1-18 #その頃、生徒会室では③

 一方、生徒会室。


「美ノ梨、聞いてるの!?」

「……なーに?」


 桐子の鋭い声に、のんびりした返事をする美ノ梨。


 気の抜けた美ノ梨の態度に、桐子はさげすみの視線を向ける。だが今日の美ノ梨はのんびりというよりかは、うわそらという表現が的確に見えた。


「天ノ川くんに会って来てくれたんでしょ?」

「……」


 美ノ梨は昨日「遊星に彼女ができた」というウワサの調査を頼まれていた。


 普段の美ノ梨であれば、喜々として調査結果を報告してくるはずである。だが生徒会室に来た美ノ梨は大人しく、ため息をついて窓の外をぼーっと眺めていた。


「結果、どうだったのよ?」

「…………しらなーい」

「なによ、知らないって」

「しらないものは、しらないのー!」


 美ノ梨はひねくれたような声を出し、ぐでーっと上体を倒して桐子の方を向こうともしない。その投げやりな態度を見て桐子はこう判断した。


「さては聞きに行かなかったんでしょ。まためんどくさがって!」

「……そういうことでいいよー」

「ふん。なら昨日代わった分の仕事は、美ノ梨がやりなさいよ」


 副会長席にどさり、と書類の山を置く。だが美ノ梨は置かれた書類を一瞥いちべつした後、また窓の外に視線を向けてため息をついた。


「約束したことも守れないなんて、信じられない!」


 ここ最近、桐子のイライラが止まらない。普段から物言いのキツい桐子ではあったが、遊星が来なくなってからは輪をかけて怒りっぽくなった。


 そんなところに彼女ができたというウワサまで耳に入ってきた。真偽のほどが気になるあまり、何事にも集中力を欠かすようになっていた。



「……会長、すこしよろしいでしょうか?」

「なに?」


 書記のひとり、佐々木ささきが気遣わしげな様子で訊ねる。


「競歩大会の進捗、本当に問題ないでしょうか? 顧問の氷室ひむろ先生に相談したほうがいいのではないかと……」

「まだ開催まで十日もあるじゃない」

「けれど天ノ川に次いで斉藤も辞めてしまいましたし、会計の橋本さんもずっと来てません」


 桐子が叱りとばした橋本は、いまも顔を見せていない。


 生徒会室で作業してるのは会長・副会長、そして役員である佐々木・岩崎の計四名。競歩大会準備に加えて、春休みが期限だった部費の予算チェックすらまだ終わっていない。


 そのため競歩大会準備は手つかずで、全員が予算チェックに付きっきりになっていた。だが桐子は余裕な態度をくずさない。


「気にすることないわ」

「で、でも顧問に相談くらいは……」

「ごちゃごちゃ言ってるヒマがあったら、手を動かしなさいっ!」


 桐子の容赦ない言葉に、佐々木はうなだれるように自席へ戻っていく。静かになった生徒会室には、キーボードの叩く音と書類の擦れる音だけが響く。


 それ自体は普段と変わらない。

 だが生徒会室には、どんよりとした重い空気が漂っている。


 桐子だって生徒会の現状が良くないことはわかっている。だが顧問にヘルプを出すことだけは、これっぽっちも考えていなかった。


(だって役員数名が抜けただけでヘルプなんて出してたら、まるで会長の私が無能みたいじゃない)


 桐子の父親は教育委員会の重役にいている。

 だったら自分に生徒会長の仕事くらいできないはずがない。


 現に約半年、生徒会を運営しているが大きな問題は起きていない。生徒会顧問からも歴代の生徒会に比べても優秀、と褒めてもらったこともある。


 当然だ。

 自分が生徒会長になったのだから一番に決まっている。


 この程度の苦境、乗り越えられて当然だ。


(……まったく。天ノ川くんもヘソ曲げてないで、さっさと戻ってくればいいのに)


 誰もが重い表情で、鬱々とした空気が立ち込めている中。

 乱雑なノックと共に、浅黒い肌をした女子テニス部の部長が入ってきた。


「――鬼弦、いるか?」

「なに?」

「……なに、じゃねえよ」


 女部長は最初からケンカ腰で、会長席に一枚の書類を叩きつけた。


「なんだよ、部活動予算の再提案って! 希望額の半分くらい削られてるじゃねえか!」

「書いてある通りよ。今年度はそれで我慢しろって、命令」

「なにが命令だ、ふざけんな! 去年だってこんなに少なくなかっただろ!?」

「去年の女テニは地区予選敗退でしょ? だから今年はもっと強い部に回すことにしたの」

「だからってこんなに減らされたら、他校との練習試合も組めないだろ!」

「みんなで壁打ちでもしてれば?」

「舐めてんのか!!!」


 会長相手に一歩もひるまず、正面からにらみ返す女部長。


「大体、こんな大事な話がペラ紙一枚なんてありえないだろ。せめて人を寄越して説明するくらいしやがれ!」

「どう伝えたって同じでしょ、結果は変わらないんだから」

「んなことねーだろ! 天ノ川だったらこっちの言い分も聞いて、再検討くらいしたはずだ!」

「ごあいにくさま。渉外の天ノ川くんは調子をくずして休みなの」

「……休み?」


 それまで怒り一色だった女部長の表情が、一瞬のうちにリセットされる。


「天ノ川はとっくに生徒会を辞めたはずだろ?」

「そんなウワサが立ってるみたいね。でも気にしないで、デマだから」

「そう、なのか?」


 女部長が他の役員に視線を移すが、誰も目を合わさない。生徒会室になにやら気まずい沈黙が流れる。


「天ノ川くんが私のいる生徒会を辞めるはずないでしょ? すこし考えたらわかるじゃない」

「まあ、ちょっと前まではそうだったかもしれねーけど。……あいつ、彼女できたんだろ?」

「そ、そんなデマも流れてるみたいね?」

「いやデマもなにも……さっき証拠写真も流れてきたし」


 女部長は自分のスマホを取り出し、会長の前に突き付ける。


「は、はあっ!?」


 会長はスマホをひったくり、信じられないような面持おももちでその映像を凝視する。


 そこに映っていたのは、制服姿の男女。


 一人はカメラの射線を遮ろうと、腕をぶん回している男子――見間違うはずもない、遊星だ。もう一人の女子は……遊星の背に手を回し、胸元に顔をぎゅうっとうずめていた。しっかりと抱きついているため、顔を確認することはできない。


「……な、なによ。この写真っ!?」

「なにって、天ノ川の彼女だろ」

「はああああああ!?」


 桐子の絶叫が、生徒会室に響きわたった。


―――――


 次も生徒会の話が続きます……!


【感謝】

ラブコメ週間8位、日間5位にまで上がることができたようです。応援ありがとうございます! この感謝は作品で黙々とお返ししていきます……!

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