1-6 後輩ちゃん、クラスメイトに認められる

「おっす、遊星。今日は顔色が良さそうじゃん」

「……おかげさまでな、昨日は気をつかわせたか?」

「そりゃな。昨日の遊星からは死臭がただよってたからな」


 朝礼前の教室。

 去年からのクラスメイト、後ろの席の一文字いちもんじ亮介りょうすけが笑いながら話しかけてくる。


 名字が「ア」と「イ」で始まる関係上、去年も同じ席配置だった。

 陸上部の亮介とは教室以外での絡みはないが、高校に入って初めての友人だ。


 付き合いも長いのでこうして踏み込んでくるし、答えてやってもいいと思っている。遊星にとっても二人といない男友達だった。


「死臭って……僕はゾンビかよ」

「ゾンビだろ。何度フラれてもゾンビみたいに蘇ってきただろうが」

「確かに、ゾンビみたいなもんか」

「おっ? 軽口も叩けるってことは、本格的に立ち直れたか?」

「まあ、ね。昨日は悪かったよ、ずっと暗い顔してて」

「そっかそっか、それはなにより。じゃあ――」


 亮介は遊星の肩を小突くと、今度は大声を張り上げる。


「みんな聞いたなーっ!? 遊星が復活したぞー!」


 亮介が叫びに反応し、教室のいたるところから安堵あんどのため息が漏れる。


「も~心配させないでよね?」

「昨日はガチ凹みしてたからホントびっくりした」

「まさか次期会長候補が生徒会を辞めるなんてね~」


 距離をはかりかねていたクラスメート、主に女子が代わる代わる遊星に声をかけてくる。


 遊星の恋愛事情は、全校生徒に筒抜けだ。


 会長選では告白まがいの推薦文すいせんぶんを全校生徒の前で読み上げ、文化祭の名物企画「未熟者みじゅくものの主張」では屋上から桐子への愛を叫んだ。


 間抜けなエピソードが多いとはいえ、遊星を取り巻く話は恋バナに分類される。

 そのため当事者である遊星は、他クラス他学年の男女問わず話しかけられることが多かった。


「昨日は教室の空気悪くしてごめん、でも今日からは大丈夫」


 遊星がそう言うと、クラスメートが好き勝手にしゃべり始める。


「でも良かったじゃん。会長めっちゃ性格悪いし」

「それな。ていうか天ノ川くんをフるとか理想高すぎでしょ」

「会長、絶対天ノ川のこと好きだと思ってたのになー」

「ねー、会長が素直になれてないだけだと思ったー」


(……って、言葉に乗せられてきた僕も悪いんだよな)


 遊星が押しに押し続けられたのは周りの応援があったことも大きい。

 成績も外見も変わったことで応援してくれる人も増え、事態が好転してると勘違いをしてしまった。


 その勘違いで引けなくなったことも考えれば、桐子には申し訳ない気持ちさえ沸いてくる。


(いまはまだ顔を合わせづらい。でも気持ちに踏ん切りがついたら、桐子さんには謝りに行こう)


「でも昨日はあんなに落ち込んでたのに、急にどうしたんだ?」

「……まあ、ちょっと色々あってね」

「そんなこと言われたら気になるだろ、まさか新しい恋でも見つけたか~?」


 亮介がからかうように言うと、女子たちからブーイングが上がる。


「あんだけ会長一筋だった天ノ川くんが、ふらっと他の女になびくわけないでしょ!」

「まだ傷ついてるはずなのに、そんなこと聞くなんてサイテー」

「天ノ川くん、つらかったら私に相談してね。良かったら連絡先交換しよ?」

「ちょっと、ドサクサに紛れてなに聞いてんのよ!」


「あ、あははは……」


(そのまさか、なんだよな)


