2-22 天ノ川遊星は再会する
放課後のホームルーム終わると同時、亮介がニヤニヤした顔で近づいてくる。
「よぉ、覚悟の決まった男は顔つきが違うなぁ?」
「うっさい」
亮介が言っているのは、今日から張り出された新聞の件だろう。
新聞は二分割形式。ひとつは遊星が陽花を助けた記事の加筆修正、もうひとつは遊星と陽花の密着取材。
ふたつでひとつの内容になっているため、片方読んで興味を引かれた人は階をまたいで読みに行く必要がある。読みに行きたいと思わせるワクワク感、それが大事なのだと折鶴は得意げに語っていた。
新聞は昼休みにたくさん読まれたらしく、五限過ぎからスマホに祝いと驚きのメッセージが届き始めた。
「毎度のことながら、話題の尽きないヤツだなぁ」
「そういう星の元に生まれたと思って、あきらめてるよ」
「しっかし、遊星にもいよいよ春が来たかぁ……」
「まだ早いよ」
「同じようなもんだろ」
亮介はからかうように肩を小突いてくる。
「さっ、独り者は部活で汗でも流してくるか」
「そうしろ、県大会にでも出ればモテるかもしれないぞ」
「簡単に言いやがって」
軽く言い合って、教室で別れる。今日も陽花が昇降口で待っているはずだ。
(……こんな状況になったのは、亮介のおかげでもあるんだよな)
中間試験前に言われた言葉が、頭から離れなかった。
『少しずつ距離詰めるのもいいけどさ。好きでいてくれるうちに決めないと、手遅れになるかもしれないぞ?』
遊星も実体験を持って知っている。
ある日、突然。真っ直ぐだった桐子への想いが、解けていった時のことを。
恋の賞味期限、とでも呼べばいいのだろうか。
いまでも桐子のことはカッコいいと思っているし、好きだった感覚は残っている。でも心を踊らせることはなくなった。
同じように陽花からの好意はハッキリ感じている。好かれるのは嬉しいし、いまでも友達として楽しい毎日を過ごせている。
でも魔法が解けてしまったら?
本当にただの友達になってしまえば、同じような日はもう来ないだろう。それだけでなく、もし陽花が別の誰かに憧れの目を向けるようなことがあったら?
そんなことを考えると胸は苦しくなり、身勝手にも怒りに近い気持ちがこみあげてくる。
陽花の視線をこれからも独り占めしたい、それが答えだった。
(と、ゆっくり考え事をしている場合じゃない)
早く校門前に向かおう、この間も陽花を待たせている。
教室を出て下駄箱に向かい、靴を履き替えていると……一年の女子に話しかけられた。
「あ、あのっ! 天ノ川さん、ですよね?」
「そうだけど、どうかしたの?」
「あ、あのっ、同じクラスの村咲さんがっ……」
「陽花がどうかしたの?」
「教室に、三年の、生徒会長が来て、なんか怒ってるみたいでっ!」
「っ、すぐ行く!」
教えてくれた子をその場に置き去りにし、駆け足で来た道を戻り始める。そのまま休まず四階まで駆け上がると、陽花のクラスには人だかりができていた。
「ちょっと、ごめんね!」
遊星が中を覗き込むと……腕を組んだ桐子と、陽花が対峙していた。
「陽花っ!」
遊星が叫ぶと、見ていた女子たちが一斉に黄色い声を上げた。
「遊星、さん?」
「……なにか、あったの!?」
「いえ、生徒会長とお話をしていたのですが……すいません、騒ぎになってしまったようで」
陽花は申し訳なさそう顔で目を伏せる。すると向かい合っていた桐子が、誰にでも聞こえるような舌打ちをした。
「なんで天ノ川くんが来るのよ」
「お久しぶりです。……生徒会長」
顔を合わせるのは、春休み以来だった。
学校のある日は必ず顔を合わせていた、会うようにしていた。ずっと遊星の生きる意味で、目標だった鬼弦桐子が……そこにいた。
だが桐子は、いつになく挙動不審だった。尊大な態度は崩さないものの、落ち着きなく視線を四方に散らせている。
「な、なによ、生徒会長って。いままでそんな風に呼んだこと、なかったじゃない!」
