第61話 人間ミサイルで淫魔将に攻撃だ!

「シスターヘレナ……あなたまで淫魔化してるだなんて……でもヘレナって侵植の淫魔と同じ名前ですよね?」

「案外気づかれないものですよ。ありふれた名前ですしぃ、まさか世間を騒がせている淫魔が普段も同じ名前を使っているなんて予想外でしょう?」


 フィーネの問いに、微笑みながらヘレナさんは落ち着いた調子で口を開いた。


「もう、この姿を見てしまったのですからご存知でしょうが、私は淫魔だったんです。それも淫魔王直属の将。植物人間を統べる者、侵植の淫魔ヘレナです」

「植物人間を統べる者……それじゃあ、パパとママを殺したのもあなたなの……?」

「殺したのはあなたしょう? 私としては同性同士の絡みが良かったんですけどぉ、悲劇を乗り越えたフィーネさんが一体どんな味になるのか興味がありますしぃ」

「そんな理由でパパとママを……」

「私は、ただ素直にさせただけです。狂おしいくらい愛してもらえたと思いますが?」


 ヘレナさんは……いや、淫魔ヘレナは当然のことのように言った。

 そのおかしな価値観にぞっとした。父が娘を襲うのをよしとする考えが気持ち悪かった。

 だから俺は『最強のグローブ』と取り出し、カードから具現化して両手にはめ込み、怒りの形相で身構えた。


「愛なんかじゃねェ! それは自分勝手な欲情だ! 俺は今まで恋愛をしたことがねぇし、告白すらしたこともねぇ……だがそんな俺でも分かる! 愛とは、お互いの心が通じ合って始めて成立するヤツのことだァ!」

「え? はじめは嫌がっていても少しすれば向こうから求めてくるようになりますよぉ?」

「調教済みだからだろうが……! 名誉を汚し、プライドをへし折り、人間を犯す。その蛮行で、ましてや娘を父親が襲うように仕向けるなんてッ! 貴様がやったことはそれだ! お前の触手は被害者にもその家族にも不幸を呼ぶし悲劇も生む……」


 俺は低い声で語りながら、未だに気持ちの整理がついていない様子のフィーネに歩み寄る。悲しげに揺れる夕焼け色の瞳を見てから、ヘレナに向き直った。


「だから、ここで絶つ! その負の連鎖を!」

「――っ!」


 はっと息を呑むフィーネの気配を背に受けながら俺はすっと足を閉じた。


「フィーネ! アレをやるぞ! 地下ダンジョンで淫魔どもを蹴散らしたヤツを!」

「はいッ! 魔法付与エンチャント性質変更チェンジ風移動ウィンドムーヴ!」


 風の衣が俺を包み、礼拝堂の高い天井へと舞い上げた。両手を頭の上に突き出し、足を伸ばしたその姿は一本の巨大な矢。それがヘレナに向けて一気に降り注いだ。

だが金髪の頭まであと一メートル強まで迫ったその瞬間、どこからともなく伸びてきた太い触手が俺の進行を阻んだ。


 だが関係ない。こんなもの最強のグローブの前では無力なはず――


 そう思った時だった。身体中に無数の細いモノが巻きつき、風の衣が剥がされた。

 バンッと太い触手が拳の前で爆ぜた。もう進行を阻むものはない。だが肝心の移動手段を潰されは無意味だった。


「残念でしたぁ♪ その技は私の下僕と戦わせた時に一度見せてもらってます」

「くそっ」

「確かにそのグローブは危険です。現に今も私の触手を殴っただけで破壊しました。これは凄いことですよ? 魔剣でもそうそうこの触手には傷をつけられませんから……でも触れなければどうということはありません」


 ふふっと笑ったヘレナが「おかわりです♪」と声を弾ませると、破壊された触手の断面から新しい触手が生え変わった。

 なんという再生力。そしてなんという状況。最悪だ。再び空中に持ち上げられた状態で捕まってしまった。


「先輩ッ! このっ!」


 フィーネが風の魔弾を放った。風の刃が空を切り、鋭い音とともに触手に当たる。だが極太の触手に弾かれ、表面を削る程度の損傷しか与えられなかった。

 いや、それどころか触手が淡く光るとその削れた部分すらたちどころに治癒する始末だ。

 俺を包んでいる細い触手なら切り裂けた魔弾でも極太の触手の前では無力。そんなのは火を見るより明らかだろう。だからフィーネは、魔弾で牽制しながら詠唱を始めていた。


目標ターゲット侵植の淫魔ヘレナ魔法三重発動魔法最大強化トリプルマキシムマジック発動形式タイプ空間発動スペースシュート空間座標固定○‐一〇‐三、発動準備セットアップ紅炎の鞭プロミネンスウィップッ!」


 発動ファイアッ、とフィーネが叫んだ瞬間、祭壇の上に炎の鞭が空間を裂くようにして三本も伸びてきた。高さにして三メートルほど。そこから弧を描くようにしなり、空気を焼きながら一気に振るわれる。

 礼拝堂を赤々と照らしながら、炎の鞭と植物の触手がぶつかり合う。


「炎系の上級魔法を最大強化で三つも同時に操るなんて、さすがは優等生♪ 大魔術師顔負けですね、並みの淫魔ならこれだけで消し炭だったくらいですよぉ♪」

「沈めっ! このっ!」


 フィーネの叫びに呼応し、炎の鞭が振るわれるが、


「ですが火力不足です。人間の限界なんてこの程度。フィーネさんも淫魔になってつよつよえっちボディになりましょうね♪ そしたら副産物として魔力も上がりますからぁ♪」

「パパたちをあんな風に変えた力なんていらないっ! 私はッ、淫魔になんて絶対負けたりしないから……ッ!」

「くぅぅぅ……ああ、今の言葉で軽くイっちゃいましたよぉ。なんてエッチな態度を取るんでしょうか、私のフィーネさんは……ふふっ♪」

「不味いぞフィーネ……! その言葉、犯される前の女騎士のヤツだ、くっ殺されるぞ!」

「ひィ……!」


 俺の警告が響く中、炎の鞭に触手が絡みつき、ねじ切るようにして消滅させた。フィーネが息を呑んで怯むと、残り二本の炎の鞭も同じように潰された。



(次回に続く)


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