1-14 副会長の襲撃
「……そっか。天ノ川くん、本当に辞めちゃうんだ」
「ごめん。本当に自分勝手だとは思うけど……」
「ううん、いいの。私たちもずっと天ノ川くん任せだったし。ゆっくり休んでね?」
放課後に訪ねてきた会計の橋本さんは、落ち込んだ様子で教室から去って行った。
「なあ、遊星」
「ん?」
後ろの席に座る亮介が、気のない声で訊ねる。
「今日、多くないか?」
「……僕に続いて辞めた役員が出たみたいだからね」
今日だけで岩崎・佐々木・橋本、二年役員全員が訪ねてきた。
生徒会役員は全部で七人。
遊星と斉藤、それに会長・副会長を除けば全員が訪ねてきたことになる。
しかも全員が生徒会に戻って来ないか、という相談だった。
理由は斉藤の脱退。これで七人のうち二人が辞めたことになる。
「やっぱり生徒会って忙しいのか?」
「時期によるかな。いまは競歩大会の準備以外はないし、招集がなければ参加義務もないから」
「へえ、意外とゆるいんだな」
「生徒にできることは限られてるからね、それに仕事に追われて成績落としたら本末転倒だし」
「なら大丈夫か」
「……僕が辞めたせいで迷惑をかけたことに、変わりはないんだけどね」
「遊星は気にしすぎだ。ずっと後ろで話聞いてるけど、誰も文句なんて言ってなかっただろ?」
それだけが遊星にとっての救いだった。
みんな戻ってきて欲しいとは口にするが、意思確認程度のものだった。
改めて遊星に戻る意志がないことを確認すると、みんなこれまでの感謝を告げて去って行った。
「ずっと会長からかばってくれてありがとう」
「惚れた弱みにつけ込まれて、たくさん仕事押し付けられてたよね?」
「会長にはもう近寄るな、それが天ノ川のためになる」
斉藤の言っていた通り、みんなは桐子に心を病まされたと思っていたようだ。
責めるような言葉はかけられず、気遣いの言葉ばかりかけてくれた。
「お前が学校や生徒会のために
「……そうかな?」
「そーそー! ゆーくんは、がんばった!」
能天気な声と共に、後頭部にやわらかいものが押しつけられる。そして首筋をなでる、栗色の細い髪。
「だから美ノ梨が褒めてあげる、よしよーし♪」
「な、なななっ……!」
突然の訪問者とその行動に、亮介はアゴが外れでもしたような大口を開けている。
教室に残っていたクラスメートも、きらびやかな上級生の登場に色めき立っている。
「……やめてください、美ノ梨さん。ここは生徒会室じゃないんですから」
「いいじゃん。久しぶりにかわいー後輩に会えたんだからさー?」
子供が駄々をこねるような声を出し、周囲の目も気にせぬ
「ここなら桐子もぎゃあぎゃあ言わないしっ」
生徒会副会長の藤美ノ梨が、嬉しそうに遊星の頭に頬ずりをしていた。
「桐子さんが見てなくても、クラスのみんなが見てますから」
「えー? 美ノ梨とゆーくんのあいだに、他の人は関係ないでしょー?」
「ありますよ。美ノ梨さんは副会長なんですから人目を気にしないと。変なウワサが立つと、また生徒指導に呼び出されますよ?」
「それはめんどくさいねー」
美ノ梨は気だるい声で遊星を解放すると、後ろの席に座る亮介に笑いかける。
「ねーねー。君の席、座ってもいい?」
「……あ、えと、ウス!」
話しかけられると思ってなかったのか、亮介がどもりながら席を立つ。
「ありがとー、じゃあねー」
「お、お疲れ様です!」
一方的に別れのあいさつを告げられたせいで、亮介は教室を出ざるを得なくなる。
脇を抜ける際、血眼になった亮介と目が合う。
――おい! 副会長とこんなに仲良かったなんて、聞いてないぞ! と、視線が訴えていた。
美ノ梨は有名人だ、主に男子生徒を中心に。
愛嬌のある振る舞いに、美しさと可愛いを同居させた外見。
色素の薄い栗色のくせっ毛が
そのやわらかさの象徴として、誰もが視線を引き寄せてしまう豊満な胸元。
自覚せずとも自分は許されることを知っている、根っからのお姫様気質。
冷徹な生徒会長あれば、のんきな副会長あり。
生徒会ツートップの一人である美ノ梨は、そのように知れ渡っていた。
「そーいえばさぁ。ここに来る途中に橋本ちゃん見たんだけど、来てたー?」
「はい、ちょっと話を」
「もしかして、付き合ってるの?」
「全然違いますけど……」
「あ、違ったんだ。ごめんねー?」
なにが面白いのか、美ノ梨は手をひらひらとさせて笑っている。
特に本気で聞いたわけでもなさそうだ、相変わらず考えてることがわからない。
そんなことより、今日も陽花と帰る約束をしている。
あまり待たせると悪いので、用件があるなら早く済ませて帰りたい。
「……で、今日はどうしたんですか?」
「そんなの決まってるでしょ、ゆーくんに会いたいと思ったから来たんだよー!」
「そ、そうですか。それは光栄です……」
邪気のない宣言に、周囲からの視線をチクチクと感じる。
悪いことをしてるつもりはないが、寄せられる視線は冷ややかだ。このクラスには陽花のシンパが多すぎる。相手が副会長とはいえ迂闊に女子と接触すれば非難の的になるかもしれない。
「でもびっくりしたよー、いきなり生徒会やめちゃうんだもん」
「いや、それについては本当に申し訳ないと……」
謝罪の言葉を口にしようとすると、唇に人差し指を押し当てられる。
「謝るの禁止ー、話がつまんなくなりそう」
言葉を封じられた遊星は、仕方なく頭を縦に振る。
「うんうん、物分かりのいいコは好きだぞー」
美ノ梨は唇に当てていた指を動かし、遊星の輪郭に沿って這わせ始める。
撫でる指が、遊星の頬に、顎に、耳に。
艶っぽく笑いながら、上目づかいに見つめてくる。
まるで誘うような視線に見据えられ、遊星は――指をつまんで、やめさせた。
「もーせっかく楽しんでたのに、ジャマしないで」
「人の顔で遊んだり、楽しんだりするのはやめてください」
「またパパみたいなこと言ってー」
(美ノ梨さんのお父さんも、こんな娘がいたら大変だろうなあ……)
お気楽自由な娘を持つ父親はさぞ心配だろう……と考えて、ふと別の意味を持つパパを想像してしまう。が、さすがにその想像は失礼すぎると思い、遊星はその考えを抹消した。
―――――――
自由人ですがPP活はしていません。
多分、きっと、おそらく。
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