1-8 後輩ちゃんが可愛すぎる問題
「先輩は神で、私は
陽花がアヤしい話をし始めた。
神は全知全能のはずだが、遊星には陽花の話がちっとも理解できない。
「宣教師の私には恥も恐れもありません。今朝みなさんの前で堂々と話せたのは、私が先輩によって救済された事実の布教だったからです」
「布教」
「はい! 先輩の布教であれば私にもできますからっ!」
陽花は自分の例え話がしっくりきたようで楽しそうにしている。
逆に神へと
……少しだけ陽花の自称する”根暗”の
「つまりは自分の好きなことを話す根暗が、いつもよりおしゃべりになるというアレです」
「話のグレードが一気に落ちたね」
「それと私が自信を持てないのは、先輩の前だけです。……変なことを言って嫌われるのが怖いので」
「最初からその話だけしてくれれば良かったなあ」
……とりあえず、神の話は忘れよう。
つまり陽花がたまに臆病風に吹かれるのは、
遊星の心をゲットしたいなら、陽花はガツガツと攻めるべき。
だが好きな人を前に緊張したり、普段の自分が出せないのはよくある話である。
いまの状況は陽花にとって、一年の片思いの末に掴み取った絶好のチャンス。
そのため失敗できないという思いが、逆にプレッシャーになっているのだろう。
(なんとかしてあげたい、よな)
怖がらないで欲しい。
そう思う一心で、遊星はできるだけ優しい声で訊ねた。
「村咲さん、なにかして欲しいことない?」
「して欲しいこと、ですか?」
「さっき言ってたよね、一年前から僕とやりたいこと考えてたって」
「そ、それはっ、言いましたけどっ」
妄想の話を蒸し返されて恥ずかしかったのか、陽花がカメのように首を縮こめる。
「希望があれば言ってみて。僕にできることであれば、叶えてあげたいって思うし」
「…………これ以上、叶えていただいても困ります」
「えっ、どういうこと?」
「だって先輩、私がお願いしたかったこと、全部先回りで簡単に叶えてくれちゃうじゃないですかっ」
なぜか陽花はむすっ、と頬をふくらませる。
「私、先輩の連絡先を教えてもらうのが夢だったんですよ!?」
陽花と”友達”になった後、遊星の提案で連絡先を交換した。
――好きな人から連絡先を教えてもらえず、ヤキモキしたことがあったから。
「連絡先が交換できたら、たくさんのメッセージをするのも夢でした」
昨日は日付が変わるギリギリまで、陽花とメッセージを投げ合った。
会話の始まりは、遊星が送った一文がきっかけ。
『こんばんは! 今夜ヒマで困ってるから、ヒマつぶしに付き合ってもらえませんか?』
――好きな人とはたくさん繋がっていたい、連絡先を知っていても繋がれなければ空しいだけ。
「今日だって一緒に帰ろう、って誘ってくれたのも先輩からでした」
告白した側は立場が弱い。
一緒の時間を過ごしたくても、迷惑に思われてないか気にしてしまう。
――好きな人とは一分一秒だって一緒にいたい、少しでも同じ時間を共有したいから。
「先輩は私のしたかったこと、全部知ってるみたいに叶えてくれてしまいます」
「迷惑じゃなければよかった。僕だって新しくできた友達と、早く仲良くなりたかったから」
「本当、ですか?」
「もちろん。村咲さんみたいな可愛い友達なら、大歓迎だよ」
「……そうやって可愛い、って言ってもらうのも夢だったんですからね」
「村咲さんは誰が見ても、可愛い女の子だよ」
「天ノ川先輩が言うから、特別なんですっ」
陽花が抗議するように、やんわりと肩をぶつけてくる。
まるで子猫が甘噛みでもするような弱さで。
顔をうつむけて表情を隠してはいるが、髪の合間からのぞく耳は真っ赤に染まっている。
(……やばい。全部が可愛すぎる)
照れた自分を隠そうとする姿もいじらしく、いまにも抱き締めたくなってしまう。
「先輩はずるいです。告白したのは私なのに、先輩にしてもらってばかりで。こんなのダメですよね?」
「ダメなんてことないよ。逆に困らせちゃったのなら、ごめん」
「本当に、困りますっ。こんなに優しくされたら……甘えたくなってしまいます」
「っ――!」
上目づかいをされ、みるみる自分の顔が熱くなっていくのを感じる。
(……村咲さんの甘えたい宣言、僕には刺激が強すぎるっ!)
本当は「甘えてもいい」と言ってしまいたい――が、踏みとどまる。そこまで踏みだしてしまえば、もう引っ込みがつかない。
……場の勢いも大事だとは思うが、いくらなんでも距離の詰め方が早すぎる。
それに、プライドだってある。これでも遊星は先日まで、ひとりの人を一年も想い続けてきたのだ。
それなのに突然現れた女の子に、あっさりと攻略されたくない。
自分がそんな移り気で、ちょろい男だと思いたくない。
陽花のアプローチを勝手に助けておいて、なにを言ってるんだお前は。
……胸の内からそんな声が聞こえてくるが、ともかく遊星はここで
気づけば駅のロータリーに着いていた。
途中から恥ずかしさで会話が途切れてしまったが、陽花はそこまで気にしてないようだった。
「駅、ついちゃいましたね」
「……そう、だね」
「今日は送っていただいて、ありがとうございました」
「その、ごめんね? 途中から黙りこんじゃって」
遊星の言葉に、陽花は黙って首を振る。
「先輩と一緒に過ごせただけでも幸せですから」
うっすらと笑みを浮かべる陽花が可愛らしく、また見惚れてしまいそうになる。
だが健気な言葉の裏には、きっと遠慮がある。
(いつか嫌われることを恐れず、めいっぱいワガママを言われてみたい)
遊星がそんなことを考えていると、陽花は頭を下げて改札に向かうところだった。
それを思わず、呼び止める。
「村咲さん!」
「……?」
「帰りの電車、ヒマだったらメッセージでも送って! ちゃんと返事するから!」
「……はいっ!」
陽花は嬉しそうに笑うと、小さく手を振って改札に消えて行くのだった。
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