第17話 異世界ではじめるサバイバル風番組! ナレーションがちょっとウザいんだが……

『今回はウィルヘイム王国東部に位置するビフレスト領。その森林地帯でサバイバル生活に挑戦します』


 俺――かけるは二日前に枝と葉で作った簡易的なテントから這い出た。

 テントから数十メートル歩むと、そこには小川があっていつでも新鮮な水が飲める。顔を洗うついでに両手ですくって一口。


「ふぅ……」


 美味い。やはり生きていく上で水は必要不可欠だ。

 あらためて考えると、本当に運が良かったと思う。あの後、泣きながら走っていたら偶然この小川を見つけられたから。


『この自然豊かな領地には、広大な森が広がっています。ですがこの場所は獰猛な肉食動物の生息地でもあり、丸腰で遭遇すれば命に関わります』


 手元に置いた槍に視線を移す。

 枝の先を石に擦って尖らせた安っぽいもの。子供が秘密基地で作りそうな粗末なモノだがこんなモノでもないよりはマシだ。それに武器と呼べるモノは持ち手をツタでぐるぐる巻きにした石のナイフくらい。とはいえこっちの方は武器というより、罠で捕獲した小動物の解体やツタとか枝を切るのに使う作業用だ。


『けれど危険ばかりではありません。現在の気候は落ち着いていて寒すぎず暑すぎず。夜には少し冷える場合もありますがおおむね過ごしやすい地域です』


 腰に巻いた枯れ草をしゃらしゃらと鳴らし、俺は槍を持って立ち上がる。

 この腰蓑は初日に作って身に付けていた。防寒のためだ。さすがにずっと裸で生活するわけにもいかなかったし……救済カードで服がフックになってしまった悲劇からこれが俺の服になっていた。


『翔くんの遠い祖先、石器時代の人類のようにこの場所で暮らせるのでしょうか?』


 着る物はあるし、少し離れたところには枝と葉で作ったテントだってある。


『それを見極めるために、翔くんは今日も奮闘します』


 衣食住の『衣』と『住』が揃ったらあとは『食』のみ。

 小川の脇を歩み、俺は仕掛けを確認する。水面を覗き込むと枝を束ねて細長い籠のように形作られたモノが沈んでいた。

 前日に仕掛けた罠だ。こいつは上流の方の入り口は幅広く、下流の方はツタで括って獲物を逃がさないような構造になっていた。


「何か入ってるかな……おっ」


 引き上げてみると重かった。


『どうやら前日に仕掛けた罠を確認しているようです。さぁ、本日の収獲はどうなっているのでしょうか?』


 小川脇の地面に籠を揺らして中の獲物を叩き出す。手のひらサイズの魚が二匹も地面に投げ出され、ぴちぴちと跳ねる。


『やりました。これで飢えをしのげます』


 槍で二匹とも突いて持ち上げると、ぶるぶると痙攣する感覚が伝わってきた。その振動を感じながらテントに戻る。

 途中で茂みからブルーベリーとラズベリーに似た木の実を片手で持てるだけ摘み取り、朝食のメニューに加えた。

 異世界に来た初日にこの木の実を恐る恐る食べてみたが、見た目どおりの味だった。今のところ体調に変化はないし、どうやら毒の類はないようだ。

 この場所では目に映るモノすべて未知の動植物。だからトライ&エラーでひとつずつ調べていく必要がある。毒やアレルギーを警戒して始めは少量だけ食べるか、皮膚につけてパッチテストだ。口に含むにしろ肌に塗ってみるにしろ、痒くなったりしたらすぐに毒が分かる。あとはこの経過観察を繰り返して徐々に食べられそうなモノを増やしていくのが当面の課題だった。


 とはいっても、木の実以外に見つけられたのは白いキノコくらいで……これはさすがに恐くて手を出せないでいた。

 テントに帰る頃には、槍の穂先に刺さった魚はだらりと弛緩していた。

 すっかり息絶えた魚を槍ごとテント脇に置いてあった葉っぱの上に放り、俺は樹幹脇から火おこしの道具一式を引っ張り出した。


『今度は、原始的な火おこしを試みるようです』


 ツタと柔軟な枝をあわせた弓状の器具に、支柱となる太めの枝。そしてなるべく平らな板と、火種に引火させるためのよく乾燥した枯葉。この道具を組み合わせると、俺は気合を入れるようにふっと息を吐いた。


「上手くついてくれよ……」


 弓を引っ張り、すぐに押し戻す。それを何度も繰り返すと弓に絡めたツタがくるくると巻かれ、枝が高速で回転し始めた。板が何度も擦られ、白い煙がわずかに漂ってくる。


「よし! よしよしよしッ!」

『翔くんの声に応えるように煙がゆっくりと立ちこめ始めました……! さあ、ちゃんとついてくれるのでしょうか――』

「よっしゃ! きたきたきたーッ!」


 火種を葉ですくって枯葉の束に包み、ふーふーと息を吹きかけて十分な酸素を送った。

 そしてついに火がくすぶりだす。だがここで油断してはあっさりと消えてしまう。俺は慎重に息を吹きかけ続け、テント状に折り重ねた枝の中に置いた。

 火が燃え移り、赤々とした明かりがどんどん強まっていく。


『これでサバイバルに欠かせない火をゲットしました。体温を温め、もちろん調理にも使えますが、なんといっても焚き火には癒しの効果があります』


 火は重要だ。生ではお腹を壊しても火を通せば食べられるなんて珍しくない。それに昔のミリタリーなゲームキャラも言っていた。

 火を通せば殺菌されるから理にかなった方法だ、と。

 ふとそのことを思い出し、俺は小さく笑った。 


『その癒しは、見知らぬ森で孤独に耐える翔くんにひとときの安らぎを与えてくれるでしょう』


 俺は魚を槍から一旦外し、石のナイフでぬるぬるした腹に切れ込みをいれて手際よく内蔵を取り出していく。

 下処理が終わると、魚の口に枝を通して尾ビレまで貫通させ、それを火であぶる。


「そろそろかな……」


 こんがりと焼き目がついたところで焚き火から引き上げ、ふーふーと口で冷ましてからかぶりつく。

 なんの特徴もない淡白な味が口の中に広がった。


「やっぱり、美味しくないな……せめて塩くらいあったら全然違うのに……」

『この男、贅沢にも調味料を欲しています。食事ができるだけでもありがたいことなのに、自分の置かれている状況を理解していないのでしょうか?』

「あの、ヒルデさん。さっきからナレーションがウザいんだけど……」


 魚を食べてほっと落ち着いたところで俺は、澄んだ声が聞こえた場所に面倒そうな視線を向けた。



(次回に続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る