「……ずっと馴れ馴れしく下の名前で呼んでしまい、申し訳ありませんでした」
「そういうこと言ってるんじゃない!」
凄みの効いた桐子の怒声に、陽花のクラスメートは怖気づく。
だが遊星はこの程度じゃ怯まない。これは桐子にとって普通の声量だ、本当に怒ってる時はこの比じゃない。
「ところで陽花に、なにか用ですか?」
「ひ、ひな!?」
「村咲さんの、下の名前です」
「そんなことはどうでもいい! そうではなくて、なんでその子は下の名前で呼ぶのよっ!?」
「なんでって……互いにそう呼び合おうって、決めたからです」
人前でこんなことを言わされて、遊星の声に照れが混じる。ちらりと横を見ると、陽花もくすぐったそうな表情で首をすくめていた。
だが、二人のそんな仕草を見て桐子はますます声を荒げる。
「な、なによっ、私の前で見せつけるようにしてっ、当てつけのつもり!?」
「いえ。当てつけもなにも……」
そもそも桐子は遊星に興味がないはず。当てつけたところで桐子には関係ないはずだし、呼び方ひとつでそこまで騒ぐ理由もわからない。
「ところで陽花に、なにか用ですか?」
「……用もないのに私が一年の教室なんかに来るはずがないでしょう」
「後日、別の場所でお願いできませんか? 陽花とはこれから用事があるんです。急ぎでなければ、今度にして欲しいのですが」
「よ、用事っ!? まさか二人で出かけるとかいう、あの……!?」
「……いえ、それは別の日です」
狼狽していた桐子は、少し落ち着きを取り戻す。が、自分が安堵したことに気付くと、またいつもの調子で怒鳴り出す。
「って、そんなことはどうでもいいのよ! 会長の私が呼びつけてるのよ、そっちが優先に決まってるでしょ!」
言われたのが遊星だったら、そんなワガママにも応えたかもしれない。
だが常識的に考えれば桐子の申し出は横暴が過ぎる。陽花の時間を一方的に奪い、しかもこんな人の目のある場所でなくともいいはずだ。
遊星は桐子をなだめようと、一歩前に出ようとして――陽花に止められた。
「遊星さん。私は大丈夫ですので、少しお待ちいただけますか?」
「……大丈夫?」
「はい。私も一度、生徒会長とはお話させていただきたいと思っておりましたので」
丁寧な所作と、整った言葉遣い――令嬢モードで応える陽花。
相手は生徒会長であり、遊星の想い人だった。それを踏まえても陽花はとても落ち着いて見える。
(陽花は人見知りもしないし、大勢を前にしても物怖じしない。……だったらこの場も任せて、大丈夫か?)
陽花は小柄で、初対面の印象からも守ってあげなければという気になってしまいがちだ。
だが陽花は弱い子ではない。むしろ遊星なんかよりも、こういったシーンでは遥かに強い。
陽花を信頼してるなら、本人が大丈夫と言った時に、任せてあげたい。だったら自分のするべきことは割り込むのではなく、信頼して任せることだ。
「陽花がそこまで言うなら、待ってるね?」
「はい、ありがとうございます」
この場を任せてくれたのがよほど嬉しかったのか、陽花の言葉には心が入っていた。
「なんなの、あんたたち……?」
二人の会話に割り込んだのは、待たされていた桐子。
「なにわかりあったようなこと言い合ってんの、見てて気色悪いのよっ!」
「……それは、申し訳ございませんでした」
横暴な物言いにも臆さず、陽花は丁寧に頭を下げる。
遊星のクラスメートへあいさつした時のように。インタビューに淀みなく応えていた時のように。
だが桐子は生徒会長の肩書に怯まないからこそ、余計に気分を悪くする。
陽花と桐子。
正面から向き合った二人が、どのような言葉を交わすのか。
遊星と陽花のクラスメートが見守る中、二人は静かに視線を交えるのだった。
―――――
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