわ!」

「はい、友達と休日に出かけるのは普通のことです。ですが……私から向ける想いは特別です。ですので勘違いのないよう遊星さんに直接お尋ねしたんです。そしたら、これはデートである、とハッキリ言ってくれました」

「ウ、ウソよ! ウソをつくのはよしなさい!」

「本人を前に、ウソなんてつけません……」


 いよいよ恥ずかしそうな顔が、遊星を窺ってくる。きっと人前で暴露したことを申し訳なく思ってるのだろう。


(気にしなくていいよ)


 そんな思いで笑みを返す。すると意図は伝わったのか、軽い会釈が返ってきた。


 遊星が否定しない様子を見て、桐子はデートだとは確信しないまでも……一緒に外出したのは事実であると悟ったようだ。


「ふ、ふんっ! でもデートって言ったって、大したことしてないでしょ。ファミレスでお子様ランチでもつつき合ったのかしら?」


 嘲笑交じりに二人のデートをこき下ろそうとする桐子。


 だが苦しい。弱い攻撃は絶好の反撃カウンターとなり、桐子に襲い掛かる。


「いえ。私の自宅に来てくださり、両親にあいさつをしてくださいました」

「……へ?」


 桐子は呆然自失といった様子で、開いた口を閉じられない。


「両親も遊星さんを気に入ってくれました。あれから両親にからかわれるのだけが、少しだけ不満です」


 陽花の両親を思い出し、吹き出しそうになる。からかわれて不満なんて言葉を使っているが、あの日の陽花は不満なんてものではなく激怒というレベルだった。


「遊星さんに良くしていただいて、デートにも誘っていただけた私は幸せです。……でも先ほど会長がおっしゃっていたことも、事実だと思います」


 陽花はここで攻め手を緩め、一転して申し訳なさそうな顔をした。


「遊星さんはとても優しい人です。だから未熟で幼い私の心を、傷つけないようにしてくれてるだけじゃないかって」


 ……遊星も真っ向から否定するつもりはない。あの日、陽花との関係を繋いだのは同情であることは間違いない。


 なんのチャンスも与えられず、フラれるのは辛い。だから遊星は初対面の陽花を、しっかりと見てその上で考えようと思った。


 白黒つけるのは陽花をもっと知ってからでいい、年下の一年生にただ悲しい思いだけをさせたくない。


「だから私もずっと思ってきました。優しい言葉に自惚うぬぼれ過ぎないようにしようって、私の好きでこの優しい人を押し潰したくはないって」


 そして遊星の中には、もうハッキリした答えがある。


「でも遊星さんは言ってくれました。……押し切られるのも、悪くない、って」

「~~~っ!」


 遊星は恥ずかしさのあまり、陽花に背を向ける。

 背後では陽花の言葉を聞いたクラスメートのざわめきが、教室全体を包み込んでいた。


(カッコ悪いかもしれないけど……どんな顔していいかわからないっ!)


 遊星は胸をはれない自分を恥じるが、その仕草こそが事実であることを証明していた。陽花の言っていることに偽りなく、本当に二人の間で交わされた言葉であると。


 その場の誰もが、確信した。もちろん二人の仲を認めたくない、桐子であっても。


「だから、ごめんなさい。会長の指示に従うことはできません」


 桐子は言い返せない。自分の言葉は二人に通じないと、わかってしまったから。


「遊星さんのことを、私はあきらめることはできません……」


 恥じらいながら陽花が言葉を絞り出すと……大歓声が巻き起こった。


 体育祭の優勝発表でもされたかのような、祝福の嵐。


 しばらく背を向けたままの遊星も、恥ずかしさをこらえて陽花に向き直る。


 きっと顔は真っ赤だろう。

 でも陽花がここまで言ってくれたのだ、背中を見せてなんていられない。


「……迷惑なんて、思ったことないから」

「はい。そうだと、思ってます」

「なら、よかった」


 恥ずかしさのあまり、顔を見ることもままならない。囲まれるような歓声に交じって、シャッター音も止まらない。


 その中で、幽鬼のように立つ女生徒が一人。張る威勢も失ってしまった桐子が、ぼそりとつぶやいた。


「――私がいないと、生きていけないって言ったくせに」


 口を開くと同時、周囲がふたたび静かになっていく。


「私のことが好きだって、あれほど毎日言ってたくせにっ!」



―――――


 公開告白くらい、陽花にとっては朝飯前のこと――

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