 正確にはまだ新しい恋を見つけたわけじゃない。

 しかし陽花との関係を進めようと考えるのであれば同じことだ。


 だが女子の反応を見る限り、すぐに別の女子の影を見せるのは印象が悪そうだ。


 でも遊星は誓った。

 同じ苦難の道を歩み、遊星を追ってくれた陽花の期待を裏切らないと。


 誰に批難されようと陽花の気持ちだけは守ってあげたい。

 遊星は昨日、そんな覚悟を決めたのだ。だから自分の印象が悪くなっても堂々と陽花の気持ちに向き合いたい。



「みんな聞いて欲しいことがあるんだ。じつは――」

「――失礼します」



 遊星が口を開くと同時、教室の入口から鈴の鳴るような声が響く。


「こちらのクラスに天ノ川遊星さんは……あっ、先輩!」


 教室の最前列で扉側の席。

 アから始まる名字を持つ遊星は、すぐに陽花に見つけられてしまう。


 遊星を見つけた陽花は、とても嬉しそうに笑ってくれる。


(……やっぱり一夜明けて見返しても、とびきりに可愛いな)


 そんなことを思っていると、陽花は遊星に向かってぺこりと頭を下げた。


「先輩、昨日は夜遅くまでご連絡ありがとうございました。迷惑じゃありませんでしたか?」

「迷惑なんて全然。僕もあんなにたくさんメッセージするの初めてだったから楽しかったよ」

「質問ばかりしてしまってすいませんでした。先輩のこと、たくさん知りたかったので……」

「今度は村咲さんのことも教えてよ、せっかく同じ高校になれたんだからさ」

「はいっ!」


 陽花が返事をすると同時、後ろから肩をはたかれる。


「お、おい遊星! 誰だよ、このかわいい女の子はっ!?」


 亮介がひきつった表情で聞いてくる。

 見れば近くにいた女生徒たちも、ぽかんとした表情を浮かべている。


「……あー、このコは新一年の、村咲陽花さん」


 紹介された陽花はおへその上に両手を揃え、とても綺麗な四十五度の礼をする。まるで貴族令嬢のような、優雅さで。


「ご紹介にあずかりました、一年C組の村咲陽花と申します。まだ右も左もわからない若輩者ですが、仲良くしていただけると嬉しいです」

「こ、これはごていねいに。俺は一文字亮介、よろしく」


 わずかに動揺していた亮介も、あいさつが終わるとニヤリとした笑みを浮かべて無粋なことを聞く。


「で、遊星とはどんな関係なの?」

「おいっ、亮介!」

「いいじゃねえか、別に減るもんじゃねえし」


 亮介の好奇に満ちた視線が陽花を捉える、だがその視線はひとつではない。

 近くにいた女子はもちろんのこと、クラスのほぼ全員が注目していた。


(これは……良くないな)


 上級生のクラスなんて、陽花には敵地アウェーみたいなものだ。

 引っ込み思案な気質のある陽花には、その重圧は計り知れないだろう。


 おまけに先ほどの女子の反応。

 桐子との話も冷めぬうちに新しい女の影が見えれば、一気に悪感情を向けられるかもしれない。


 だったらここは噓をついてでも、差しさわりのない答えで切り抜けるべき。

 そう考えた遊星が無難な答えを口にしようとしたが――それは陽花の発言によって遮られた。


「天ノ川先輩は私の想い人です。私が一方的にお慕い申し上げていて、先輩のご厚意でお友達から始めさせていただきました」


 陽花の発言に、教室が凍り付く。


「ははっ、なるほど。お友達でお慕い申し上げたのか~って、えええええっ!?」


「「「ええええええぇっ!?」」」


 クラス中が絶叫につつまれる。


「お、お、お、おい遊星、どういうことだよ!」


 亮介が遊星の胸ぐらを掴んで、ぐわんぐわんと揺する。


「いや、その、なんていうか……村咲さんの言ったとおりだ」


 否定するわけにもいかず、遊星はとりあえず首を縦に振る。

 陽花との関係を認めると同時、教室のいたるところから囁き声が聞こえはじめる。


(これはもしかして……最悪の状況!?)


