1-7 後輩ちゃんとの帰り道

 正午のチャイム、下校の合図だ。

 学校はまだオリエンテーション期間のため授業はない。


 校舎から出た遊星は、自転車置き場で愛車のカギを開ける。

 天ノ川家は学校から十数分なので自転車で通学をしている。だが今日は自転車にまたがることなく、校門前まで押して歩いていく。


 校門前の桜の下で待つ、女の子の元まで。


「天ノ川先輩っ!」


 遊星が近づくと、陽花がパッと明るい笑顔で駆け寄ってくる。


「待たせた?」

「いえ、私も……いま来たばかりなので」


 なにやら恋人の定番セリフみたいになってしまい、遊星は照れくさくなってしまう。それは陽花も同じだったようで、首をすくめて恥ずかしそうにしていた。


(仕草のひとつひとつが可愛いんだよな……)


 そんなことを思い、二人は学校の最寄り駅に向かって歩き始める。


 遊星と違い、陽花は電車通学だ。


 天球高の最寄り駅までは歩いて二十分。

 そこそこの距離があるので、どうせなら少しでも一緒の時間を作ろうと遊星が提案したのだ。


「……先輩と帰り道をご一緒できるなんて、夢みたいです」

「そういってもらえて光栄だけど、さすがに大げさすぎない?」

「大げさなんかじゃありません。一年前からずうっとしたかったことの、ひとつだったんですから」


 胸に手を当てて、噛みしめるように言う。

 そこまで喜んでもらえるなら誘った甲斐かいがあった。


「ちなみに、したかったことのひとつ、ってことは他にもやりたかったことがあるの?」

「ずっと夢見てた先輩との高校生活です。やりたいことなんて……数えきれないほどあります」

「……ワォ」


 思わずそんな声を漏らすと、陽花はしまったという表情をする。


「ご、ごめんなさいっ! 先輩のことを妄想に使ってた、なんて言われたら気持ち悪いですよねっ!?」

「気持ち悪いなんて、そんなまさか」


 こんな可愛い子の妄想に使ってもらえるなら、いくらでも使って欲しい。だが陽花はこの世の終わりでも迎えたような表情で青ざめている。


「気持ち悪いに決まってるじゃないですか……私みたいな根暗女に、いろいろ妄想されてたなんて」

「村咲さんを根暗だなんて思ってないけど」

「それは先輩が私にだまされてるだけです」

「えぇ……?」


 まさかの本人から騙されてると言われてしまった。

 それは逆に騙してないことになる気がしたが、陽花の言い回しが面白いので黙っておく。


「昨日もお伝えしましたが、私は先輩に会うために……いめちぇんをしたんです」

「うん」

「それまでの私は髪の毛モサモサで眼鏡をかけた、お化粧もしたことのない根暗女子でした」


 中学生で化粧しないのは普通では、と思いつつもうなずく。

 少なくとも遊星の知る女子中学生=千斗星には化粧っけなどまったくない。


「そんな根暗女子は本来、先輩みたいなカッコいい人に近づけるハズがないんです。ましてや、その……お友達にしてもらえるなんて……」

「誰もそんなこと気にしないよ、僕だって普通の高校生なんだから」

「そう思ってるのはきっと、先輩ご本人だけです。もし私が去年の姿で現れたら、きっと先輩の取り巻き女子に陰口を叩かれてしまいます」

「……僕の取り巻き女子、どこ?」


 遊星には取り巻きがいた記憶もないし、取り巻いてもらえるような魅力も器量もない。あるのは自分が会長桐子の取り巻きだった自覚くらいだ。


「だから私は先輩の側にいても恥ずかしくないよう、外見を変えたんです。それなのに妄想してたなんて、根暗エピソードを自分から暴露してしまうなんて……」

「別に妄想されたくらい気にしないよ」

「でも先輩、ワォって言ったじゃないですか」

「あれはいいワォだから大丈夫」

「本当ですか? 私のこと気持ち悪い、って思いませんか?」

「思わない」


 遊星がそう念押しすると、陽花はようやく胸をなでおろした。

 いいワォの意味は自分でもよくわからない。


「よかった。先輩に嫌われてなくて」

「そんなことで嫌いにならないよ。村咲さんはもっと自分に自信持っていいと思うけどね?」

「自信、ですか?」

「ほら今朝はすごかったじゃん、みんなが見てる前でも堂々としててさ」


 今朝、クラスメートに語りかける陽花はとても立派だった。

 上級生からの視線にひるむ様子もなく、胸をはってハキハキと話せていた。


 あの立ち振る舞いを見て『どこか内気な印象のある女の子』のイメージを改めたのだが、いまの陽花には自信の無さが見え隠れしている。


「あれは、違います。先輩に見合うだけの女の子になるため、自信の皮をかぶったニセモノの私です」

「その割にはずいぶんとサマになってるように見えたけど?」

「……練習、しましたから。人前でも胸をはって話せるように」


(そんなことまでしてくれたんだ……)


 遊星の隣にいても恥ずかしくない、そして恥をかかせないための自分。

 陽花がそこまで徹底していたことを知り、思わず感動してしまう。


 きっと遊星にとっての桐子がそうだったように、陽花にとっての”天ノ川先輩”はスクールカースト最上位の存在なのだ。相応の身分がなければ、取り巻きに陰口をされると考えて恐れている。


 そんなことは起こりえないのだが、言わんとしてることはわかる。

 遊星だって桐子に見合うだけの男になろうと、ずっと自分を磨いてきたのだから。


(……それなら陽花の話は、少し矛盾してないか?)


 遊星も生徒会に入り、人前で話す機会が増えた。

 最初の頃は緊張してばかりだったが、場数を重ねて緊張しないようになっていった。


 発言することが自信につながり、自信があるから発言できる。

 だとすれば演技でも堂々とできるなら、少しくらいの自信がついているはず。


 遊星がその話をすると、陽花はすこしだけ考える仕草を見せた。


「私の場合はちょっと違うというか、説明はむずかしいのですが……たとえるのであれば、先輩は神なんです」

「僕は、神」


 スクールカーストを超越ちょうえつした話が始まった。



―――――――


 ラブコメじゃなくて神話だったかもしれねェ……

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