第32話 異世界の戦闘を実況!?

 フィーネに後輩属性がついて数分後。俺たちは村の門まできていた。


「なんだよ。普通の村じゃん」


 俺は数十メートル先に広がるのどかな村の様子に安堵の吐息を漏らした。

 牛舎や馬小屋に藁を運ぶ恰幅のいいおじさんに、小屋から逃げ出したのかニワトリを追いかけているおばさん。奥の方では、井戸の前で談笑する主婦風のグループや畑から収穫したばかりの野菜を洗う農夫まで見て取れる。


「見た目に騙されちゃダメです。淫魔だって普段は生活のために人間と同じようにしてる個体もいるんです」

「ま、マジか……だったら見分けがつかねぇな」

「その通り。ですからまぁ見ててくださいよ、先輩」


 難しい顔で眉を顰める俺に不敵な笑みを返すと、フィーネはぶんぶんと手を振りながら村に向かって歩いて行った。


「どうもどうもー♪ 美少女貴族のフィーネちゃんでーす♪ 皆さん、お忙しいところ失礼しまーす。ちょっといいですか?」


 村人たちがフィーネを見た瞬間、空気が凍りついた。

 全員が作業をぴたりと止め、じっと自称美少女貴族を見つめたかと思うと、最奥の家の前に立っていた初老の男が人懐っこく揺れ動く金髪ミディアムを指差した。


「捕まえろ! 若い女だ! 犯せ犯せェ!」


 しゃがれた声が響いたかと思うと、村人たちが一斉に動き出す。農具を捨てて駆け出す者に、井戸で水を汲んでいたバケツを放り投げる者。さらには談笑していた主婦すら目の色を変えて迫ってきた。

 ここまでなら異常者の集団かヤバい教団。だが彼らはそんなものよりも数段恐ろしかった。先頭の村人が痙攣すると、腕が緑色に変色し、植物の触手となった。それに呼応するように他の者たちも手や口から同様の触手を伸ばす。


「くたばれッ! 淫魔!」


 怒りを指先にのせ、フィーネがマジックガンから炎弾を放った。近い者から順に撃って六発。ものの二秒で撃ち尽くし、六人を火だるまに変えた。ポーチからスピードローダーを取り出し、シリンダーに素早く装填。後ろに下がりながら再び引き金を引いていく。


 そんなフィーネの速射が始まると、使用人たちも応戦する。

 まず最初に動いたのはクリストフさん。マジックガンよりも高威力なマジックライフルを小屋や民家に向け、射撃した。

 すると数秒で木造の家屋が炎上し、赤々と渦を巻く。その炎の壁の脇で逃げ回る村人に容赦なくユーリさんが風霊銃で狙撃。次々と人影が沈んでいく。

 拓美先輩もそれに便乗するように軽機関銃で制圧射撃。そしてヒルデさんは、


「突然始まることもある『異世界で戦ってみた』戦闘開始です! 今回はシュペル村で淫魔との戦闘映像をお届けします!」


 焼き討ちにされ、阿鼻叫喚の村を眺めながらいつの間にかマイクを取り出して実況していた――ってクソ企画のリポーターなんてしてる場合かよ!

 ヒルデさんから視線を外し、俺もこの銃撃戦に加勢しようとライフルを構えた。


「な、なんだこの銃!? 真っ直ぐ飛ばねぇどころか飛距離にばらつきがあるぞ……!」


 素人の腕前じゃあ真っ直ぐ飛ばないのはある程度は予想していたが、手前に落ちたり勢い余ってあらぬ方向に飛んだりするなんて誰が予想できただろうか。不意にコントロールできなくなった小便みたいな銃だ。本人の意図しないところに撒き散らされる欠陥品。初弾は特に暴れた。敵の胴体を狙ったつもりが燃え盛る屋根に向かって飛んでいったくらいだ。


「外れる! 外れる、また外れる! まさにノーコン王! 翔くんがいくら撃っても全然当たりません! やはりこの男、戦力外なのでしょうか!?」


 クソ銃じゃんこれ……、と俺が風霊銃に冷めた視線を送っていると、ヒルデさんがすかさず実況。それに俺が反射的に「うるせぇーな! ヒルデさんも戦ってよ!」と言うが「私は実況担当なので戦えません」と返される。


 あんたこそ戦力外じゃん……と呆れる俺に、ユーリさんが隣に立ってライフルと構えて見せた。


「風の精霊と呼吸を合わせるんですよ」

「いや難易度高くね? 照準するだけでも難しいのに呼吸合わせろとか無理ゲーじゃん」

「そんな難しく考える必要はありません。視界の端に緑色のランプが見えるでしょう。それがいい感じに光ったら、こうやって撃つだけです」


 その言葉の直後、風を切るような発射音が響いた。

 ユーリさんの放った銃弾は綺麗に額を穿ち、灰が落ちはじめた地面に植物人間を沈めた。

 このメイド、清楚で優しそうな顔して凄い腕前だ。メイドの戦闘能力が高いのは一部のオタク界隈では常識だが、実際に目の当たりにするとギャップがえらいことになっていて度肝を抜かれる。

 そんなメイドに良いところを見せたくて、俺は再びライフルを構える。相手の動きは緩慢だ。触手を出してるせいで動きづらそうにしている。そのうちの一体に照準を合わせ、さっきユーリさんが言っていた緑のランプを確認した。引き金前の円形ユニットから漏れ出る光。その輝きが強くなったところで引き金を引く。

 するとあっさり、


「肩にヒット! ですが植物人間は小さくよろめくばかり。ふらふらとした足取りで私たちに向かってきています」


 ヒルデさんの実況でも分かる通り当たったが、やはり倒すには頭を撃つ必要がある。拓美先輩の機関銃ならそんなの関係なく撃ちまくれば倒せてるのが羨ましい。風霊銃じゃあ火力不足だ。急所に当てない限り倒せない。

 初めての実戦に悪戦苦闘する俺をよそに、戦況はこちらに優勢だった。

 炎弾や機関銃の前には淫魔とやらも大したことない。触手で攻撃される範囲に入る前に丸焼けか銃弾で蜂の巣だ。



(次回に続く)

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