1-9 後輩ちゃんは作りたい
始業式の数日後。
夕食を食べ終えた遊星の元に、陽花からのメッセージが届いた。
『先輩はお昼ご飯、いつもどうされてますか? 学食ですか、それともお弁当ですか?』
(そうか、明日からいよいよ通常授業か)
通常授業が始まれば昼休みがある。
昼休みが始まるのであれば、昼食を用意しなければいけない。
主夫である遊星は家計を少しでも浮かせるため、自分で弁当を作っていた。
だが今年は二人分の弁当が必要になるかもしれない。
去年まで中学生だった千斗星には給食があったが今年はない、必要であれば二人分の弁当が必要になる。
弁当を作るのであれば一人でも二人でも変わらない。
家計的には作らせてもらったほうが助かる。が、本人の意見は無視できない。
そう思い、となりの部屋のドアをノックする。
「千斗星、いまいいか?」
「はーい」
部屋に入ると千斗星はベッドでうつ伏せになり、スマホで動画を眺めていた。
「弁当は一緒に作るか? そっちも午後授業、始まるだろ?」
「…………あー」
千斗星は動画を停止させて考え込むと、なぜか
「見てー、お兄」
「ん?」
「服従のポーズ♪」
「……弁当がいるかどうか決まったら教えてくれ」
「あーん! もうちょっと構ってくれたっていいでしょー!」
遊星が部屋を出ようとすると泣きつかれた。
「で、どうする?」
「うぅ……ちょっと待って、友達に聞いてみる」
そういって千斗星は体を起こし、スマホに指を滑らせる。
(友達、か)
千斗星は早くも高校で自分の居場所を見つけたようだ。
仲のいい友達がどうするかで、学食か弁当にするか決めるつもりなのだろう。
弁当を学食に持ち込むこともできるが、その分だけ席が埋まるので混雑時は迷惑になる。
そうでなくとも学食に行くなら、みんなと同じものを食べたいはず。遊星としては弁当を作ってしまいたいが、家計が理由で友達と歩調が合わなくなる、なんてことにはさせたくない。
余談だが千斗星には去年、強烈な反抗期があった。
あの時は『自分で弁当を作る男なんてキモい』『フラれた女に何度も告白するなんてキモい』と、遊星もとばっちりを受けていた。
だが、ある時期を境に急に大人しくなった。
反抗期なんてそんなものかもしれないが、あまりにもスンと大人しくなったので不思議に思ったのを覚えている。
そんな千斗星も、いまではヘソを出して服従のポーズとか言っている。
「むむっ!?」
友達から返信が来たようだが、千斗星は難しそうな顔でぶつぶつと言い始める。
「千斗星が弁当を欲しがれば、お兄が弁当を作る。つまり、お兄に弁当を作らせないためには……?」
「なに言ってんだ? 千斗星がどうしようと僕は弁当だぞ?」
「えっ、なんで!?」
「なんでって……去年もそうしてたからだよ」
「だって今年は弁当作ってくれる人が……あっ!」
千斗星は失言しました、とでも言うように自分の口元を抑える。
「ちょっとタイム!」
「タイムって言うか、さっきから待ってるんだけど……」
「作戦会議! 出て行って!」
そう言って部屋から追い出されてしまった。
(なんなんだ、一体……)
電話でも始めたのか、部屋からは話し声が聞こえてきた。
とりあえず遊星は部屋に戻り、陽花に返信を打ち始める。
「僕は弁当の予定です、村咲さんはどう……」
と、打ちかけたところで考える。
(もしかして村咲さん、僕に合わせようとしてくれてる?)
学食と言えば一緒に学食へ行き、弁当と言えば弁当というのかもしれない。
だとしたら
(ここはあえて学食というべきだろうか?)