 クラスメートの容赦ない視線に、陽花がさらされている。


 だが意外なことに注目の的である陽花に、物怖じした様子はない。

 それどころかどこか自信に満ちたような笑みさえ浮かべている。


「みなさん、良ければ聞いていただけますか?」


 陽花の言葉にクラスが静まりかえる。


「私は一年前、先輩に危ないところを助けていただきました。それから先輩のことが忘れられず……あつかましくも天球高まで追いかけてきてしまいました」


 なにを思ったのか。

 陽花は遊星と出会った日のことから話し始めた。


 助けられた後に交番で遊星のことを聞き、お礼を言いに来たが物怖じしてしまい、自分を変えようと決意したこと。

 そして昨日、お礼だけを伝えるつもりが告白までしてしまったこと。


 人に語って聞かせるにはあまりに赤裸々で、聞いてるクラスメートも思わず顔を赤くするような話を、なにひとつ包み隠さずに。


「そして先輩は言ってくれたんです、一年前より可愛くなったって。……その一言にすべて報われた気がしました」


 陽花の涙声に、クラスメートの一部が鼻をすすり出す。


「これから授業の合間やお昼休み、先輩と少しでもお話が出来ればと思ってます。その時はみなさんの邪魔にならないよう十分に気をつけますので、どうか下級生の私が訪れることを、許していただけないでしょうか」


 そう言って、ゆっくりと頭を下げた。

 陽花の独白が終わると同時、教室はしんと静まり返る。


「……めっちゃいいコじゃん」


 女子の一人がぽつりと言う。

 するとせきを切ったように、みんなが一斉に声をかけ始める。


「ダメなわけないじゃん。ね、みんな?」

「もちろんだよ! なんか……感動した!」

「なんて尊すぎる純愛っ! わたし村咲ちゃんのこと応援する!」


 教室内は一気に陽花を歓迎する空気が広がっていく。

 それと同時、遊星にもやっかみの声が飛んでくる。


「お前っ、村咲ちゃんを泣かせたりしたら許さないからな!」

「ミスター失恋のくせにやることやってんな、こんちくしょう!」

「これはこれでよかったじゃん、クソお幸せに!」


 嫉妬に狂った男子が腕を伸ばし、遊星の頭を引っかきまわす。

 ワックスを使ってセットしていた髪は、爆発したアフロのようにボサボサにされてしまった。


 そんな遊星の髪形を見て、陽花がくすくすと笑いだす。


「先輩っ、その髪型。……ふふっ、あははっ」

「村咲さん、笑い過ぎ」

「すみません。でもおかしくって」


 悪気のない笑顔にほだされ、遊星もようやく肩の力を抜く。


(……よかった。表面上はみんな受け入れてくれたみたいだ)


 あからさまに遊星を嫌悪しようとする人は見当たらなかった。

 むしろ陽花を紹介した初日にして、ここまで認めてもらえたのが奇跡のように思える。


 陽花が嘘偽りなく、すべてを話してくれたおかげだ。

 もし遊星がその場しのぎの嘘なんかついていたら、こうはならなかっただろう。


「村咲さん、ありがとう」

「お礼を言われるようなことはしてません。先輩の近くにいるためには必要なことでしたので」

「でも怖くなかった? たくさんの上級生からあんなに注目されちゃって」

「臆病な私はうろたえて、なにも言えず泣き出しちゃうと思いました?」

「……ごめん、ちょっとだけ」

「ふふっ、正直に言ってくれてありがとうございます。でもご安心ください」


 陽花の瞳が、遊星を捉える。


「先輩のお友達にしていただいた私に、怖いものなんてほとんどないんですよ?」


(……どうやら僕は勘違いをしてたのかもしれない)


 陽花は叶うかもわからない恋のために、一年前からずっとがんばってきた。

 そんな努力を積み重ねてきた陽花が、ただのかよわい女の子であるはずがなかったのだ。

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