1-10 後輩ちゃん、屋上デビューする
「次は理解度チェックのため小テストをやる。しっかりと復習してくるように~」
えーーーという声と同時に、正午のチャイムが鳴りひびく。
昨日まで下校合図だったチャイムは、今日から昼休みを告げる合図になっている。
今日から通常授業が始まった。
ようやくクラスメートの顔と名前も一致し始め、誰もがどこかのグループに属し始めた。
自分の居場所を見つけられるかは死活問題だ。
なぜなら通常授業までに見つけておかないと、昼ぼっちが確定してしまうからだ。
遊星は顔も広いだけあって、クラスメートから分け
「先輩、お待たせしました」
「こんにちは、村咲さん」
クラスメート全員が陽花との約束を知っていたから。
陽花の手には保冷バッグがにぎられており、青の水筒を肩にかけている。かわいい。
そして陽花の訪問が日常となったいまでは、クラスメートも気兼ねなく声をかけてくれる。
「村咲ちゃん、元気? 今日も可愛いねー」
「昼間っから見せつけてくれるなぁ。クソー、俺も彼女欲しいなあ!」
「よっ、天球校一のベストカップル!」
あたりから冷やかしのようなヤジが飛ぶ。
だが陽花は動じることなく、上品な笑顔で応えてみせる。
「カップルだなんて私にはまだまだです。……でも好きになってもらえるよう、がんばりますねっ!」
陽花は両手のこぶしを、グッと握って見せる。
そんな健気な姿に冷やかし連中は、
「「「天使だぁ……」」」
と、惚けたような溜息をつき、遊星に圧のかかった視線を向ける。
「天ノ川っ、村咲ちゃん泣かせたら許さないからな!?」
「今度こそ収まるとこに収まれよ? 俺らも内心ヒヤヒヤしてるんだから!」
「私たち応援してるんだからねっ!? それに天ノ川くんが凹むと教室の空気悪くなるし!」
遊星はクラスメートに
***
「ごめんね、クラスの連中が騒がしくて」
「いえ、みなさん優しい方ばかりですので」
陽花の
クラスメートが陽花を受け入れてくれたのは嬉しいが、最近はややウザ絡みの傾向にある。
だが陽花はそんなクラスメートにも動じることなく、丁寧に対応してくれている。
遊星以外に緊張しない、と言っていたのは本当のようだ。
まるで
二人は階段を上りきり、二人は屋上前の扉にたどりつく。
扉を開けると緑一面にコーティングされた床と、小さな花の植えられた
「すごい……想像してたより広くて素敵です!」
「僕も久しぶりにきたけど、ちゃんと綺麗にされてるみたいだね」
天球高の屋上は、休み時間のみ開放されている。
だが開放してるからといって、普通の生徒が遊びに来ることはほとんどない。
なぜならここに訪れる生徒達には共通点がある。その共通点とは――
「……ウワサには聞いてましたが、本当にカップルばかりなんですね」
「僕も昼休みに来たのは初めてだけど、これは壮観だね……」
どこのベンチを見渡しても、カップルばかり。
天球校の屋上はカップルたちがジャマされずに過ごせる、唯一の場所として使われていた。
仲睦ましげに「あーん」をしたり、指を絡めて赤くなっている二人。
校内で周知の二人もいれば、意外な組み合わせに驚くこともある。
「……なんか見てるだけでお腹いっぱいになりそうだね」
「ダ、ダメですよっ!? 先輩のお腹は、私がいっぱいにさせるんですからっ」
慌てふためく陽花をなだめ、二人は入り口から離れたベンチに腰掛ける。
「こちらが先輩の分です」
そういって差し出された、二つの弁当箱。
片方がおかずの入った箱で、もうひとつに白飯が入っているらしい。
陽花の脇にも同じ
――遊星の脳裏に、映像が再生される。
雑貨コーナーで弁当箱を
薄暗いキッチンでせっせとお弁当を作る、陽花の姿。
自分のために陽花が骨を折ってくれている。
そんな小さな気づきに、遊星の胸がじわじわと暖かくなる。
(僕のためにここまでしてくれるなんて、なんか感動……)
となりに視線を移すと、陽花とばっちり目が合ってしまった。
陽花は照れくさそうに視線を逸らしたが、再びこちらを見上げると恥ずかしそうに言う。
「……そ、そんなにジロジロと見ないでくださいっ」
「あ、うん……」
陽花の恥じらう姿に、こちらまで恥ずかしくなってくる。
遊星はそんな気持ちを誤魔化すように、渡された弁当箱をゆっくりと開いてみる。
弁当を開けてみて遊星は思わず「おぉぉ……」と声を出してしまう。
ベーコンのアスパラ巻、キノコとほうれん草の炒め物、定番の唐揚げに卵焼き。
色鮮やかなおかずが、たくさん詰め込まれていた。
「めちゃめちゃ美味しそうだよ、村咲さん……!」
「あ、ありがとうございますっ! お口にあうといいのですが」
味見もせず手放しに褒めてしまいたいが、それはそれで失礼だ。
二人は箱を開いて手をあわせ、いただきますをしてから箸を伸ばす。
まずは炒め物に箸を伸ばし、次にベーコン巻き、そしてご飯。
陽花は明らかに気が気でない様子で、次々に箸を伸ばす遊星の様子を窺っていた。
並んだおかず全部に口をつけ、水筒のお茶をごくりと飲み干した後、ゆっくりと言った。
「村咲さん……」
「は、はいっ!」
陽花が固唾を飲み、遊星の感想を待つ。
だが遊星は口を開く前に、一度言葉を飲みこんだ。
「……あ、でもちょっと待って」
「な、なんですかっ!? すごい怖いんですけどっ!」
変に寸止めをされたせいで、陽花がすっとんきょうな声をあげる。
あまり驚かせちゃいけない、遊星は自分の心が落ち着いたのを確認してからあらためて言った。
「本当に美味しい、です。これなら毎日同じメニューでも食べられるよ!」
「よ、よかった……」
陽花はへなへなと体の力を抜いて安堵する。
「……次からは変に焦らした言い方、しないでくださいね?」
「ごめんごめん」
笑って謝る遊星に、陽花はジト目で抗議する。
一応、遊星が言い留まったのには理由があった。
つい言ってしまいそうになったのだ、陽花の料理を毎日食べたいって。
だが途中で言葉の持つ意味に気付き、なんとか無難な言葉に落ち着けたのだった。
「驚かせてごめん。でも本当に美味しいよ、料理もすごいがんばったんだね」
「……はいっ、ありがとうございますっ」
「お礼を言うのは僕のほうだよ、ありがとう」
陽花はわずかに瞳を潤ませていたが、気付かない振りをして次の食材に箸を伸ばす。
それからしばらくの間。
二人はあまり言葉を交わさず、黙々と弁当を食べ進めた。
暖かな日差しを浴びて過ごす、幸せとも呼べるひと時。
――だが、そんな二人の姿を凝視する一人の男の影があった。
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