とはいえ相手に合わせ過ぎるのも考えものだ。
考えた末に遊星は……選択を丸投げした。
「ちなみに村咲さんはどっちの予定だった?」
送信。
するとメッセージはすぐに返ってきた。
『お弁当の予定、です』
弁当か、それなら意見が割れることはない。
「僕も弁当だよ、良かったら一緒に食べようか?」
『はい、ぜひ!』
すると一緒に嬉しそうな猫のスタンプが返ってくる。
(あ~~っ、なんかこういうのいいな……)
男友達や千斗星、生徒会の業務連絡ではこんな気持ちになれない。
自分の嬉しい、を伝えるためだけのメッセージ。
ほっこりした気持ちで返信をしようとしたが、陽花から追加のメッセージが送られてきた。
『それでご提案、なんですが……』
『よければ私に先輩の分を作らせていただけないでしょうか?』
「えっ、お弁当って村咲さんが自分で作るの?」
『はい。一人分も二人分も手間は変わらないので』
完全に作り手思考の返事が返ってきた。
(村咲さんのお弁当、か)
どんな弁当を作ってくれるのか、とても気になる。
だが陽花は電車通学。
弁当を作るとなれば、起きる時間はいまより早くなるだろう。
先日、最寄り駅を聞いて驚いた。
陽花は通学に一時間以上かかるところから通っている。
陽花の作る弁当は気になるけど、あまり負担はかけたくない。
そう考えた遊星は、逆の提案を持ちかける。
「電車通学だと早く起きるの大変でしょ?」
「去年は僕も自分で弁当作ってたし、村咲さんの分も一緒に作るよ? 妹の分も作ることになるかもしれないし!」
送信。
我ながらいい考えだ。
弁当を作るなら一人分でも二人分でも、そして三人分でも変わらない。
自分の名案に満足していると、千斗星の部屋から「ギャーッ!」と叫び声が聞こえてくる。見かねた遊星は扉をノックし「うるさいぞー」とだけ声をかけておく。
すると扉になにかがぶつかる音がする。
おそらく枕を投げつけられたのだろう、いつものことなので気にせず部屋に戻る。
すると陽花からのメッセージ。
『えっ、えっ、それは先輩に悪いですよ!』
「大丈夫、今年は去年よりもヒマだから」
生徒会も辞めたので去年以上に時間がある。
人に尽くすのが好きな遊星は早くも、どんな弁当を作るかで頭の中がいっぱいになっていた。
(陽花の好物はなんだろう、新しいメニューに挑戦してもいいな)
が、その高揚感は乗り込んできた千斗星の怒声で霧散する。
「お兄っ! 私は弁当いらない、だから弁当作るの禁止!!」
なにやら千斗星がキレている、わけがわからない。
「……いや、禁止って意味わからん。僕が弁当を作っても迷惑かけないだろ?」
「かけてる! 朝早くに換気扇を回されると目がさめるのっ! 包丁の音を聞くと、夢で殺し屋に追われるのっ!」
「去年はそんなこと言わなかったじゃん?」
「言わなかっただけでそうだったの! いまは入学したてでデリケートな時期なのっ!」
一方的に言って、千斗星は部屋を出て行った。……反抗期復活か?
遊星が途方に暮れていると、またメッセージが返ってくる。
『実はお恥ずかしい話なんですが』
『先輩にお弁当を作りたくて、ずっと料理の練習をしてきたんです』
『だからお弁当を食べてもらいたいんです。どうか私のワガママを聞いていただけないでしょうか』
(……そういうことか)
遊星は勘違いをしていた。
作ることが負担になるかは問題じゃない、陽花が遊星の世話を焼きたいのだ。
先日も言われたばかりだ、「告白したのは私なのに、先輩にしてもらってばかり」だと。それなのに遊星はまた手を出してしまうところだった。
(僕がすべきことはしてあげる、ではなく受け入れる、なんだ)
それなのに遊星が厚意を押し付けていたら、相手の立つ瀬がない。
もし遊星が弁当を作ると押し切ってしまえば、結果として陽花の努力を見てあげないことになる。
陽花は遊星のために、自分を変えようとがんばってきた。
だったら陽花にはしたいことを全部やらせてあげるべきだ、そして良かった時には喜んであげればいい。
(……よし)
気持ちを切り替えて、陽花へのメッセージを打ち始める。
「僕のために料理を覚えてくれたの!?」
「それならぜひお願いしようかな、村咲さんのお弁当楽しみだよ!」
送信っ。
遊星はスマホを投げ出し、ベッドに転がって枕に顔をうずめる。
(……うおおぉ、なんかものすごく照れくさいなっ!)
陽花に喜んでほしくて、すこし作ったような文面になってしまった。
だって自分のために料理を覚えてくれたって……嬉しすぎる。
だったら遊星も喜ばせたい、自分のメッセージに喜んでもらいたい。
美味しいと言わせてやる、ってはりきってもらいたい。
なんて考えていると、また千斗星が部屋に飛び込んできた。
「お兄っ!」
「今度はなんだよ……って、うおっ!?」
千斗星がベッドに飛び込み、遊星に抱きついてきた。
「お前っ、なんだよ急に!」
「ん~ん! お兄もやる時はやるじゃん!」
「なんの話だよ!?」
「こっちの話だよ!」
先ほどまでキレていた千斗星はどこへやら、なぜかとても上機嫌になっていた。
―――――――
どうして上機嫌になったんですかね(棒読)
明日の更新はお弁当回です!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます