第66話 さぁ始まりました! バトル系TVライブ『異世界で戦わせてみた!』今回はどのような戦いが繰り広げられるのでしょうか!?

 俺が食い気味に迫ると、ヒルデさんが冷静な声音で、


「落ち着きなさい。企画を盛り上げるためにもう声を掛けて――」


 と言ったところでピピッと電子音が響いた。


「いけない。もう時間だわ」


 腕時計型の端末をちらっと確認したかと思うと、ヒルデさんが急いで奥のドアを開いて録音スタジオに入った。俺もそのあとについて行く。


「ちょっとヒルデさん、まだ肝心なこと聞いてないよ」

「もう時間がないわ、これから翔くんには淫魔と戦ってもらいます。はいこれ、インカム。これで私と通信ができるから」


 押し付けられたインカムを受け取りながら俺は顔をしかめた。


「通信ができるのはありがたいけど、何があるか教えてくれないと――」

「流れで理解して。じゃあ本番十秒前。翔くん、そこの壁の前で待っていて」


 じゅ、十秒前だと……!?


 もはや話し合っている場合じゃない。俺はインカムを耳につけながら言われた通り壁の前に立つ。

 円を描くように金属パーツが埋め込まれた壁だ。たぶん、これが空間門ゲートを形成する装置なんだろう……ってことはここをくぐればあの礼拝堂か――ん?

 ふと振り向いてみると、席に座ってマイクアームを微調整しているヒルデさんの周りに投影ウインドウが展開されていた。

 そのウインドウには、植物の触手にぐるぐる巻きにされた俺と、ヘレナに覆いかぶさられたフィーネが映っていた。


 さっきの戦いの映像か! 俺がヒルデさんに助けられる前のやつ……!


「さぁ始まりました! この放送は、救済カードを授かった転移者たちが強大な敵と戦う様子を神々に娯楽として提供し、異世界の平和を守るエンターテインメント企画『異世界で戦ってみた』というバトル系TVライブです! 今回の舞台はウィルヘイム王立魔法学院の敷地内にある礼拝堂。ここで転移者、翔くんと異世界貴族のフィーネちゃんが、侵植の淫魔ヘレナと戦いましたが、早速ピンチ!」


 そこで映像の中のヒルデさんが触手に捕らわれた俺に一気に接近し、細剣で触手を切ると触手の繭に触れる。するとヒルデさんと俺の身体が光に包まれて消えた。神界に転移したんだ。

 そんな映像が再生されると、


「ですが私、ブリュンヒルデの活躍でリターンマッチが決まりました!」


 ヒルデさんがマイクから視線を外し、俺を見て頷いた。これから戦闘開始だというアイコンタクトだ。


 わかったよ……今度は、あのクソビッチ淫魔の好きなようにはさせない。処女を犯す蛮行は認めない。あんな泣き顔は認めない。だってあいつは、フィーネには悪戯っ子な笑顔が一番似合うから。


 俺がそう思ったところで、ヒルデさんが虚空に手をかざした。


「これから翔くんには礼拝堂に突撃してもらいます。ではどうぞ!」


 その瞬間、空間門が開き、祭壇脇の光景が目の前に飛び込んできた。


「さぁ行きなさい……ッ!」

「はいッ!」


 ヒルデさんの声に背を押されるようにして俺は空間門に飛び込んだ。

 景色が一変する。殺風景なスタジオから薄暗い礼拝堂になった。


「何……ッ!? 今何もない場所から誰かが翔さんを助けて……え? 翔さんも消えてます!? 一体どこへ……?」


 やはり触手の繭から俺を助けた直後から再開したらしい。ヘレナは虚空に消えた俺たちを探していた。

 相手は気づいていない。この好機を逃すわけにはいかなかった。


 お前にはこいつは大ダメージだろ! 食らいやがれ!


機能再開オープンッ! フックゥゥゥゥゥッ!」

「な……ッ!?」


 フィーネの上で跨ったまま首を回し、ヘレナが俺を見て息を呑む。そこに救済カードをかざすと、たくましい腕がカードから伸び、奴の腹部に食い込んだ。短い苦悶を残し、華奢な身体が壁に向かって飛んでいく。


「やったぞ! あのヘレナが紙くずみたいに吹っ飛びやがった! さすが神様フックだ!」

『おっとここで使用したのは『フック』のカードです! いきなり他人の力を借りるこの根性、まさに虎の威を借る狐を体現したような所業ではないでしょうか』


 なんとでも言うがいい。勝てばいいんだよ、勝てば。

 ドンッと壁にぶつかってうつ伏せに倒れたヘレナに調子のいい笑みを向け、フックのカードを懐に仕舞う俺のインカムからヒルデさんの実況が響く。


『これは反則です……! っていうかホントに反則よ、神の鉄拳でワンパンするなんてゴミ展開じゃない! これじゃあ神々からクレームが――』

「なんですか、今のは……? 一瞬死んじゃいましたよ」

「ヒルデさん……どうやらまだ続くみたいですよ」


 俺の視線の先には、ぎこちなく立ち上がるヘレナの姿があった。



(次回に続く)


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