第56話 辛い過去を持つヒロインにかけてあげる言葉は……
ははは……と自嘲気味に笑う声にはっとする。
「……フィーネ…………」
ようやくそうとだけ呟いた俺から顔を逸らすと、フィーネはくるりと踵を返して背を向けた。
「それから、ママに会いました。パパがあんな風になってたから予想はしてたんですけど、ママも……淫魔になっていて、私を襲ってきた時は、さすがに心が折れそうでした」
当然だ。これで父だけでなく母も失うことになるんだ。しかも自分の手で……事故や病気で失うのとはわけが違う。
「でも、ママも消し炭にして吹っ切れたんでしょうね。私は館をくまなく見て回りました。それで潜んでいた使用人たちを炙り出して、根絶やしにして、灰に変えてやりました。仕方なかったんです……彼らも淫魔になってたから……」
フィーネは俺に背を向けたまま平坦な調子で話を続ける。
「彼らと戦いながら、これは悪い夢だと否定して。死体が残らないほど燃やして、全部なかったことにしました」
「なかったことって……そりゃ無理だろ。実家で起きたことなんだから、帰る度に嫌でも思い出すって……」
「えぇ、そうですね。嫌でも思い出します。でもそんなことより……空の棺桶を埋葬した時の、あの……酷く空虚な気分に比べると、ずっとマシですよ……」
震えた声がすっと広間に溶けるように消える。
酷い話だ。父親に襲われて、両親を殺して、使用人も皆殺しにしたとか重すぎる……こんなこと聞かされたら、もうなんて言っていいか分からねぇ。
心の中で悲しいエピソードが渦巻いて胸がチクチクと痛む。こういう時、慰めればいいのか、それとも一緒に悲しんでやったりすればいいのかすら判断ができない。
そんな自分が情けなくて、思わず眉根が寄る。
「あ、別に慰めとかいらないんで。だから先輩、そんな重い女に向けるような目をしないでもらえます?」
すっと振り向いたフィーネの顔には、いつもの悪戯っ子な笑みが張り付いていた。
けろりとした声だった。ニマニマと桜色の唇を緩め、ふふんとご機嫌な調子で鼻まで鳴らしていた。
だがさっきの話を聞いた後では、空元気にしか見えなかった。虚勢にしか思えなかった。ただただ痛々しい笑顔。悲劇を背負って、それでも明日を生きていく者の顔。
最初はただの生意気なメスガキだった。お金持ちの家に生まれて何不自由なく暮らしてきたような、大人に舐めた態度をとる奴だった。ヒルデさんをおっぱい係にするし、下ネタをぶち込んでも嫌がりもせず、むしろノリがいい。そのくせ一見羞恥心がないようで、貞操帯をつけていたりするんだからやっぱり根は淑女。淫魔化した両親を自らの手で始末した孤高の美少女貴族だ。
正直、最初の印象からは貴族っぽさはなかったが、今ではこいつの痛々しいまでの気高さは尊敬に値する。
俺はこれ以上ないくらい優しい表情で小さく首を振った。
「いや、お前は軽い女だよ」
「今の話を聞いたあとでよく言えますね。まぁ変に同情されても面倒だからいいんですけど」
「周りに心配かけたくなくて明るく振舞ってるんだ。どんなに辛いことがあっても、辛いことがあったからこそ今を楽しもうとしてるんだ」
「うん……」
「そんな前向きな奴が重い女なわけがないだろ。軽い軽い、軽い女だねぇ。軽すぎて心配になるくらいに……だから――」
そこまで言うと急に声が出なくなった。
フィーネの過去を知ったばかりで何を偉そうに。何をわかった気でいるんだ。こいつがどれだけ傷ついて、淫魔化して植物人間になった彼らと、どんな気持ちで今まで戦ってきたと思ってる? 両親を自らの手で殺めてしまったフィーネが一体どんな気持ちで今まで生きたと思ってる?
そうやって自問していると、喉に何かが詰まったように喋れなくなった。
「だから? だからなんなんですか?」
「う、うん……それは、まぁ……そろそろ行こうか」
ようやくそう答え、俺は中央の階段へ向かった。
「まさか、今さら自分のセリフに照れちゃった?」
「はっ、別に照れてねぇし」
「あれ? ひょっとして図星ですかぁ。やっぱりそうですよね。傷ついたヒロインを優しく励ましながらその脆い部分につけいって口説く流れでしたもんねー」
「うっせ……! お前ホントうっせ……!」
「ははん♪ 照れちゃって、先輩かわいいー」
そんなんじゃない。そんな浮ついたものじゃない。
「さっさと行くぞ。この淫魔化した学院生たちを先生に報告しないと」
だが誤解を解くわけでもなく、俺はぶっきらぼうに言いながら階段に足をかけた。すると背後から「そうですね……」と暗い返事が返ってきた。
やっぱりこいつ、かなり無理してるな。俺をからかって傷ついた自分を誤魔化しているんだ……。
俺はそう確信しつつ無言で階段を上っていった。
(お願い)
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