1-26 休日返上の生徒会②

「生徒会が大変なことになってるのは僕のせいだ。それなのに責めずに聞き入れてくれて、本当にありがとう」

「……戻っては、こないんですか?」


 二年役員の紅一点、橋本が控えめに訊ねる。だが遊星はゆっくりと首を横に振った。


「もう退会届も出しちゃったから」

「でも氷室先生は、一時預かりにしてるって……」

「さっき職員室で聞いたよ、でも正式に辞めるって伝えておいた」


 遊星の言葉に、誰もが落胆の表情を見せる。


「やっぱり、会長と顔を合わせづらいから?」


 ためらいがちに聞く橋本に、遊星は無言でうなずく。

 ……実際はケジメだとか、デキる自分への過信とか、個人的な事情はたくさんある。だが一口に言えば、そういうことだ。遊星には桐子へ合わせる顔がない。


「で、でもっ、本当は会長だって!」

「――やめよう、橋本さん。その話は誰のためにもならない」


 斉藤が真剣な表情で言うと、橋本さんはしょんぼりした顔で黙り込む。


「……そうだな、それに俺たちは天ノ川に頼りすぎてた」


 岩崎が重い口ぶりで言うと、佐々木もそれに続く。


「僕たちはずっと楽をしてきました。会長の前ではりきってる天ノ川が、進んで重い仕事をやってくれてたから」

「部活動の予算決めだってそうだ。渉外がすべての部室に行き、一件ずつ予算説明に回ってたなんて……天ノ川が辞めてから初めて知ったぜ」

「ええ。それなのに僕らは会長に言われた通り、予算を修正するばかりで……結果ひどいことに」

「だから俺からは気軽に言えねえよ、戻って来てくれなんて。だってそれは天ノ川に『また楽をさせてくれ』って頼み込むようなもんなんだから」

「……ふ、二人とも?」


 岩崎と佐々木が真剣な顔をするのを見て、遊星も戸惑い始める。


「天ノ川、俺の方こそ謝らせてくれ。これまでずっと頼りっぱなしで悪かった」

「同じ立場だと思ってたのが恥ずかしいよ、僕らは支えられているだけだったのに」

「だから許しを請うのは俺たちのほうだ。すまん、天ノ川」


 二人が謝るのに続いて、橋本も一緒になって頭を下げる。


「俺からは感謝を、天ノ川」


 微笑を浮かべた斉藤に、ぽんと肩を叩かれる。


「ハンド部と掛け持ちで続けられたのも、天ノ川が人一倍がんばってくれたおかげだ。ありがとう」


 気付けば二年全員から頭を下げられていた。


「ちょっとみんなやめてよ。これじゃあ立場が逆というか……」

「いや、本当は今日だって天ノ川に手を借りるべきじゃなかった」

「そうです。これは僕たちで乗り越えなければいけない、試練のようなものだったんです」

「でも情けないが、競歩大会は明後日だ。このままじゃ間に合わない。……だから改めて頼む、手を貸してくれ。天ノ川っ!」


 岩崎がそう言って、遊星に向かって手を差し出す。だが遊星は差し出された手を――取らずに、思ったことを口にした。


「……岩崎、思ったより熱血なこと言うね」

「あ、あ~……」


 指摘された岩崎は恥ずかしくなったのか、目を逸らして頬をかき始める。


「そういうアツいこと言うの、恥ずかしがりそうなタイプだと思ってたのに」

「しょ、しょうがないだろ!? 俺なりに、その、反省をだなあ!?」

「悪かったよ、茶化して」


 遊星が差し出された手を握り返す。すると横で見ていた佐々木に橋本、それに斉藤も手を重ねてくる。


 その手を中心に、まるで円陣みたいなものが出来上がった。


「ここは景気づけに掛け声でもかけようか?」

「いいですねっ」

「じゃあ掛け声は頼んだ、岩崎」

「ふ、ふざけんなっ! 運動部の斉藤がやればいいだろ?」

「あいにく、僕と天ノ川はもう生徒会役員じゃないから」

「そうですね、熱血なことを言う岩崎がやればいいと思います」

「佐々木、お前っ! 自分がやりたくないからって……」

「往生際が悪いぞ、岩崎」

「あ~~~っ、ちくしょう!」


 そう言って岩崎が大きく息を吸い込む、そして――


「て、天球高生徒会っ、気合入れていくぞ~~~っ!」

「「「「おーーーっ!」」」」


 生徒会室に大きな声が響き渡り、二年役員は気を引き締めて作業を再開した。



***



「ということで美ノ梨、ふっか~つ!」


 生徒会室に現れた美ノ梨に、生徒会の面々から「お疲れ様です」の声がかかる。


「美ノ梨さん、体調はもう大丈夫なんですか?」

