第58話 このラブレターメスの本気臭がするぞ……!? 俺にも春が来るか!?

 ラブレターに舞い上がってすっかり忘れていた。

 字が読めない。異世界に来て二週間ほど経つが、文字関係の習得は難航していた。

 というのも字が読めなくてもあまり困らないからだ。学院の授業は口頭で教えてくれるところもあるし、分からないところがあれば質問すればいい。学食のメニューだって周りで注文する学院生が言ったものと同じものを頼めば解決する。移動教室ではフィーネが面倒を見てくれるし、宿題でもフィーネが書いたものを見様見真似で書き写せばいい。


 そういうこともあって、別に異世界語が読めなくてもいいんじゃね、と高を括っていた。

 だが間違いだった。満足にラブレターすら読めないなんて情けない。残念すぎる。こんなのあんまりだ。ああ……甘酸っぱい青春の一ページが遠のいていく……。


「どうしたんですか先輩? そんな暗い顔して」

「おぉ、フィーネ……! ちょうどいいところに……!」


 すっかり落胆ムードで肩を落としていた俺だったが、隣から響いた声にはっとする。首を回すと、興味深げにじーっと見つめてくる童顔が目に入った。


「悪いけど、これ声に出して読んでくれるか?」


 不本意ながらも手紙をフィーネに差し出した。こればかりは背に腹はかえられない。

 小首をかしげながら受け取るとフィーネは、ふんふん、と軽く頷いてから桜色の唇を開いた。


「えーっと……『突然こんな手紙を送ってすみませーん♪ でもぉ私ぃ、どうしても翔(かける)さんに伝えたいことがあってぇー♪ 放課後礼拝堂にきてくださぁい♪ ずっと、ずーっと待ってますからぁ♪』って書いてありますね」

「お前読み方にちょっと悪意ない?」


 苦笑する俺をよそに、フィーネは手紙に顔を近づけてすんすんと嗅いだかと思うとむっとした表情を作った。


「何これ、メスの本気臭がします」 

「おお! お前もそう思うか……! やっぱりな、俺は正しかった……!」

「ひとりで納得しないでください。というか先輩、なに他の子から貰ったラブレターを私に読ませてるんですか? は? 意味わかんない。自慢ですか?」


 ヒィィィヤバい! フィーネがヘラってきた……!


「いや……だって俺、字読めないし……」

「努力を怠った先輩が悪いです。私にこんな発情したメスの手紙を読ませるなんて最低ー」


 その発言も十分最低だと思いうけど……!?


「先輩、何か言いたいことでもあるんですか?」

「い、いえなにも……」


 終始心の中で叫んでいた俺だったが、フィーネの暗い瞳にたじろぎ、その冷たい表情にビビりまくって結局何も反論できなくなっていた。

 そんな従順な態度に気を良くしたのか、フィーネがご機嫌な調子で俺の手を引っ張ってくる。

「じゃあそんな女なんて忘れて、私と淫魔調査しましょうねー♪」


 ヤバい、連れていかれる!? くそっ、そんな危ない調査なんてしてられるかよ!


「すまんフィーネ! ちょっと急用を思い出した、じゃあな……!」


 華奢な手を振りほどき、俺は椅子から立ち上がった。


 俺を待ってる女がいるんだ! そう、これは青春の甘い体験! 告白イベントなんだよ!


 その言葉を心に刻みながら颯爽と廊下に飛び出す。フィーネがぷんぷんと怒りながら俺の後を追ってきた。


「ああーこら待てぇー! 何が急用ですか、どうせ他の女に会いに行くんでしょ! 私の方が先約なのに最低この人でなしー! 童貞ー!」


 散々な言われようだった。

 だが意外なことにフィーネは教室を出たところで立ち止まってきゃんきゃんとわめくだけでそれ以上は追いかけてはこなかった。

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