第52話 魔法バトル勃発! 詠唱が独特でカッコイイ!?
石棺があった通路から角を二つ折れた場所。さっきまでと同じような両側に遺体安置用の横穴が開いていた壁がちょうど途切れたそこで、赤黒の軍服ワンピースをぴったりと石の壁に寄せ、フィーネが壁際から覗き込んだ。
「おい、どうしたんだ?」
「広間に学院の生徒がいます。数は二二名。中央階段の周囲に集まってます」
「午後の授業でこのダンジョンを使う奴らか? いやでも、今の時期は使わないってユーリさんが……」
「ええ。だから妙なんです。それに誰も談笑どころか会話もしてないなんてありえます? 授業中ならともかく今はまだ休み時間ですよ?」
「確かに妙だ」
「先輩はここにいてください。私、ちょっとお喋りしてきます」
「あぁ、気をつけろよ」
広間にふらっと出て行くフィーネの背に、俺は硬い声音を返した。
どうも嫌な予感がする。数十メートル四方の広間と中央に伸びる石製の螺旋階段。そこで待ち受けるように佇む若い男女。普段使われないダンジョンに沈黙した面々。こんなの、絶対何かあるに決まってるじゃねぇか。
緊張した面持ちで見守る俺の視線の先では、フィーネが奴らから十数メートル離れた場所で立ち止まっていた。
「あのー、皆さんこんな所で何をしてるんですか? ここってこの時期だと使われないと思うんですけど」
「待ってたんだよ。フィーネさんを……」
「へぇー、こんな大勢で。一体何をする気なんですか?」
先頭に立っていた男が薄く笑うと、フィーネは彼らを見回した。大まかに三つの横隊になろうとしていた。無言で数メートル間隔にわかれ、全員の視線がフィーネに注がれている。
先頭の男が歓迎するように両手を広げた。
「何をするって、決まってるじゃないか。皆あなたが欲しいんですよ」
「こんな大勢に求められるなんてフィーネ困っちゃう、とでも言えばいいですか?」
茶化すように言ったフィーネを無視し、先頭の男が振り返った。
「さぁ皆、貢物にラッピングをしよう。ヘレナ様は彼女のように高貴な者をお求めだ」
その場にいた男女が一斉に怪しく笑い出し、ねっとりとした視線が小柄な身体を舐め回す。先頭の男がフィーネに向かっておもむろに手をかざした。
「
「短縮詠唱……!?」
フィーネ息を飲むと、突然足元の地面から泥が盛り上がり、どろどろした触手となって襲い掛かってきた。それを咄嗟に飛び退いて避け、
「
そう言うと、小柄な身体が目に見えて素早く動き出す。続けざまに振るわれた泥の触手を避けるフィーネ。だがスキルで身体能力を強化しても逃げるばかりでは埒が明かない。
くそっ、嫌な予感が当たった……! ひとりであの人数を相手にするのは無理だ! 早く加勢してやらないと……!
俺は慌てて最強のグローブをつけた。その間、フィーネは腰から短剣を取り出すと、
「
風を螺旋状に纏わりつかせていた。魔法で片手剣ほどの長さに拡張された風の刃で、フィーネは襲いくる泥の触手を一息で蹴散らした。
「詠唱を短縮して魔法を発動するなんて、人間技じゃないですね。悪魔か、それとも淫魔かな? でも見知った顔もちらほらあるから、初めから人間じゃなかったってわけじゃないでしょ?」
「えぇ。俺たちはヘレナ様から授かった力で目覚めた性なる使徒。人間を超越した存在。さぁあなたもちっぽけな人間の殻なんて捨てて淫魔になりましょう」
先頭の男が余裕の笑みを浮かべる。すると男の腕が緑色に変色し、植物の蔓のように伸びた。周りにいた学院生の腕も同様に蔓となり、彼らの頭上に無数の魔法陣が展開された。
不味いことになった。こいつらは村で戦った植物人間とはわけが違う。植物系の触手を飛ばしてくるだけじゃない。魔法も使うんだ。この前フィーネに聞いた話では、魔法適正がある人間が淫魔化すると、通常ではあり得ない速度で魔法を使い、人間離れした身体能力と合わさって上級悪魔クラスの攻略難易度であるA級討伐対象になるという。
それが今、目の前に二二人もいる。
だ、ダメだ……あれじゃ今俺が飛び出してもきっと足手まといになる……!
「
「
「
「く――っ」
フィーネに次々と魔法が放たれる。スキルで強化されたフットワークで避けながら二本の泥触手を鋭風刃で切り裂き、横合いから襲ってきた鞭のように長い蛇も同様に切り裂く。だが正面から飛んできた氷の槍に刃が触れると、風の衣ごと短剣が凍らせられ、フィーネは咄嗟にそれを捨てて飛び退いた。
「
前衛の男が叫ぶと、フィーネが着地する地面に光の円が輝き、そこからプシューと黄色い煙が噴出した。
「この……っ!」
マジックガンを背後に向け、フィーネは不安定な姿勢のまま射撃した。銃口から放たれた風の魔弾が煙を拡散させると、旋風がくすぶるそこに軍服ワンピースを靡かせながら綺麗に着地した。
間髪いれずに銃口を構え、ありったけの魔弾を敵の横隊に放った。等間隔に撃たれた風の魔弾が螺旋状の風となり、竜巻のように彼らの全身を巻き込む。だが植物人間たちはぐっと身を屈め、魔法障壁を展開して易々と防いだ。
そのわずかな隙にフィーネはシリンダーに新しい弾薬を叩き込みながら声を張る。
「
まるでミサイルでも発射しそうな詠唱だ。これがこの世界の一般的な魔法発動手順だが、あまりに隙が大きい。詠唱している間に確実に敵の反撃を受けるなんて考えるまでもない。そこでフィーネは詠唱の合間にマジックガンで牽制していた。
「
最後の魔弾を撃ち終わった直後、フィーネの魔法が完成した。
敵の前衛と中衛の足元が一気に盛り上がり、岩の壁が植物人間を閉じ込める。まるで大口を開けた巨大魚に飲み込まれるようにばくっといったその光景に、俺は歓喜した。
よっしゃ! すげぇぞフィーネ! これなら――
(次回に続く)
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