1-17 後輩ちゃんは全校生徒に認識される

 クイズ。

 突拍子とっぴょうしもない提案に、陽花は表情を引きつらせて困惑する。だが陽花が真意を問いただすよりも先に、場の流れをガン無視した遊星がそのいを口にした。


「では、問題ですっ! 僕はどうして副会長との会話を切り上げて、村咲さんを追いかけてきたのでしょーーーかっ!?」

「……そんなの。先輩が優しいからに決まってるじゃないですか」

「ハズレー!」


 おどけた声を出す遊星とは対照に、意図の読めない陽花はますます困ってしまう。


「特別にもう一回答える権利をあげます、どうぞ!」

「そ、そんなこと言われましても……」

「どうぞ!!!」


 有無を言わさず回答権をぶん投げる。肩には遊星の両手が置かれていて逃げられない、もとい逃がすつもりもない。


 陽花は困惑しつつも一生懸命に考え、自信のなさそうな様子で次の答えを口にした。


「約束を破ることが嫌い、だから……?」

「ハズレ! ダメだな、村咲さん。本当に入試受けてきたのー?」


 わざとらしくあおってみせると、陽花はむっとした顔をしてみせた。


「いくら先輩とはいえ、失礼ですよっ。私はこれでも首席合格なんですから」

「えっ!? そんなの初めて聞いたんだけど」

「……わざわざ言いませんよ、そんな自慢みたいなこと」

「言ってよ、村咲さんが自慢だと思えることなら」


 陽花の心に寄り添いたい。そんな気持ちを言葉にしてみたが、あまり釈然しゃくぜんとしない様子だった。


「じゃあ正解を発表します。答えは”村咲さんと一緒のほうが楽しいから”でした」

「……ウソですよ、そんなの」

「ウソじゃないよ。だって村咲さん、僕と話してると本当に嬉しそうにしてくれるから」

「そ、それはっ! ……私が勝手に、舞い上がっちゃってるだけですから」

「最高じゃん。一緒にいるだけで舞い上がってくれるなんて」


 相手が嬉しそうにしてくれるなら、こっちも嬉しくなるに決まってる。


「村咲さん、いっぱい僕のことを聞いてくれるし」

「……好きな人のことが知りたいのは、当然です」

「そうやって知りたがってくれるのが嬉しい。……本当に村咲さんが、好きでいてくれてるんだなって、わかるから」


 遊星の発言に、陽花は少し驚いた表情をする。


(……僕の顔、いま真っ赤なんだろうな)


 顔から火を噴きそうなほど恥ずかしい。でも、言葉にしなければ伝わらない。


「僕のために料理を覚えたって聞いて、めちゃめちゃ嬉しかった」


 自信が持てないなら、持たせてあげたかった。


「可愛いメッセージをもらった時は、枕に顔うずめて大声出したり、布団に転がって足バタつかせたりした」


 陽花のしてくれたことが効いているって、教えてあげたい。


「こんなにも真っ直ぐ、僕を知ろうとしてくれたのは村咲さんが初めてなんだ。……だから慣れなくて、むずがゆくて、恥ずかしい」


 本当はこんなやり方、邪道なのかもしれない。


「すごい照れくさくいけど、全然イヤじゃなくて。もっとそんな気持ちに、なってみたいって思った」


 相手の気持ちは表情や仕草、そして付き合いを深めて自然と読み取るもの。けれど陽花との関係は、まだ始まったばかり。


「追いかけてきたのは、それが理由だよ。……僕がいま一番気になってるのは、村咲さんだから」


 今だけは剥き出しの感情を言葉にする。

 死ぬほど恥ずかしいけど、今の関係がこんなことで終わって欲しくなかったから。


「こ、困ります」


 陽花の否定的な言葉に、下手なことを言ったかと不安になる。だが――


「そんなこと言われたら、もっと好きになっちゃうじゃないですか……」


 顔を真っ赤にする陽花を見て、それが杞憂きゆうであったことに気付く。


「本当に、本当に困ります……」


 肩に手を置かれていた陽花が、そのまま遊星に歩み寄り――ぽふ、と胸元に頭を押し付ける。鼻をくすぐる甘い香りに、遊星も思わず顔を熱くする。


 自分の胸に収まろうとする、華奢きゃしゃ体躯たいくの女の子。甘えるように体を預けてくる陽花が可愛らしく、つい腕を回して抱き締めたくなってしまう。


 が、わずかに残った理性がその衝動を押しとどめる。


 踏みとどまったのは陽花との未来を躊躇ちゅうちょしたとか、そういうことではない。……こちらにスマホのカメラを向ける天球校生が、あまりに多いせいだ。


 ここは天下の往来、最寄り駅までの通学路。そんなところで男女が向き合っていれば注目を集めて当然だ。


「見ろよ! ミスター失恋が女子と抱き合ってるぞ!?」

「ホントだ。会長のことあきらめたって、マジだったんだ」

「フリーになったら特攻する女いると思ったけど……秒で彼女できたのな」

「なんだかんだであいつモテるし、いままでは相手が悪かっただけだろ」


 遊星が「写真撮るな!」と手を振り払うが、周りは撮影するのをやめてくれない。むしろ相手がミスター失恋だとわかると、こぞってカメラを向ける有り様だ。


 ミスター失恋はイジられても怒らないキャラで通っている。勝手に写真を撮られても怒ったこともないので、全校生徒には肖像権しょうぞうけんを放棄したフリー素材だと思われている。そんな遊星がいまさらキャラ変を試みたところで、真に受ける生徒はいない。シャッターの嵐は止まることがなかった。


「む、村咲さんっ!? 実は早急にご相談したいことがありまして……」

「……そんなの、知りませんっ。私を惚れさせた責任、とってくださいっ」


 陽花をなだめて、この場から逃げ出したい。だが遊星の思惑とは反対に、陽花は腕を回して強く抱きついてきた。


「「「おーーーっ!」」」


 だかが上がったとギャラリーは大喜び、さすがの遊星も恥ずかしさでどんどん顔に血が昇っていく。


 ――こうして陽花に抱きつかれた写真はまたたく間に拡散され、翌日には学校の全生徒に知れ渡っていた。



―――――――


 雨降って地固まる……!

 この流れで明日はまた生徒会視点に移ります!

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