1-27 美ノ梨はホンネで話したい

 夜のとばりが下りた駅までの道を、美ノ梨と並んで歩く。


「ゆーくん、どんな魔法使ったの?」

「魔法?」

「今日の岩崎くんたち、なんかやる気だったじゃん。あれって、ゆーくんの仕業でしょー?」


 好奇心にあふれた瞳が、遊星を覗き込む。


「僕はなにもしてません。みんなの変わらなきゃって気持ちが、今日たまたま出てきただけだと思いますよ」

「ホントかなぁ? 昨日までは全然そんな感じなかったと思うケド?」

「あっ、でも美ノ梨さんの話はさせてもらいました」

「……美ノ梨の話?」

「はい。みんなの見えないところでも、美ノ梨さんはがんばってくれてたんだぞー、って話です」


 美ノ梨の不真面目はファッションみたいなものだ。やる気のない言動をしつつも、影ではしっかりと働いてくれている。


 去年の文化祭で見聞きした、美ノ梨の影なる活躍。みんなはそれを聞いて驚き、またやる気に火をつけたようだった。


「あー、だからみんな美ノ梨をアゲるようなこと言ってくれてたのかぁ……」


 に落ちた、声にはそんな響きがあった。


「普段の美ノ梨さんを見てると、額面がくめん通りに不真面目と思い込んでしまう人もいますからね」

「……美ノ梨は別にそのままでも良かったのに」

「僕がイヤだったんです。がんばってる人は、ちゃんと評価されて欲しいですから」

「でもキャラじゃないでしょ? 美ノ梨が真面目に仕事やってるーなんて」

「僕はカッコいいって思いますよ。誰に褒められるためでもなく、人のためにがんばれる美ノ梨さんのこと」

「……ホント、そういうとこだよ」


 美ノ梨が前を向いたまま、消え入りそうな声で言う。


「ひとつ、聞いてもいい?」

「僕に答えられることであれば」

「写真に映ってたのって、教室でゆーくんが追いかけて行ったコでしょ?」


(……そういえば美ノ梨さんと、その話はしてなかったな)


 告白を邪険にされて怒られはしたものの、陽花の話には触れなかった。今朝は美ノ梨の体調不良と、生徒会の話でそれどころではなかったからだ。


 だから美ノ梨と二人になれば、問いただされるのは当然のことだった。


「写真には後ろ姿しか映ってなかったけど、同じコだよね?」

「……はい。教室から出た後、色々あってあんな写真が撮られてしまいました」

「カノジョー?」

「正確にはまだお付き合いしてません。でも――」

「でも?」

「そうなれたら素敵だな、とは思ってます」

「……そっかー」


 どこか投げやりな声で、美ノ梨は肩を落とす。


「屋上デビューをしたってウワサも聞いてたし。想像通り、かな?」


 困ったような笑みを向けられ、遊星は口をついて出そうになった言葉を飲みこむ。


(ごめんなさい、なんて言っちゃダメだよな……)


 それは自分の罪悪感を晴らすためだけの言葉だ。望まれた言葉を持ってない遊星は、口をつぐんでやり過ごすしかない。


「ま、ゆーくんのことは本気じゃなかったし!」

「……それはそれで、残念ですね?」

「よく言うよー! 生徒会にいた時は桐子しか見てなかったくせにー!」

「か、返す言葉もないです……」


 首をすくめる遊星の肩を、美ノ梨は笑いながらバンバンと叩いてくる。気丈に振る舞ってるようにも見えるが、素の美ノ梨と大差ないので凹んでいるのかは見当もつかない。


「……お詫びにジュース一本くらいなら奢りますよ?」

「美ノ梨の価値、やっす! でもいただきます!」


 自販機の前に立った美ノ梨は、ためらいもなく一番高いエナドリのボタンを押す。夜眠れなくなりますよと助言をしたが、昼間あんなに寝たからどうせ寝られないと返された。確かに。


