1-5 実らなくても残っていたもの

 陽花は、可愛い。

 こんな可愛い子を彼女にできたら、幸せに違いない。


 自分を追いかけて高校まで追いかけてくるなんて、こんな男冥利に尽きることはない。


 ……でも心の中には、まだ桐子の存在が巣食っている。


 この一年、やれるだけのことはやった。

 でも桐子への恋が成就する見込みは少しもなかった。


 だからといって新しい恋に向き合えるかと言われれば……わからない。

 こんな気持ちで陽花を受け入れるのは失礼だし、いい関係を築くのも難しい気がする。


 桐子を目で追うようなことがあれば、陽花を傷つけてしまうかもしれない。

 そんなことを考えていると、返事がないことに焦れた陽花が先に口を開く。


「いきなり出てきて、なに言ってるんだって感じですよね……」


 陽花は視線を落とし、自虐的な笑みを浮かべていた。


「ごめんなさい。実は先輩がフラれたことも、知っていて告白したんです」

「……そう、なんだ」


 コクンとうなずく陽花は、どこかあきらめの空気をまとっていた。

 想いの内を吐き出して冷静になったのか、もしくは最初から叶わないとわかっているような。


「だから本当は先輩の気持ちが落ち着いてたから、伝えようと思ってたんです。でも……我慢できませんでした」


 陽花は胸元を苦しそうに抑え、言葉を紡ぎ出す。


「好きっていいたくて、いいたくて、我慢できませんでした。……これ以上、胸にしまっておくの、つらかったので」


 陽花は唇を噛んで顔をうつむけ、前髪を垂らして表情を隠した。



(本気、なんだ……)


 遊星はようやく、そんな当たり前のことに気付く。


 目の前の少女は自分の感情が抑えきれず、いっぱいいっぱいになっている。

 このタイミングでの告白に見込みがないと知りつつ、気持ちを抑えきれず口走ってしまった。


 こんなに不器用な告白、冗談で出来るはずもない。

 どうやら陽花は本当の本当に、遊星のことを好いてくれているらしい。


(……嬉しい)


 自分をそこまで好いてくれている、そんなの嬉しいに決まっている。


 でも、いい返事は用意できそうになかった。

 こんな不器用な告白をしてしまう女の子だからこそ、軽薄な答えは用意できない。


 陽花は真面目で、とても正直な子なのだろう。

 だからこそ中途半端な気持ちで受け入れてしまえば、きっと彼女を不幸にする。


 陽花はまだ中学校を卒業したばかり、きっとこれからも素敵な出会いが――




 ……本当に?

 胸の内から怒りにも似た、強い感情が沸き上がってくる。


 お前は、違うのか?

 どんな形でもいいから、告白を受け入れて欲しかったんじゃないのか?


 何度も告白し、そのたびに断られた。

 もっと真っ直ぐに見てくれれば、自分の良さをわかってもらえるはず。そう思っていたから。


 でも見てもらえなかった。


 成績が上がっても、外見が変わっても、興味を持ってもらえなかった。

 クラスメートに褒められたかったのではなく、あなたに褒められたかっただけなのに。


 桐子が遊星を好きじゃないことは知っている。


 だからこの瞬間、好きになって欲しくて告白をしたわけじゃない。

 もっと自分を見て欲しい、そう望んでいただけ。


 だから遊星が欲しかったのは「私も好きです」という言葉ではない。


「……仕方ないわね」


 男として見てくれる、そんな言葉が欲しかった。些細ささいなチャンスが欲しかった。


 せめて一度のデートでも……いや、一緒に帰るくらいの時間が欲しかった。


 だが桐子はそんなチャンスも与えてくれなかった。

 そうやって悔しい思いをしてきたのに、自分も同じことをしようとしている。


 遊星が片思いをした一年。

 それは陽花が片思いをしてきた一年でもある。


 遊星の隣に並ぶため受験先を選び、身だしなみを整えて、少しでも気に入られようと努力した女の子だ。


 それなのに遊星は、その気持ちと向き合わずに結論を出そうとしている。

 相手が求めているのは、ふところに入れてもらえるチャンスだけだというのに。


 遊星に求められているのは「僕も好きです」という言葉じゃない。 

 ――それに気付けただけでも、きっとこの一年は無駄じゃなかった。




「村咲さん」

「……はい」


 前髪に隠された陽花の表情は、こちらからは見えない。

 だが返ってきた声音を聞けば、どんな心境であるかは手に取るようにわかってしまう。

 

「僕は先日までとても好きな人がいたんだ」


 陽花は顔をうつむけたまま、首を縦に振る。


「何度フラれてもあきらめられなくてさ。ようやく身の程をわきまえることにしたばかりなんだ」


 桐子はチャンスをくれなかった。

 でも逆恨みするのは筋違いだし、早々に見切りをつけられなかった遊星も悪い。


「春休みもずっとふさぎこんでてさ、妹にもなぐさめてもらったりして。……高二にもなって情けないよね?」


 おどけたような言葉に、陽花がぶんぶんと首を横に振る。


「女々しいし、大して男らしくもない。でもこんな僕でもいいなら……友達からはじめてみるってのは、どうかな?」


 うつむいていた陽花が、ゆっくりと顔を上げる。


「そ、それって……いいってこと、ですか?」

「友達から、ってことに不満がなければ」

「ふ、不満だなんて! いいですっ、それが、いいですっ!」


 両の眼からぽろぽろと、大粒の涙があふれだす。

 遊星がもう一枚のハンカチを取り出し、陽花の目元に優しく押し当てる。


「今日からよろしくね。村咲さん」

「……はいっ!」


 涙袋を赤くした陽花が、満面の笑みで応えてくれる。


(――この選択は、絶対に間違ってない)


 胸が、ぽかぽかと暖かい。

 ウソをついたような罪悪感や後ろめたさ、後悔は少しもなかった。


 むしろ、がんばりに報いてやれた、人の求めに応えてあげられた。そんな充足感だけが胸を満たしていた。

 自分の言葉をこんなにも喜んでくれる人がいる、まるで奇跡でも目の当たりにしたような気持ちだった。


 同時に、こんな決意も生まれる。


(村咲さんの期待を、裏切りたくない)


 自分みたいな情けない男を追って来てくれた、素敵な女の子。


 きっと同じような出会いは、二度とない。

 だからこそ自分が与えられなかった分まで、この無垢な少女に応えてあげたかった。


「いまさらだけど、入学おめでとう」

「ありがとう、ございますっ!」

「それと……」


 遊星は照れくささをかなぐり捨てて、言った。


「一年前より、ずっと可愛くなったね」


 その言葉を聞いて、陽花はまた大粒の涙を流した。



─────――


 これにてプロローグ部分は終了です。

 次話から後輩ちゃん(=陽花ひな)と距離を縮める日々が始まります!


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