1-11 生徒会役員との遭遇
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
二人が食後のあいさつを終えた頃。
早くも校庭やテニスコートでは、食後の運動をする声でにぎわい始めていた。
「本当に美味しかった。お腹いっぱいにならなければ、ずっとおかわりしたいのに」
「……では明日も用意しては、ご迷惑でしょうか?」
ちらっと、慎重に。
遊星との距離感を測りながら、陽花がすすっと踏み込んできた。
「……いいの?」
「は、はいっ! そのために料理も覚えたのでっ!」
ためらいがちに聞き返した遊星に、陽花が食い気味に答える。
「じゃあ、お願いしちゃおうかな?」
「いいんですかっ!?」
「僕のほうこそ頼んじゃっていいの、って感じだけどね。村咲さん、朝早いでしょ?」
「そんなの、どうにでもしてみせますっ!」
陽花の出した大声に、周囲の視線が集まってくる。
「わ、わわ……すみません」
陽花はぺこぺこと周囲に頭を下げると、首をすくめて小さくなる。
小動物みたいにせわしない仕草が面白く、遊星は思わず苦笑してしまう。
「わ、笑わないでくださいよぉっ」
「ごめん」
謝罪を口にしつつも、遊星は笑みを崩せない。
「でも、先輩こそ大丈夫ですか? 私ばかりに構っていたら、お友達との時間とか、減ってしまうと思いますし……」
「大丈夫だよ。それに男友達といるより、可愛い女の子と一緒の方が楽しいし」
「も、もうっ。先輩はすぐにそういうことを……」
恥じらう陽花が可愛すぎて、胸がきゅうと締め付けられる。
明日も同じ時間を過ごせると思うと、思わずニヤけてしまいそうになる。
遊星が浮つく気持ちを押さえようと深呼吸、すると向かいのベンチに座った男女と目が合う。すると男の方が遊星を見て、軽く手を振ってきた。
(あれ? あいつは……)
「先輩、知り合いの方ですか?」
「……うん、生徒会役員の斉藤だ」
遊星の表情から、笑みが消える。
(ついに、この時が来たか……)
いつかは生徒会の誰かと、顔を合わせる時が来ると思っていた。
遊星は誰にも相談せず、無責任な形で生徒会を抜けた。
彼らとはそれなりに仲良くやっていたし、信頼関係も築けていたと思う。
それなのにみんなを裏切るような形で辞めてしまった。
本当なら遊星から謝りに行くのが筋だったのに、今日まで決心がつかずなあなあにしてきた。
だからこそ、覚悟を決めないと。
「ごめん、村咲さん。ちょっと話してくるね」
「……はい」
遊星の表情になにかを感じたのか、陽花も神妙にうなずいた。
だが遊星が腰を上げると斉藤はそれを手で制し、こちらにつかつかと歩み寄ってきた。
男にしては長めの髪を揺らしたイケメン、生徒会書記の斉藤。
彼女持ちとは聞いてたが、まさかこんな形で知ることになるとは思わなかった。
「やあ、天ノ川。久しぶりだね」
「……うん、久しぶり」
斉藤は普段と変わらず、掴みどころのない笑みを浮かべている。
「と、そちらの可愛いコは……?」
「――はじめまして。私は村咲陽花と申します」
令嬢モードに切り替わった陽花が、斉藤に向かって頭を下げる。
「これはご丁寧に。で、二人は昼休みに屋上ということは……そういうこと?」
「……とりあえずお友達から、って感じかな」
「なるほど」
斉藤はなにやら満足そうに腕を組んでうなずいている。
「なんにせよ、良かったじゃないか。おめでとう」
「えっと、あ、ありがとう……?」
「なんだよ、こんな可愛いコと一緒なのに複雑そうな顔して?」
「いや……僕が生徒会を抜けたこと、怒ってないのかなって思って」
「ああ、そのことか」
斉藤は困ったような顔で肩をすくめてみせる。
「生徒会のみんなも、天ノ川が辞めたことは仕方ないって思ってるよ」
「……そう、なの?」
「そりゃそうさ。横暴な
「そ、そっか。ていうか横暴って……」
「生徒会役員はみんなそう思ってるよ。天ノ川だけじゃないかな、会長にそんな甘い評価をしてるのは」
なにか誤解をされているような気がする。
遊星は失恋のショックに耐えきれず、生徒会から逃げ出したのだが……どうやら桐子に心を病まされた、と思われているらしい。
「いまの会長は、ヤバイよ。天ノ川という騎手を失って、完全に暴れ馬になってる」