 もう駅は目の前だったが、美ノ梨は近くのベンチに腰掛けた。

 少しくらい付き合え、ということだろう。拒否権のない遊星は、拳ひとつ分の距離をあけてとなりに座る。


「で、あのコは何者なの? 桐子にゾッコンだったゆーくんを一瞬で落とすなんて?」

「話すと長くなるかもしれませんよ?」

「いーじゃん、長い話。言葉を尽くしてけ、わかものー?」

「なにキャラですか」


 調子を取り戻しつつある美ノ梨に、少しばかり肩の力を抜く。そして遊星は始業式の告白、そして一年前の出会いについて語って聞かせた。


 すると、美ノ梨は――


「えー、すごっ! なに、その漫画みたいな話ー!」


 と、純粋に驚いていた。


「っていうか、好きな人のためにイメチェンとか勉強って、ゆーくんとすること似てるくない?」

「……はい。なので僕としては共感できるところも多くて」

「あー、放っておけなくなっちゃった感じかー」


 図星を突かれた遊星は、どこか照れくさくなって頬をかく。


「確かにそんな新キャラが出てきたら、ゆーくんがなびくのも納得かなぁ。もう桐子にも勝ち目なさそうだねー」

「桐子さんに勝ち目って……相手にされなかったのは僕の方ですよ?」

「あー、そっか。ゆーくんはそこからか。ま、掘り返す意味もないかぁ……」


 すると美ノ梨は引っかかることでもあったのか、眉をひそめてこんなことを聞いてきた。


「……桐子で思い出したんだけどさ。ゆーくんが後輩ちゃん助けた時の話、桐子に助けられた時の話とも似てるよね?」

「似てるもなにも、同じですから」

「え?」

「僕が村咲さんを逃がした後、残った不良に絡まれてたところを桐子さんに助けられたんです」

「うそ!? あれって同じ日だったの!?」

「……そうですけど?」

「それって二人とも知ってるの?」

「知ってるって、どういうことです?」

「だってゆーくんから見れば繋がったひとつの事件だけどさ。んじゃない?」


 ――言われて、初めて気がついた。

 陽花を助けたことで不良が逆上し、その不良に襲われていたところを桐子に助けられた。


 だが逃げた陽花は、桐子を見てないはずだし、桐子が助けた時には、陽花はもういなかった。互いが同じ日に遊星に関わってたことは、二人にとって知りようがないのかもしれない。


「……言われてみれば、そうかもしれません」

「でしょ? じゃあ桐子にはガツンと言ってやろーよ!」

「なにを言うんです?」

「決まってるじゃん、その日に後輩ちゃんを助けたってコト。ゆーくんは桐子に助けられる前に、カッコいーことしてたんだぞーって!」

「……そのままにしておきません?」

「えっ、なんで?」

「いまさら掘り返すことでもないですし、桐子さんが助けてくれたことは事実ですから」

「えーーー!?」

「あの時のことは校内新聞にもなりましたし、警察に表彰だってされてましたから」

「でもあれってゆーくんが全部お膳立てしたんでしょ?」

「はい、桐子さんには相応の評価がされるべきだと思いましたから」

「……昔から変わんないねえ、ゆーくんは」

「変わりましたよ。変われることだけが僕の取り得ですから」


 遊星が言い返すと、美ノ梨はそれ以上なにも言わなかった。


 その表情にはかげりはない。陽花のエピソードを聞いて知的好奇心が満たされたのか、機嫌は良さそうだ。


「まったく、ゆーくんはすぐカッコいーこと言っちゃうんだから」

「……カッコいい、ですかね?」

「カッコいーよ。だから美ノ梨はもうちょっと、追いかけてみようかなー?」

「追うって、なにをですか?」

「決まってるじゃん。ゆーくんのことだよ」

「……はい?」

 

 安心した束の間、美ノ梨がとんでもないことを言い出した。


「私も気合入れなきゃなあ。うかうかしてたら、後輩ちゃんに取られちゃいそうだし」

「いやいやいや! その話、もう終わったんじゃないですか? 僕のことも遊びだって言ったばかりじゃないですか!?」

「遊びにだって全力にならないとー。それにゆーくんだって一回のごめんなさいで、桐子のことあきらめなかったでしょ?」

「う゛っ!?」


 そう言われてしまえば、なにも言い返せない。遊星は何度も桐子へアタックしていたのに、どうして自分の時だけあっさり引き下がってもらえると思ったのか。


「とりあえず現状把握できたから満足かな、エナドリありがとねー♪」


 美ノ梨がベンチからすっ、と立ち上がる。

 罪悪感から奢ったエナドリはすっかり空になり、ひょいっとゴミ箱に投げ捨てられた。


「今日は色々とありがとっ。生徒会を辞めたって、美ノ梨はゆーくんのこと大好きだぞーっ?」


 そう言って美ノ梨は手を振り、いさぎよく改札へと消えていった。


「……パワフルな人だなぁ」


 フられたお詫びに奢ったエナドリが、かえって美ノ梨を元気にさせたのかもしれない。


 してやられた。だが美ノ梨のいさぎよいまでの清々すがすがしさに、自然と笑みを浮かべてしまう遊星だった。

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