1-20 後輩ちゃんと雨の昼休み

 その日は雨のため昼食は教室。

 もちろん陽花と一緒に。


 陽花は学食に行った亮介の席に座っている。机を向かい合わせにして、遊星にお揃いの弁当箱を手渡し、同じ中身を口にする。もちろんクラスメートは今更そんなことで二人を冷やかしたりしない。


 陽花のいる教室はもうめずらしい光景ではない。最近では陽花もクラスメートの名前を覚え始めていて、すっかりこのクラスの一員として溶け込んでいた。


「ごちそうさま、今日もおいしかったよ」

「お粗末様です。ハンバーグは初挑戦だったんですが……いかがでしたか?」

「最高だよ! 本当に陽花は料理が上手だね」

「……とつぎ先候補にそういってもらえて、安心です」

「う゛っ!?」


 陽花が上目づかいで”攻撃”を仕掛けてきた。


 ……最近になって、陽花はちょっぴりあざとくなった。原因はおそらく、遊星が自信を与え過ぎてしまったからだろう。


 自信を持って欲しい。

 その気持ちが通じたのか、遠慮がちな言葉や態度は少しずつ減っていった。


 陽花の気持ちは伝わっていて、しかも効いている。それがわかった途端、陽花は以前よりも攻撃的になった。


(自信を持ってくれたのは嬉しいけど……これじゃ僕の方が持たないかもな)


 陽花はどんどん可愛くなっている。もちろん陽花自身の変化もあるが、それ以上に遊星自分の見る目が変わっている。


 ……好意の返報性、とはよく言ったものだ。これだけ真っ直ぐな好意を向けられたら、誰だって気持ちが傾いていく。


「そういえば村咲さんの方は大丈夫? 変な野次馬とか沸いてない?」

「大丈夫です。先輩とお近づきになる以上、注目される覚悟もできてますし、写真が拡散されてしまったのも私の責任ですから」


 先日、陽花に抱きつかれた写真が拡散された。


 ミスター失恋こと、天ノ川遊星は有名人。これまでも生徒会を辞めた、生徒会長に恋破れたとのウワサは水面下で広がっていた。


 そこに突如として現れた、新しい女生徒の影。翌日、遊星のクラスには好奇心旺盛な野次馬が集まった。


 問い詰められても「気になってる人はいる」以上は答えなかったが、その説明だけですべての休み時間は潰れてしまった。


「あの日はごめんね、一緒にお昼食べられなくて」

「いえ、私も必要以上に騒ぎを大きくしたくなかったので」


 野次馬であふれる遊星の元に、弁当箱持参の陽花が現れたら騒ぎは倍になっていただろう。想像するだけで恐ろしい。


「先輩のお弁当はクラスのお友達と分け合いました。いつもよりお腹いっぱいになっちゃいましたけど」

「……村咲さんって、友達に僕のこと話してるの?」

「はい。クラスの自己紹介でお伝えしてるので、みんな知ってますよ」

「自己紹介!?」


 周知のレベルが想像より高かった、もはや羞恥プレイの域である。


「ち、ちなみになんて話したの?」

「天ノ川先輩は私がこの高校に来た理由で、世界で一番好きな人です。って」


 陽花は特に恥じらう様子もなく「昨日のドラマ面白かったですね」くらいのノリで言う。


「そ、それで、クラスのみなさんの反応は……?」

「次の休み時間、質問攻めにされました」

「だろうね」


 自己紹介で「好きな先輩、追っかけて進学しました~」なんて言われれば興味を引くに決まっている。


「私が一通り質問にお答えすると、みんな口を揃えて言ってくれました。応援する! って」

「優しい世界だ……」

「はい、いい人たちばかりです。おかげで気兼ねなく先輩とお昼をご一緒できます」


(……普通だったら、昼休みはクラスメートと一緒に過ごすもんな)


 入学早々、上級生のクラスに通う一年生はいない。毎日、昼休憩時に消えていくクラスメートがいれば誰だって気になるだろう。


 でも陽花が不思議に思われることはない。遊星に近づく目的で入学したとまで言われたら、止める理由なんてどこにもない。


 こうして昼休みを一緒に過ごせているのも、陽花の努力のたまものであったらしい。


「村咲さん、ちょいちょい大胆なことするよね」

「そうでしょうか?」

「初めてクラスに来た時も、みんなの前ですごいこと言ってたじゃん」

「前にも言いましたが、あれは布教です。そういう意味では私の自己紹介も布教の一部みたいなものです」

「羞恥心、壊れてるなあ」

「……ミスター失恋なんて呼ばれてた先輩に言われても、説得力ないと思いますけど」

「ぐっ!?」


 指摘の的確さに遊星がダメージを受けていると、背後から笑い声が聞こえてきた。


「なんだ遊星、ついに村咲ちゃんからもイジられるようになったのか?」


 教室の入り口から顔を出した亮介が、にやにやと笑っていた。亮介の席を借りていた陽花は、その場でさっと立ち上がる。


「ごめんなさい、すぐお席を片付けますね」

「まだ使ってていいよ。その代わり俺も話に混ぜてもらってもいいか?」

「良くない」

「ぜひ」


 陽花の返事だけ都合よく汲み取った亮介は、近くの席に腰掛ける。


「露骨にイヤそうな顔すんなよ、二人の結婚式にはちゃんと出てやるからさ?」

「なっ、なに言ってんだよ!?」

「ありがとうございますっ」


 お礼を口にする陽花に対し、遊星は顔を赤くしてどもってしまう。そんな遊星の様子を見て、亮介は怪訝けげんな表情で言う。


「なに照れてんだよ、気持ち悪い」

「お前が恥ずかしいこと言いだすからだろっ!?」

「恥ずかしいことなんて言ってねえよ。好き合う二人が付き合い続ければ、いつかはそうなるだろ?」

「そういうところだよっ!」


 恥ずかしい質問ばかりする亮介にキレていると、五限の予鈴が鳴り始める。


「……ほらっ、亮介がジャマするから村咲さんとの時間が減っちゃったじゃないか」

「その発言が決定的じゃねえか」

「う、うるさいっ」


 苦し紛れに吐き捨てると、亮介が手を叩いて笑い始める。


「村咲ちゃん、グッジョブだよ。この調子でドンドン遊星を骨抜きにしちゃってくれ」

「は、はいっ、がんばりますっ!」


 同調した陽花に恨めしい視線を向けていると、クスクスと笑われてしまった。


「恥ずかしそうな遊星さん、ちょっと可愛いです」

「うぅっ、あまり嬉しくない」


 陽花は少しずつ自信をつけてくれている。

 だが自信のついた陽花と、二人を祝福する空気感にはまだ慣れない。


 早く慣れないと、とは思いつつ真っ直ぐな陽花の視線を受けて、どこか恥ずかしく思ってしまう遊星だった。

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