1-19 #その頃、生徒会室では④

 遊星に彼女ができた。

 それを証明するような写真を見せられて、桐子の頭は真っ白になった。


「天ノ川くんが、私をあきらめるわけ……」

「いや、あきらめるだろ。あんだけ好かれようとがんばってたのに、フラれ続けたらさ」


 表情ひとつ変えず、当たり前のように語る女テニ部長。


「それに天ノ川ってスペック高いだろ? 顔はいいし、頭も良くて超がつくほど優しい。フリーになったら彼女くらいできるだろ」


 同意を求めるように他の役員に視線を向けるが、誰も返事はしない。……応えようによっては桐子の雷が落ちかねない。


 そんな畏怖いふの対象にもされている桐子は……青ざめた顔で言われたことを反芻はんすうする。


(天ノ川くんが私をあきらめる? フリーになったら彼女ができて当たり前……?)


 客観的に聞かされた、遊星の人物像。


 言われてみれば、その通りだ。いまの遊星には非の打ちどころがない。勉強も仕事も完璧だし、人目を惹くルックスだって兼ね備えている。


 それもこれも桐子に気に入られるため、自分を磨き続けてきたから。桐子は遊星をよりイイ男に仕上げるという名目で、彼の告白を断り続けてきた。それなのに……


(もし失恋を受け入れられたら……私の天ノ川くんが、誰かに取られる?)


 初めて思い至ったその考えに、桐子は背筋を凍らせる。


「な、なに言ってんの。天ノ川くんが私以外の女を好きになるわけ……」


 現実を受け入れられず、否定の言葉を口にする。だがいつもの気丈な態度は維持できず、弱々しくすがるような声が出てしまう。


 そんな桐子の心情を察してか、女部長はイヤらしい笑みを浮かべた。


「あれぇ? もしかして天ノ川のこと、気になるのか? あれだけ何ッ回もフリ続けたのに?」

「べ、別に気にならないわよっ。あんなヘラヘラした男のことなんて……」

「だよな? 鬼弦は天ノ川のことなんか、好きになるはずないもんな?」

「っ……そうよ。当たり前じゃない!」


 桐子は反射的に真逆の答えを言ってしまう。


「じゃあ天ノ川が誰と付き合おうと問題ないわけだ。会長サマもお墨付き、と」

「み、認めるなんて言ってないわ。それに生徒会役員が不純異性交遊だなんて」

「生徒会役員? ……さっきも言ってたけど、それ本当か? 生徒会を辞めたってほうがデマなのか?」

「そうよ。天ノ川くんはまだ辞めてない」

「じゃ、部費の件は天ノ川に交渉するか」

「……えっ?」

「部長の私が生徒会渉外天ノ川の連絡先、知らないわけないだろ? あいつとは話せない仲じゃないし、辞めてないなら天ノ川に直接交渉させてもらう」


 誰もが女部長の表情を見て確信する。あの表情はすべての事情を把握している。その上で桐子をからかうため、わざとやっているのだと。


「そ、そんなことしても意味ないわ! 会長の私が言ってるのよ!?」

「頭ごなしに否定してくるバカと、もう話したくないんだよ」


 部長は取り合わず、遊星に電話をしようとする。桐子が思わず呼び止めようとしたが――それは別の声にかき消された。


「再検討しまーす!」


 突如、声を張ったのは……ずっと口を閉ざしていた、副会長の美ノ梨だった。


「美ノ梨も去年会計だったしー、私にあずけてー?」


 先ほどまでのひねくれた態度はどこへやら、美ノ梨は不自然なほど陽気な声で言う。


「…………まあ、再検討してくれるなら誰でもいいけど」

「はいはい、お任せあれー」

「ちょ、ちょっと、美ノ梨?」


 桐子が口を挟もうとしたが、美ノ梨は無視を決め込んだ。


「じゃあ結果が出たら、こっちから連絡するねー?」

「あ、ああ。なるはやで頼むわ」


 急に話が進んだことに面食らったのか、部長は美ノ梨に押される形でたじたじと生徒会室を後にした。そして生徒会室に静寂が戻った頃、桐子が鬼の形相で美ノ梨をにらみつける。


「どうして勝手に引き受けたのよ!」

「あはは、ごめんごめん。この仕事は美ノ梨が責任持って対応するからさー?」

「当たり前よ、昨日代わった分の仕事もちゃんとやってよね!!」


 吐き捨てるように言い、桐子は会長席に戻る。

 美ノ梨はそれを見届けてから、手元の仕事に取り掛かる。


(……いまはなにも考えたくないし、仕事で頭いっぱいにしたい気分かなー)


 美ノ梨のスマホにも先ほど届いていた。

 女生徒に抱き着かれる、遊星の写真が。


 写真には後ろ姿しか映ってなかったが、髪型の特徴からして遊星が追いかけた一年女子で間違いないだろう。あの光景を思い出してしまうと、美ノ梨はどうしても上手く笑顔が作れなかった。


(ゆーくん、あのコが好きなのかな。……美ノ梨のこと、嫌いだったのかなぁ)


 らしくもないと思いつつ、そんなネガティブな考えが頭をかすめる。


 美ノ梨は本気で遊星に恋をしていたわけではない。ただ全身全霊で好きを振りまく遊星が、自分を見てくれたら楽しいだろうと思っていただけ。


 だから自分でもこんなにショックを受けるとは思っていなかった。誰にでも好いてもらえる自信があった、美ノ梨にとっては。


(……いま生徒会大変だし、たまには真面目に仕事でもしよっかなー)




 その日、美ノ梨の仕事は下校時刻を過ぎても終わらず、校門を出る頃には月が昇っていた。


 そして次の日も、明くる日も。

 美ノ梨は頭を空っぽにして、終わりの見えない仕事を率先そっせんして回していくのだった。

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