第67話 バトル系TVライブ『異世界で戦わせてみた!』 頼もしい助っ人登場か!?

 よかった……転移者VS淫魔の企画が倒れないで済んだわ、と安堵しているヒルデさんには悪いがあのままワンパンで終わってくれた方がよかった。

 だってヘレナは、たった今とんでもないことを言ったんだから。


「一瞬死んだって……普通に生きてるじゃねーか……!」

「ふふっ。淫魔はしぶといんですよ? 仮に死ぬようなダメージを受けても淫魔界に強制帰還するだけです。ですが私の場合は、自分でも異常と思えるほどの再生能力で不死身に近い、ほら……さっきの打撃で内臓がぐちゃぐちゃになったのにもう治癒してしまいました」

「なんだよそれ、無敵じゃん……! ヒルデさんどうしようこいつ倒せねェ!?」

『この淫魔、やはり一筋縄ではいきません。しかし無限に再生できるものでしょうか。答えは否です! これは淫力を消費して得た能力。最強のグローブVS馬鹿げた再生能力、淫力が枯渇するのが先か、翔くんが触手に捕まってしまうのが先か、攻防戦の開幕です!』


 実況しながら助言をしてくれるはありがたいが、何の確証もないのだ。あれが淫力による再生なのか、種族特有の能力的なモノなのか分からない状況で闇雲に戦ったりしたら追い詰められるのはこっちだ。致命傷をものの数秒で治癒するなんてヤツなら特に慎重な行動が求められるだろう。

 俺が相手の出方を窺っていると、手足を触手で縛られたフィーネがくっと頭だけ上げてきた。


「せ、先輩……!」

「フィーネさんは危ないですから避難していましょうね」


 ちらりとヘレナが視線を向けただけで小柄な身体が無数の蔓に覆われ、植物の繭となって完全にフィーネを飲み込んだ。そしてずるずると引きずられて祭壇の奥に持っていかれ、壁際に貼り付けられた。


「どうやら翔さんには、不思議な力があるようですね……でも、これまでの戦い方は、どれも近距離タイプの攻撃ですねぇ。だったらこうすればいいわけですよね♪」


 ヘレナがばっと手を広げると、床から無数の植物触手が噴き出した。それは放射状に広がり、祭壇を埋め尽くし、しなり、その緑色の切っ先が何本も俺に向けられた。

 じりじりと迫ってくるその触手は、まるで徒党を組んだ大蛇のようで、自分が狙われていると思うだけで肌がピリピリとしてくる。なんて緊迫感だ。

 俺が一歩だけ身を引いたところで、


「――ヤバいっ」


 触手が一斉に放たれた。

 長椅子の横で拳を構え、迫り来る触手を殴り飛ばす。触手が弾け、破片になって飛び散る中、俺は身体を丸めた。攻撃される面積を減らし、防御に専念するためにこの体勢になったが、縮こまっては防戦一方だ。


『ラッシュラッシュ! 触手ラッシュ! これは息つく暇もありません!』


 バキッ!


『しかも長椅子を破壊するこの威力! 当たれば内臓破裂は必至! これには翔くんも必死の抵抗です!』

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 もう死に物狂いだった。

 触手の物量が多すぎて、拳を振り回すだけで拳が当たる。だが大した衝撃はない。長椅子を一撃で破壊する威力でも最強のグローブをつけていれば拳が砕けることはなかった。


「もう降参したらどうですかぁ? このままだと死んじゃいますよー」


 余裕の笑みを浮かべるヘレナ。それもそのはず、俺は未だに防戦一方でヤツに近づくことすら出来ていないんだ。いかに最強のグローブといってもその射程はわずか一メートル弱。どうあがいても腕の届く範囲を出ないという単純な弱点。それゆえに相手に簡単に対策が取られてしまう。


『なぶり殺しです! ヘレナは明らかに翔くんを遠ざけるように触手を放っています! そして祭壇を埋め尽くすほどの触手の数。状況は絶望的!』


 そんなの分かってる! 分かってるけどもどうしようもねぇ!

 だって触手だらけなんだぞ――


 ドドッと俺の隣で触手が跳ね、砕けた長椅子の破片が舞い上がって目に掠め、思わずよろけた。


 ――ヤバ……ッ!


 体勢を崩し、仰向けに倒れる。倒れた衝撃で視界が揺れると、天井を向いた俺の瞳に触手の大群が映った。覆いかぶさるようにゆっくり伸びてくる。


「あの物量でよく耐えたほうですよ……じゃあ終わりにしましょうね」

『おっと! 絶望からの絶体絶命! これは勝負あったか!?』

「クソが、こんな時まで実況してんじゃねぇよ……――」


 ドドッ、バゴォォォォォォォォンッ!

 俺が弱弱しく呟いた直後、出入口の方で何かが吹き飛ぶ音が響き、通路に大きなモノがドドドッと投げ出される。

 思わず首を回すと、長椅子の合間から見えた。割れた扉のようなものが中央通路に転がっているのが。


「まったく……俺とセイラちゃんの思い出の場所を穢すヤツがいると聞いて来てみれば、扉を閉めて触手パーティーの最中だったとはな……」

「この声は、正平……ッ!? 来てくれたのか!」

「あなたは……ちょうど良かったです。人数的にも性別的にも、これで私とフィーネさん、翔さんと正平さん。ふふっ、ちゃんと同性同士のペアができましたねぇ」


 触手を払いのけながら立ち上がった俺の耳に不穏な声が届いた。どうやら妄想しているらしく、ふふっ、と笑うヘレナの触手は止まっているが、


『来たァァァッ! 抱き枕の貴公子! 抱き枕を極めし者ピローマスターです!』


 実況は止まらない。ヒルデさんは待っていたとばかりに声を弾ませる。


『二振りの抱き枕を携えた狂戦士! 今日も炸裂するのでしょうか、あの物理法則を無視した技の数々が!』


 研ぎ澄まされた鋭い視線に、光の加減で藍色に鈍く光る髪。その手に持つ得物はピンク髪でキュートな魔法少女セイラちゃんがプリントされた抱き枕。そしてもう片方はウエディングドレスを着て花嫁バージョンになったセイラちゃん抱き枕を握りしめていた。

 正平だ。砕かれてぽっかりと穴を空けた扉の前に立っている。


(次回に続く)


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