第16話 可愛い番犬は女王陛下のために働きます!

 うーんと。芸能人って、なんか芸達者で能力あるってことっぽいから、


「特別な人間ってことじゃないですかね? ほら、私役割的に特殊だし。陛下だって淫魔退治で私を呼んだんでしょう?」

「ああそうだ。といってもまだそうと決まったわけではないが……」


 いつだって堂々としている陛下が表情を曇らせた。

 けれどそれも仕方ない。淫魔はその名の通り淫らな魔物というだけじゃ語れない本物の化け物だから。魔獣や悪魔よりも恐ろしくて……個体によっては魔王よりも強い奴らだ。

 その昔、人間が悪魔と戦っていたころ。悪魔を捕食する淫魔という存在を知り、人間たちはそれを利用した。淫魔を召喚して悪魔と戦わせる。豊富な魔力をもつ悪魔は淫魔にとってご馳走だったらしいからこの戦略は最初のうちは上手くいっていた。でも悪魔の勢力が弱まっていくと、次の捕食対象に選ばれたのは人間だった。

 人間は年中発情期だから、魚に例えるとずっと旬で脂のノリがいい。淫魔にとって絶好の得物だ。悪魔を退けても淫魔が猛威を振るう。この世界は今、そういうパワーバランスで成り立っていた。


「先日、国境付近で淫魔の動きが活発になっていると知らせがあってな。そこで兵を増員したのだが、彼らと連絡がつかなくなった」


 その陛下の説明で大体の事情は把握できたけど、被害規模が分からなくちゃ対策のしようがない。


「戦力はどの程度だったんですか?」

「銃騎兵小隊および歩兵中隊だ。全員が風霊銃エレメントライフルで武装しているし、魔法銃を持っている士官もいた」


 陛下の返答に私は思考を巡らせた。

 風霊銃がメインの歩兵は風の精霊の力で銃弾を飛ばす単純な物理攻撃だけど、魔法銃はその名の通り魔法を発動する武器だ。貴重な魔弾を消費する代わりに無詠唱で魔法を放てるから、相手が魔術師でも戦士でも有利に立ち回れる優れ物なんだけど……それをもってしても倒せない相手だとしたら――


「たぶん盗賊や魔獣が襲ったわけじゃないでしょうねぇ。悪魔か淫魔か……どっちにしても面倒な相手ですね。殲滅するなら早く動かないと手遅れになりそう……」

「ああ。だからフィーネを呼んだのだ。ビフレスト家なら悪魔や淫魔相手でもうまく処理できるだろ?」

「もちろんです陛下。これでも退魔の名門、ビフレスト家の当主ですから」


 私の家は代々退魔の家系。採掘場からとれる魔石の国内産出量一位で、資源が豊な領地を持っていても――いや、魔石を生産できる領地を持っているからこそ、その魔石を惜しげもなく使ってこの世から魔物を退けてきた。

 なかでもここ数十年、祖父の代から淫魔と戦うようになってビフレストの名はさらに知れ渡り、今ではこうして淫魔退治を女王陛下から直接命令されるまでになっていた。


「ではビフレスト伯爵、王命である。国境付近を調査し、もし淫魔がこの件に関わっているのならどんな手段をとってもいい。必ず殲滅せよ」

「了解です。じゃあ行ってきますね」


 最後に可愛しく敬礼すると、くるっと踵を返し、私は玉座の間を出ていく。


「あの軽い調子で、しかも見た目は小娘なのに……あれで実力は確かですから困りますな。彼女の態度には色々不満はありますが……」

「可愛い番犬だろ? 私のお気に入りだ」

「ええ、番犬としては優秀でしょう。今回も食い散らかすでしょうけど」


 フリッツ大臣と陛下の会話を聞きながら私は回廊に出た。

 私は女王の番犬。淫魔なんかに負けない。絶対にあいつらだけは許さないって誓ったから……あんな気持ち悪い生き物はこの世にいちゃいけない。

 そう強く思いながら私は城を後にしたのだった。

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