第40話 ブリュンヒルデ、魔法学院の試験を受ける

『今回用意したのは、最高難易度のゴーレムです。銃弾や刃を弾くボディには耐魔法のコーティングが施されています。物理的にも魔法的にも最高レベルの防御力と、見た目に相応しい威力を誇る拳は大地を穿つほど。現在も軍隊で拠点攻撃用に使用されている強力な兵器です』


 学院生に混じって解説する教師らしき女性の言葉からも分かる通り、相当ヤバそうな相手だ。とても個人が、それも魔法学院の生徒ですらない者が倒せる代物じゃない。


「す、すげぇ! 最高難易度の相手だぜ!」

「はじめて見たよ。学院に入って五年経つけど、魔法対策までしてるゴーレムを模擬戦で出すなんて……」

「マジで今日見に来てよかったな!」

「ああそうだな。ビフレスト伯爵のお墨付きって話らしいけど、まさかここまでの相手を用意させるなんて、こいつは相当凄い奴が出てきそうだ」


 ギャラリーも興奮が隠しきれない様子で固唾を呑んでいる。

 俺も白い軍服の背を見守った。

 ヒルデさんの装備は腰に携えた細剣のみ。普通に考えて岩の塊みたいなゴーレムを相手にするにはあまりに頼りない得物だろう。いや、そもそもどんな剣でもあれを斬るなんて不可能だ。槍とかハンマーとかそういう原始的な武器じゃ奴を倒せない。無反動砲やロケットランチャーを撃ちまくってやっとどうにかなる相手なんじゃないか?

 そんなことを俺が考えていると、試験開始のアナウンスが響いた。


『状況、ゴーレム戦、対拠点仕様。ゴーレムの損壊率が五十パーセントを越えたところで試験クリアとします。それでは始めてください』


 最初に動いたのはゴーレムの方だった。

 見た目にそぐわない滑らかな動きで一歩踏み出し、豪腕を振り上げる。ぶんっと巨大な拳が振るわれたその瞬間、ヒルデさんが真横に飛び退いた。ヒルデさんがたった今までいた地面が抉られ、爆発したようなその衝撃で長い銀髪がばっと散った。


 す、凄い威力だ! あんなの一発でも食らったら普通に死ぬだろ……!


 俺が目を見張る間も、ヒルデさんに無慈悲な打撃が繰り出されていた。


「単純なモーションね。殴るとか叩き潰すしかできないみたい。これくらい見せてもらったからいいわよね」


 爆発にも似た打撃を何発か避けると、ヒルデさんが俺たちをちらりと見た。

 挑むような笑み。これから倒すぞと言わんばかりの表情。

 そんなヒルデさんに俺が頷き返すと、ヒルデさんは細剣を抜きながら打撃を避け、流れるように岩柱の腕に刃を突きたてた。

 その瞬間、丸太のように太い腕の関節部分があっさりと切断され、それからヒルデさんが一歩だけ下がると、ごとっと重々しい音をたてて腕が落ちた。


 ゴーレムが片腕を失ってよろける。もう片方の腕で突っ張り、ぎこちない動きでギギギッと首を回し、クリスタルの単眼がヒルデさんを見据えた。

 この神業的な剣技に誰もが息を呑み、一拍おいて歓声が響き渡る。明らかなヒルデさんの優勢。誰もがヒルデさんの勝利を確信するような空気。だがヒルデさんだけは警戒するように腰を落とし、何かを察知して飛び退いた。

 その直後、強烈な光が瞬き、ジュッという音が響いたかと思うと、闘技場の一角が黒く焦げた。


 ゴーレムの目から光線が出た。

 ヒルデさんを追うように首を回し、ゴーレムが再び光線を繰り出す。今度は一点集中するのではなく地面をなぞって照射され続ける。それを人間離れした脚力で避け、ヒルデさんはゴーレムを翻弄した。

 そして光線が途切れると、ヒルデさんは小さく微笑んだ。


「へぇ、対人レーザーがついているのね。思ったより高い技術をもっているじゃない」

『光魔法、天上の業光ホーリーレイ。継続的に照射できることからその消費魔力は膨大で、個人で扱える者はほとんどいません。それはまさに――』

「でも命中精度は微妙ね。ちゃんとしたレーダーを積んでから出直しなさい」

『――上級魔法に相応しい……え? えぇ!?』


 試験官の教師が言い終わる前にヒルデさんが一気に距離を詰め、素早く刃を振るって岩の足を切り、そのまま流れるように跳躍し、ゴーレムの頭上に向けて大きく刃を振るった。

 すっとヒルデさんが綺麗に着地すると、ゴーレムが自壊するようにバラバラに崩れ、石材となって地面に散らばった。


『そ、損壊率百パーセント。合格です』

「すげぇ! 見たか今の! 剣だけでバラバラにしたぞ……!」

「ただものじゃねぇぜ! あの銀髪美女はよォォォッ!」


 アナウンスと学院生の歓声を背に受けつつ、ヒルデさんが戻ってくる。



(次回に続く)


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