1-13 #その頃、生徒会室では②

 斉藤の退会宣言に、桐子の表情にすこしばかり動揺が走る。


 が、それもつか

 桐子は大きくため息をつき、これ見よがしに肩をすくめてみせる。

 

「無理に決まってるでしょう、この忙しい時に」

「無理かどうかなんて関係ありませんよ、俺はもうあなたの下で働く気はないんですから」

「……なによ、その生意気な言葉遣い」

「会長よりは生意気じゃないと思いますが」

「は?」


 桐子の物言いに、斉藤もケンカ腰で応える。

 ひりつき始めた生徒会の空気に、美ノ梨も思わずマニキュアを塗る手を止めた。


「……橋本さんから聞きましたよ。俺たち同じ生徒会の仲間ですよね? それなのにどうしてひどい言葉をかけられるんですか?」

「ひどい言葉なんてかけたつもりないけど。それにこの程度で泣いてたら社会に出た時、困るんじゃない?」

「自分の言葉を客観的に判断できない人よりは、困らないと思いますよ」

「言えてるー」


 思わず同意した美ノ梨を、ぎろりと桐子がにらむ。

 美ノ梨はごめーんと両手を合わせ、続きをどうぞと二人に促す。


「いままではトラブルがあっても天ノ川が仲裁ちゅうさいしてくれましたが、彼はもう辞めたんですよ? いつまで天ノ川に甘えてるつもりですか?」

「はあ? 私がいつ甘えたっていうのよ」

「最初から最後までですよ。会長選だって天ノ川の推薦がなければ当選してなかったでしょう」

「天ノ川くんにそこまでの影響力なんてないわ。会長になれたのは私の実力よ」

「それは勘違いです。少なくとも俺は天ノ川が推すなら、ということで投票したんですから」


 横から美ノ梨もーという呑気な声が聞こえたが、二人とも取り合わない。

 両者はしばらく視線に火花を散らせていたが、やがて桐子が投げやりな言葉と共に視線を外した。


「どちらにしろ、あなたみたいな生意気な役員、いらないわ。今日までお疲れ様」

「はい。いままでありがとうございました」


 見るからに形だけではあるが、斉藤はしっかりと頭を下げる。

 だが機嫌を損ねた桐子は、相手への追い打ちを止められない。


「ま、天ノ川くんより仕事のできない雑魚なんて、居ても居なくても同じよね」

「……そうやって消えた人にいつまでもしがみついて、恥ずかしくないんですか?」

「戻ってくるに決まってるでしょう、天ノ川くんは私がいないと生きていけないんだから!」


 桐子のなにげなく放った言葉に、斉藤は思わず苦笑してしまう。


「……なに、笑ってんのよ」

「いえ、ただ会長もすこし可哀想だなと思ってしまったので」

「はあ? 私のどこが可哀想だっていうのよ!?」


 お前なんかにあわれまれる筋合いはないと、桐子が怒鳴り声をあげる。

 だがそんな様子の桐子でさえ、いまの斉藤には滑稽こっけいに見えてしまう。


「天ノ川、彼女できたみたいですよ。とても可愛くて礼儀正しい子でした。……では失礼します」


 それだけを言い残し、生徒会室を去って行った。

 後に残された桐子は、しばし呆然とする。


「は、はあ!? ちょっと待ちなさい!」


 廊下に出て斉藤の姿を探すが見当たらない。桐子は釈然としないまま、生徒会室に戻る。


「ねーねー、ゆーくんに彼女できたってホントー?」

「……そんなわけないでしょ、まともに取り合う必要なんてないわ」


 とは言ったものの、桐子は気が気ではなかった。


 遊星と顔を合わせなくなって、およそ三週間。

 しつこく付きまとってきた遊星が、こんなに長く顔を見せないのは確かにおかしい。


 最後にフった時だって、ちっとも凹んでいなかった。

 だが遊星はその日の夜に生徒会のグループトークを抜け、生徒会顧問に退会届まで提出していたらしい。


 生徒会は部活や委員会のように、簡単に辞めたり入ったりできない。

 役員は決まった時期に、信任しんにん投票とうひょうを経て任命されるのだ。もし遊星が生徒会を辞めれば、次に入って来れるのは次の生徒会選挙だ。


 そのため顧問は退会届を受理ではなく、一時預かりにしたと聞いている。

 だが遊星は良くも悪くも有名人だ、生徒会を抜けたウワサは既に公然の事実となっていた。


 桐子は、ウワサを間に受けなかった。

 衝動的に生徒会を辞めた遊星ではなく、しつこく告白し続けてきた遊星を信じた。


 今日、斉藤が新しく持ってきた情報を聞くまでは。


「……っ!」


 桐子は仕事に取りかかろうとするが、頭に雑念が浮かんで集中できない。

 そして遊星のことなんかを気にかける自分が情けなく、そのことにまた腹を立てる。


「……ねえ、美ノ梨」

「んー?」

「あんた、天ノ川くんに確認してきて」

「なにをー?」

「その……天ノ川くんに、変な虫がついてないか」

「めんどくさーい、自分で行けばー?」

「イヤよ。どうして生徒会長の私が、部下にお伺いなんか立てなきゃいけないの!」


 それが今日まで遊星を放置してきた理由だった。

 桐子だって遊星が来ないことに少なからず動揺している。本来であれば出向いて事情を聴きに行くなりするのが普通である。


 だが、桐子のプライドがそれを許さなかった。

 あれだけびへつらってきた相手を気にかけるなんて……まるで桐子が遊星を必要としているみたいではないか。


 そんな心の動きを知る美ノ梨は、桐子の女王様ぶりに肩をすくめる。

 とはいえ遊星に会いに行くのはやぶさかではない。


 美ノ梨も情報の真偽しんぎは気になる。

 あれだけ桐子ラブだった遊星に、別の彼女ができたと言われても信じがたい。


「桐子がそこまで気になるなら聞きに行ってもいいよ。……その代わり、ひとつ頼みごとー」

「なに?」

「今日残ってる仕事、全部代わって。そしたら明日にでも聞きに行ってあげる」

「……チッ、しょうがないわね」

「やったー」


 美ノ梨はそそくさと帰り支度をはじめ、桐子の気が変わらない内に生徒会室を後にする。


(彼女できたってホントかなー? まあ勘違いだったら勘違いでいいけど)

(それにゆーくんがフリーのままだったら……美ノ梨が先にツバつけても、いいよねー?)


 美ノ梨はそんな楽し気な想像をしながら、スキップで昇降口に向かうのだった。



―――――――


 生徒会役員は以下の人員となってます。

 主要キャラ以外は、あえて名字しか紹介しておりませんのであしからず!



 ※ 天球高校生徒会 名簿 ※


生徒会長: 鬼弦 桐子(三年・女)

副会長: 藤 美ノ梨(三年・女)


会計: 橋本(二年・女)

会計: 佐々木(二年・男) ※これから登場

書記: 岩崎(二年・男) ※これから登場

書記: 斉藤(二年・男) ※退会

渉外: 天ノ川 遊星(二年・男) ※退会

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