「副会長の、
「あの人はマイペースだからね。会長にビビりはしないけど、なだめたりもしないよ」
「そ、そっか……」
能天気に「あははー」と笑っている姿を思い出す。
美ノ梨もいざという時にはやる人だが、基本めんどくさがりなので厄介ごとに首は突っ込まない。
「そんな感じで生徒会は大変だよ。といっても俺にも関係ない話なんだけど」
「……関係ない、って?」
「俺も辞めようと思うんだ、生徒会」
「えっ!?」
「いまの会長にはついていけない。それにハンドボール部の活動だってあるし」
そういえば斉藤は生徒会の中でもめずらしい、掛け持ち役員だった。
「生徒会の仕事なんて本当は学校がやるべき仕事だ、それを生徒にやらせて内申点をプレゼント。これが生徒会の仕組みだろ?」
「そ、それはそうかもしれないけど……」
「だから俺たちは気にする必要なんてない、いざとなったら先生たちがなんとかするさ。終わったことは気にせず、いまを楽しもうぜ」
そう言って斉藤は「彼女を待たせてるから」と、元いたベンチに
「……ごめんね、村咲さん。すっかり話し込んじゃって」
「い、いえっ! お気になさらず!」
斉藤の登場で生徒会のことに気を取られたが、陽花とのお昼タイムはまだ続いている。モヤモヤした考えは
「そういえばお弁当は明日も、って話だったけど。お金のことは、どうしようか?」
「お代なんていただけません。これは私のしたいことであって、一年前のお礼でもありますから」
「いやいや、そこらへんはしっかりとしないと」
「いえ、こればかりは譲れませんっ!」
遊星が食い下がるも、陽花はその姿勢を崩すことはなかった。
たまに自信のない態度を見せるも、根っこは強い女の子だ。見返す瞳には意志のようなものを感じる。
遊星は先日、自分の役目は陽花を受け入れることだと気づいた。
でも、されっぱなしでいるのも性に合わない。今度は遊星が申し訳なさでいっぱいにされてしまう。
(だったらなにか、お礼という形でお返しできないかな……?)
陽花に喜んでもらえるようなことはないか。
そうやって考えをめぐらせていると、ひとつのアイディアが思いつく。
「ね、村咲さん。もうすぐ競歩大会があるのは知ってる?」
「はい、確か来月の頭にあったと記憶しています」
天球高では毎年五月の頭に、競歩大会がある。
距離は三十キロ。
中々に大変な距離であるため、ゴールデンウィークの前日に開かれることになっている。
そのため休みを使って筋肉痛を直し、その後の授業にちゃんと参加しろというスケジュールだ。だが、せっかくの連休だ。ずっと家で過ごすのはもったいない。
「ゴールデンウィークの三日目、よかったら僕と一緒に出かけない?」
「えっ。それって、もしかして」
「……デート、のつもりだよ?」
遊星は照れくさい気持ちを抑えて言った。
「え、えええっ!?」
目を見開いた陽花が、ぽぽぽと顔を赤く染めていく。
「だって、そんなっ。私はまだ、そんなご提案をしてもらえるほどの関係では……」
「僕が村咲さんと出かけたかったんだ。ダメかな?」
「そっ、そんなことないですっ! 行きたいです、絶対に行きたいですっ!」
それだけはありえないと大慌てで首を振る。その必死になる姿が微笑ましく、自然と口元が緩んでしまう。
「むぅっ、また子ども扱いされてるような気がします」
「そんなことないよ。どっちかっていうと……小動物?」
「子ども扱いと同じじゃないですかっ!」
陽花はわざとらしく、ぷいと顔を背ける。
その仕草がまた小動物らしくなってしまうのはご
「ごめんごめん。村咲さんの慌ててるところが可愛くて、つい」
「つい、じゃありませんよっ」
「でも安心して。本当に子供だと思ってたら……デートに誘おうとは思わないから」
「……はい」
顔を背けていた陽花の耳が、赤くなる。
それから間もなく予鈴が鳴り、二人は屋上を後にした。
陽花と別れて教室に戻る途中、先ほど斉藤に聞いた生徒会の話を思い出す。
(僕に続いて斉藤も辞めるって……生徒会、大丈夫なんだろうか?)
遊星が抱いた疑念は、少しずつその姿を現し始めるのだった。
―――――――
次は生徒会視点をチラ見せ予定です!
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