第55話 今明かされるフィーネの辛い過去……それは淫魔との壮絶な因縁にあった

「ふー……ひどい目にあった。乗りたくもないジェットコースターに無理やり縛り付けられて何週もさせられた気分だな……って何してるんだ?」

「遺体を集めてるんですよ。身元を調べないといけないから……まぁ恐らく昨日話してた学院生だと思うけど……」

「あぁ、あの失踪したって連中か……つーか昨日の今日でいきなり遭遇とか、運がいいのか悪いのかわからねぇな……」


 植物人間になってしまっていた男女の遺体を引きずるフィーネを手伝って、俺も階段脇に彼らを並べる。

 腕こそ植物の蔓だが、みんな人間の面影を残していた。外傷はほとんどなく、眠っているように見えるけど……こいつら、死んでるんだよな。俺らが殺したんだよな。

 そう思うと胸が痛む。殺したという事実を改めて認識したからか、胃のあたりに鈍痛が走り、うぅ……と俺は苦い顔を作った。


 村で戦った時も植物人間を倒したが、あの時は距離が離れていたからそんなに罪悪感はなかった。だって俺、あの時風霊銃で牽制射撃してただけだし、それにほとんどフィーネたちが燃やして倒してたし……あ、燃やすといえば――

 ふと顔を上げた。


「そういえばさ、何で炎系の魔法を使わなかったんだ? あいつらの弱点なんだろ?」

「できませんよ、そんなこと。別に彼らは友達でも知人でもないけど、同じ学院の学生です。それに、消し炭にしちゃ彼らのご家族に申し訳が立ちませんから……」


 いつになく暗い顔で、消え入りそうな声を震わせるフィーネ。女子学生の乱れた服を整え、並べた植物人間たちに加えると、弱弱しく呟いた。


「もう、空の棺桶を埋めるのは見たくないよ……」


 空の棺桶って彼らを燃やしたら遺体が残らないからか……いやそれより『もう』ってなんだか含みがある言い方だ。

 そこのところが気になって聞いてみると、フィーネは優しく微笑んだ。


「気になっちゃいます?」

「まぁちょっとな」

「もぉ、素直じゃないですねー『俺、もっとお前のこと知りたいんだ』ってくらい言ったらどうですか?」

「なんでもいいから話すなら話してくれ」

「いいでしょう。どうせいつか耳にする話です。ビフレスト家の使用人ならなおさらね」


 ふーっと溜息をついてから、フィーネは何かを決心したように語りだした。


「今から四年ほど前のこと。学院の入学式が終わり、実技や筆記試験をトップの成績でおさめ、その後の一学期も優秀な成績で夏季休暇を迎えた私はその報告のために実家に帰省しました。親元を離れた最初の長い休暇です。私は久しぶりに両親に会えると浮き足立ってました。両親の期待に応え、ビフレスト家の名に恥じない働きをしてきたんです。きっと褒めてもらえる。笑ってもらえる。温かく迎え入れてもらえる。そう思って実家に帰ってみると……」


 懐かしむように細めていたフィーネの目が、冷たいものに変わった。


「静かでした。館にいるはずの使用人たちの姿はどこにもありません。ビフレストの館は広く、その建物周りも広大な庭園があります。館の維持にはそれなりの人手がいりました。今でこそ使用人は、クリストフとユーリだけになっちゃたけど、当時は一〇人くらいいました。それなのに誰もいない。おかしいな? 皆どうしたんだろ? 私は不審にそう思いました。こんなことは初めてです。病気や所用で仕事を休む時はありましたが、全員が揃っていないなんて……おかしい」


 確かにおかしい。絶対何かあるだろう。


「でもそんな疑問もリビングに行ったら吹き飛びました。パパの笑顔で出迎えてくれたから……さっそく報告です。いかにフィーネちゃんが優秀で、教師陣から一目を置かれているスーパー美少女貴族だったかを語ってやりました♪」


 こいつ、急に明るくなったぞ。いやでも……。

 その明るさが逆に、俺を不安にさせた。


「この時はまだ……普通の家族でしたから……だけど、話し始めて数分が経った時です。ソファーの隣に座ったパパが私の太ももに手を置いてきたんです。うんうんと相槌を打ちながら撫でて、私がやめてと言っても執拗にすりすりと、柔肌を堪能するように手を這わせてきました」


 やっぱりだ。嫌な空気になってきたぞ。


「それからパパは盲目的に話し始めたんです。私が女の身体に成長して喜ばしいと、こんなに綺麗に育ってくれてよかったと、私の可愛いフィーネ……と」


 フィーネは不快そうに顔を歪める。


「正直気持ち悪かったです。完全に娘を見る目じゃなかったし……あれは、女を見る目……自分の性欲を満たす為に向けるゲスな目つきでした。こんなの、私の知ってるパパじゃない。おかしい。絶対におかしいよ。そう取り乱して私が立ち上がろうとした時です」


 嫌な記憶を堪えるように、フィーネは軍服ワンピースの裾を両手にぎゅっと握った。


「足が動きませんでした。縄で縛りつけられたみたいに身動きが取れなくて、それと同時に今度は急に太ももに変な感触がしたんです。思わず見るとそこには、太ももに絡みつく細いツタがありました」


 俺が、それって……、と唇を震わせるとフィーネは頷き返してきた。


「そうです……パパの手が植物のツタになってたんです。パパは淫魔に取り込まれ、植物人間になっていました。私は信じられませんでした。ビフレスト家は退魔の名門です。これまでにたくさんの淫魔を葬ってきました。そんなビフレスト家当主の伯爵が淫魔におとされるなんて、信じられない」


 金髪の頭を小さく振ると、ひとつ息をついてから続ける。


「でも現実は非情で、私がいくら嘘だと否定してもパパは……触手で私の身体をいやらしくまさぐってきました。頬を舐められ、首を吸われ、服を剥がされ、それでも私は懸命に呼びかけました『やめて。いつものパパに戻って。こんなの嫌っ、お願いだから乱暴しないでッ』そう叫んでも……私の懇願は無意味でした。パパの触手は止まりません。そしてついにパパが自分のズボンを下ろしたんです」


 不味い展開だ……ズボンに下ろすって完全にアレで犯そうとしてるだろ。


「フィーネが可愛いからこうなったんだ……その責任を取ってもらわないとねぇ、と言ってパパはいやらしい笑みを浮かべながら、ガチガチになったイチモツを見せつけてきました。あんな風になったアレをはじめて見た私は、あまりの衝撃に呆然としました」


 こんなの胸糞だ……! 冗談じゃね! 父親が娘を犯すなんて展開なんて!

 俺はそう叫びそうなのを堪えるようにギリッと歯噛みした。


「でも、股にどんどんそれが迫ってくると嫌でも現実を自覚して、私は泣きじゃくりながら『それだけはやめてッ。嫌ッ、パパっ、お願い……ッ』と懇願しました。けれど、どんなに言ってもパパは止まりませんでした。だから私は……」


 マジックガンを腰のホルスターから引き抜き、両手で大切そうに握りしめてから再び口を開く。


「撃ったんです。私の腕を後ろ手に縛っていた蔓を隠し持っていたナイフで切り裂き、それから銃口を向けて、マジックガンが弾切れになるまで炎弾を……」


 フィーネの声がどんどん萎んでいく。


「パパは苦しみ悶え、フィーネって……私の名前を呼びながら焼けて……最後は灰になって消えました。酷い話ですよね……このマジックガン。魔法学院の入学祝でパパに買ってもらった物なんですよ。それで……殺すことになったんだから……ホント、なんの因果なんでしょうね……ははは……」



(次回に続く)


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