第62話 衣服だけ溶かせる体液だと……!? なんて能力を持ってるんだこの淫魔は!

 炎の魔法が消滅すると、礼拝堂が水を打ったように静まり返った。するとそこで、ごんっと鈍い音が長椅子脇の通路から響いた。


「うぐ……っ!」

 フィーネが触手に足を引っ張られ、勢いよく転んで背中を打ちつけた。呻く彼女をするすると引き寄せ、ヘレナが触手に縛られた小柄な肢体に覆いかぶさった。


「ああ……やっと、やっと食べられますぅ。ふふふっ、小ぶりでも良い感じ。とても上質なメスの身体ですねぇ……」

「ううっ、小ぶりじゃないし……! このっ、乗っかるな……っ!」

「や、やめろ! フィーネを離せッ!」


 もがくがやはり外れない。触手に絡まれたまま俺が叫ぶ間、


「あなたのご両親を淫魔化させて殺すように仕向けられ、その悲劇を背負って気高く生きて、親なし子の孤独に耐えながら生活する……そんな悲劇のヒロインになったあなたは今、一体どんな味がするのでしょう……?」


 盲目的に呟きながら、フィーネの軍服ワンピースを脱がしていくヘレナ。赤いワンピースのボタンを外し、胸元のリボンを取り、その下のブラウスをはだけさせた。そして露出した白いお腹を淫靡に撫でていく。


「ひやっ、ちょっと! このゲス、触らないで! お前なんかにっ、負けたりなんてッ」

「いい反応ですぅ♪ 私を恨みながらこの可愛いリアクション。そそりますねぇ♪」


 こいつ、クソビッチどころじゃない!? 完全に性格が捻じ曲がってるぞ……!

 俺は心中で戦慄しながらも触手の繭の中で必死にもがいた。


 俺しかいない。俺しか、フィーネを助けられるヤツはいないんだ……!


 そう思って動けば動くほど自分の無力さが身に染みてくる。この拘束はどう足掻いても解かれない。どんなに力を込めてもびくともしない。いや、それどころかヘレナがその気になればこのまま絞め殺すことだってできるんだ。

 もはや俺にできるのは、頼む……誰かフィーネを助けてくれ、と祈ることだけだった。

 スカートをめくり上げ、ショーツを脱がすと、ヘレナは微笑んだ。


「ふふっ、ちゃんと貞操帯をつけてるんですね」

「当然じゃない……! 淫魔と戦う者にとっては基本装備だし。しかも私のは特注品で何重にも防御魔法が練りこまれていて、その神聖値は教会に匹敵するほどなんですだから!」

「では……さしずめ教会パンツですねぇ♪」

「ちょっと変な名前つけないでっ、これには魔法の貞操帯っていうアイテム名がすでについてあるんですからっ!」


 どっちにしろ滑稽な名前だった。

 だが笑ってはいられない。俺が首だけ回すと、強気な視線を送るフィーネの腰周りに先端が妙に膨らんだ触手が見えたのだ。

 何かする気だ。教会パンツとやらを打ち破る何かを。

 俺が固唾を呑む間、ヘレナは愛おしそうに貞操帯を撫でていた。


「ふふ……でも嬉しいです。今日の日のためにフィーネさんが初めてを守っていてくれて」

「あなたのためじゃない。私にとって処女は宿命……淫魔と戦うと決めた時から業として背負い、処女性を武器にあなたたち淫魔と対峙してきました」

「えっと、真面目な話をしていると思うのですが、処女が武器って頭大丈夫ですか?」


 小首をかしげるヘレナに、フィーネはふっと笑って挑発するように目を細めた。


「あなたたち淫魔は処女が好きでしょう? だから私の処女を囮にして誘き寄せて、のこのこ来た間抜けな淫魔どもを何人も葬ってきたってわけ」

「なるほど……さすがですねぇ。まんまと私も釣られちゃいました」

「えぇそうです。精々貞操帯に四苦八苦することですね。その間にここは包囲されます。学院には上級魔術師が何人もいるから、礼拝堂を棺桶にして彼らに消し炭にされることですね!」

「上級魔術師? そんな人たちが何人集まっても私には勝てませんよ? それに貞操帯だって、ほらぁこの通り♪」


 先端が妙に膨らんだ触手の先から粘液が落ち、それが貞操帯に当たると白い煙を噴出した。黒い表面が徐々に溶けていく。


「私、衣服だけ溶かす都合のいい体液を分泌できるんです」

「嘘……っ!? 嫌っ、何で防御魔法ごと溶かされるの……ッ!?」

「並みの淫魔では突破は不可能でしたでしょう。ですが私クラスの淫魔には容易い。さぁフィーネさん、翔さんに見慣れながらしましょうね」

「そんなの嫌っ! やめて……! ううっ、先輩、私のこんな姿なんて見ないで……」

「クソがァ!」


 俺は吠えた。フィーネの余裕がなくなった声が心に刺さったから。フィーネの顔が歪み、涙を浮かべたから。こんな状況になっても何も出来ない非力な自分に嫌気がさしたから。


「おいっ! 見てるんだろ、神様!」


 だから俺は虚空を睨みつけた。あのクソみたいな企画に訴えかけるように、そこにいるはずのドローンに向けて吠え続ける。


「あんたらの信者が崇めるこの場所を穢そうとしてる奴がいるぞ! いいのかよ、こんな結末で! 本当にいいのかよ……ッ!」

「いいわけないでしょッ!」


 鋭い声が響いた瞬間、触手が切られるような音がした。それから全身に浮遊感が生まれ、ばっと勢いよく落ちる。俺はぎゅっと目をつぶり、衝撃に備えようと身体に力を込めた。

 だが不思議なことにふわっとした浮遊感とは別に勢いよく横にせられるような感覚が襲った。その直後触手越しにどんっという衝撃が全身に響いた。だが痛みはない。フィーネに助けられた時も触手にぐるぐる巻きにされた状態で落とされたが、あの時よりもずっと軽い衝撃だった。


「え……?」


 首を回すと芝生のような感触が頬に触れた。



(次回に続く)


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