1-25 休日返上の生徒会①

 久しぶりの生徒会室。

 だが懐かしんでいるヒマはない。


 岩崎と佐々木から現在の状況を聞くなり、すぐさま仕事に取り掛かった。


「天ノ川っ! 救護所AからBまでの人選完了したよっ!」

「ありがとうっ、そしたら次はPTAと有志からのメールをさばいて欲しい!」

「なあ、Fからゴールまでに立たせる人員、絶対に足りないと思うんだけど……どうする?」

「とりあえずはギリギリまでは確保して! もし足りなくなりそうだったら、スタート地点の人員を回す方向で!」

「りょうかぁーい!」

「……うるさいよ」


 岩崎が馬鹿デカい声で返事をすると、遊星と佐々木が失笑する。別に笑ってられる状況ではない、進捗は最悪だ。忙しすぎて頭からネジが飛んでいるため、変なテンションになってるだけである。


 落ち着いて昼食を取る余裕もないので、三人とも保健医からもらったパンをかじってパソコンに向かっている。そして遊星は一ヶ月ぶりの復帰であるにも関わらず、二人に指示を出す側に回っていた。


 遊星は桐子にべったりだったため会長の仕事も大体理解している。そのため会長不在の時は桐子の代わりに指揮を任されることが多かった。


 本来、それは副会長の役目だったのだが、


「ゆーくんがやったほうがいいよ。一年後、役に立つかもしれないしー?」


 と、丸投げされることが多かった。そのため遊星は全体を見て指示を飛ばし、仕事を切り崩していくことに慣れていた。 


「やっぱ天ノ川だと気を遣わなくっていいから楽だなー!」

「声が大きいよ。急に桐子さんが来たらどうするの?」

「絶対に来ないって、昨日も言われたんだぞ?『後はあなたたちでも出来るでしょ』って」


 岩崎が腕を組み、ツンとした声を出す。だが遊星はその物真似を見て目くじらを立てる。


「似てない。桐子さんはもっと高圧的で、脊髄せきずいが凍り付くような声で言うはずだ」

「……お前。それかばってるのか、けなしてるのかわかんねぇからな」

「もちろん庇ってるに決まってるだろ?」


 平然と答える遊星に岩崎が苦笑いし、佐々木もクスクスと笑っている。


「変わんねえなあ。彼女ができたってウワサだってあるのに、いまでも会長の味方するんだな?」

「別に会長の味方をしたわけじゃないよ。ただ目の前で人の悪口を聞くのが好きじゃないだけ」

「……高圧的で脊髄が凍り付く声って、悪口にならないのか?」

「僕はあのゾクゾクする声、好きだし」

「ひぇー、さすがプロは違ぇわ!」


 おどけた声で岩崎が叫び、佐々木も可笑しさをこらえられずにキーボードの打つ手を止める。


「っていうか、あの抱き合ってた子って、やっぱり彼女なんだ?」

「実際のところ、まだ付き合ってはないんだけど……」

「けど?」

「……僕も前向きには考えてるよ」

「「おおおおお!」」


 二人が大げさなまでに声をあげ、岩崎が口笛まで吹き始める。


「お、おいっ。あんまり騒ぐなよ。いまは仕事中だろ?」

「別にいいじゃないか。天ノ川にイイ話があっただけで、僕は充分うれしいよ?」

「そうだな、フラれる度に凹んでた遊星が報われたと思うと……涙がちょちょ切れそうだっ!」

「えっ、僕って凹んで見えた?」

「「見えたよ」」

「そ、そうか……」


 人前では凹んだ姿を見せないように心がけていたが、二人に看破されてたと思うと複雑な気持ちである。


 フラれる度に凹んでいては生徒会の空気が重くなる。一度の失恋でもあきらめないと決めた以上、周りに気を遣わせないための道化師ミスター失恋だったはずなのだが……


「わかる人はわかってたと思うぞ? いつもよりちょっと元気ないな~これは昨日またフラれたな、って」

「そうだね。凹んでる時の天ノ川はカラ元気というか、雑談が不自然というか」

「ほ、本当に? 完璧に隠せてたつもりだったんだけど?」

「付き合いが長ければ、それなりにわかるって」

「そうそう。いまだから言うけど、ミスター失恋なんて呼ばれてヘラヘラする天ノ川。寒くて好きじゃなかったなぁ」

「さ、佐々木っ!?」

「僕が好きなのは、愚直なほどまっすぐな天ノ川だったから」

「おっ、佐々木ィ~? この流れで天ノ川に告っちゃうか?」

「……どうしようかなぁ。彼女候補もいるみたいだし、分の悪い勝負はあまりしたくないなぁ」

「ちょっと!? マジっぽい空気出すのやめてくれない!?」


 裏返った声で遊星がツッコむと、二人ともはじけたように笑いだす。


(あぁ、懐かしいな。この雰囲気……)


 生徒会に入ったのは桐子に近づくためだった。でも、それ以外なにもなかったわけではない。様々な学校行事、くだらない雑談も含めて楽しい時間だった。


 生徒会役員のみんなは、修羅場を共にくぐり抜けた戦友とも呼ぶべき存在だ。いつもと変わらずに接してくれる二人には、感謝してもしきれない。


 三人がそんな雑談をしていると――生徒会室に新しい訪問者が現れた。


「……やっぱり、天ノ川のいる生徒会は空気が違うな」

「しばらくの間、休んでしまって申し訳ありませんっ!」


「斉藤!?」

「それに橋本さん!」


 驚きの声をあげた岩崎・佐々木とは対照に、遊星は二人を笑顔で出迎える。


「二人とも、来てくれてありがとう」

「俺は天ノ川がいるなら来てもいいかな、って思っただけだ」

「私も、そのっ……今日ならがんばれる気がします!」


 遊星はあらかじめ二人に声をかけていた。競歩大会の開催が危機的状況で、遊星も一時的に生徒会に復帰している。そしてこの土日の間は会長が休みで、できれば力を貸してくれないか、と。


 すると二人は即決はしなかったものの、結果的に来ると約束してくれた。


「斉藤、お前……いいのか?」

「良くなかったら来ないさ。それに今日は部活も彼女との予定もなかったから」

「そうか。どちらにしろ、助かるっ!」


「橋本さんも、大丈夫?」

「はい。天ノ川くんの指揮なら、怖くありませんから」

「そう言われるとプレッシャー掛かるなぁ」


 遊星がため息交じりに言うと、佐々木・橋本の会計ペアが揃って笑い出した。岩崎も斉藤を雑談を始め、生徒会室はにわかに柔らかい雰囲気に包まれる。


「じゃあ、人も揃ったことだし。……ちょっと、いいかな?」


 全員に届く声で言うと、一同は口を閉ざして遊星に注目する。


「遅くなったけど、謝らせて欲しい。自分勝手な理由で辞めて、本当にごめん」


 遊星はみんなに向かって、ゆっくりと頭を下げた。



―――――


 周りに責められなくても、ね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る