「おかげさまで。っていうか四時間も寝ちゃったし」


 言われて時計を確認する。

 気づけば空はすっかり赤くなり、野球部員たちが校庭にトンボをかけていた。


「あー! 橋本ちゃんに斉藤くんも来てるじゃーん!」

「あ、あのっ、ずっと休んでしまってごめんなさいっ」


 美ノ梨は橋本に近づき、ポンポンと頭を撫でる。


「気にしないでー。美ノ梨のほうこそ、こんな時間までサボっててゴメンねー?」

「……副会長は、サボってなんていませんっ!」


 いつもは大人しい橋本の大声に、美ノ梨は目を丸くする。


「私が休んでた間、会計の仕事だって代わってくれてたじゃないですかっ」

「あ、あははー、これでも一応、副会長だからね?」

「心配して連絡までくれてたのに……今日まで来れなくて本当にすいませんでした!」

「いいよぉ、休みたい時は誰にだってあるし。美ノ梨なんて一年の時はぁ……」

「副会長!」

「う、うん?」


 一段と声を張り上げる橋本に、美ノ梨はきょとんと首を傾げる。


「私は副会長みたいな、カッコいい人になりたいですっ!」

「カ、カッコイイ……かなぁ? 美ノ梨はどっちかって言うと、カワイイって言われたほうが嬉しいかも?」

「いえっ、副会長はカッコイイです。みんなもそう思いますよねっ?」


 橋本が振り返ると、岩崎と佐々木がうんうんとうなずく。


「副会長はいつも涼しい顔で、遅くまで仕事してくれました」

「部費の件だって結局、副会長に任せてしまいましたし……」

「それでいて俺たちを安心させようと、いつも笑ってくれてたって、ようやく気付きました」

「美ノ梨はそんなコト、考えてないよ!?」

「だとしても副会長は見えないところで、僕たちを支えてくれました」

「でも俺たちだってもう二年です。だからこれからは、俺たちが生徒会を支えられるようがんばります!」

「み、みんなやる気だね……?」


 真面目モードに入った三人に、美ノ梨はたじたじとしている。


「だから副会長、これからはもっと俺たちに仕事を振ってください!」

「もう倒れるまで仕事なんかさせません!」

「マニキュアの塗り方も、教えてくださいっ!」

「……え、え~~?」


 やる気を爆発させた三人に囲まれて、美ノ梨は戸惑いの声をあげる。


「ちょっと、ゆーくん! 一体どうなってるの~?」

「いいじゃないですか、みんなやる気になってるみたいですし」

「そ、それはそうだけどー!?」


 昼過ぎから三人はずっとこのテンションだった。

 円陣を組んで気合が入ったのか。それとも、ずっと胸に燻らせていた思いなのか。


 ――自分たちは指示待ち人間だった。

 ――天ノ川がこれからも生徒会を引っ張っていくと思い込んでた。

 ――秋に一年が入ってきた時、頼れる先輩でありたい。


 時折そんなことを口にしながら、自分たちに出来る最大限のことをやってくれた。おかげで競歩大会の進捗は「間に合わない!」から「間に合うかも?」にグレードアップ。


 しかし働いてばかりもいられない、休息だって必要だ。


「……じゃあ日も暮れてきたし、今日はこれで解散にしようか」


 これでキリ良しと判断した遊星が、手を打ってその場を締めくくる。


「まだ仕事は残ってるし、みんな明日に備えてゆっくり休んで!」

「えーっ!? 美ノ梨、まだなにもしてないんだけど!」

「美ノ梨さんは昨日までいっぱいがんばってくれた、ということで……」

「ヤダ!」

「ヤダって言われましても」

「……あーあ、やっぱり美ノ梨はゆーくんに嫌われてるんだ。抱いてはくれても、キスはしないんだー」

「言い方っ!!!」


 帰り支度を始めたみんなも苦笑い。

 美ノ梨がこの手のジョークは口にするのは、いまに始まったことではない。


 だが不貞腐れた美ノ梨をそのままにするのは忍びない。


「……じゃあ今日の進捗だけ共有しておきましょうか?」

「はーーーい!」


 たっぷり休んだ甲斐あって、すっかり調子を取り戻したようだ。


 久しぶりに頭を使ったせいで疲れていたが、もうひと踏ん張り。それから三十分ほど話をした後、もう遅いからということで美ノ梨を駅まで送ることにした。


―――――


 生徒会メンバーのみなさん。会長のいない時に成長してしまい、会長のいない時に結束を深めてしまったようです……!

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